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5.理想郷へ―10


 そんなアギトが見出した暇つぶしとは、筋トレ、である。二三歳から成長しないとはいえ、食べれば太る、鍛えれば筋肉が増す。ディヴァイドの在るこの現代では、そんな設定がなされているのだ。当然、そこに辿り着くまでの科学の進歩は裏に計り知れない努力があったのだ。幾千年と続いて進化を続けた科学は、ディヴァイドを作り出し、その基礎ベースも作っていたのだ。年齢を止めつつ、成長は促進させる。そんな『ある液体』を作り出すまでが、一番に長かったのかもしれない。言ってしまえば不老不死の薬だ。そんなモノを作り出せた事がまず、奇跡に等しい。

 アギトは纏っていた漆黒の半そでのタイトなシャツを脱ぎ捨てる。と、その鍛え上げられつつも、シャープなラインを保つ肉体が露になる。だが、それよりもマズ目に付くのが――右腕の上腕二等筋のど真ん中に在る、傷跡だ。身体中も良く見れば傷が並んでいる。

 ディヴァイドでは傷なんてモノは修復され、存在するはずがない。だが、アギトのその肢体に残るのは『エラー』、若しくは『アクセスキー』によって作り出された傷だ。だから、どうしてか『残ってしまう』。それこそが、エラーやアクセスキーがこの機械によって管理された電脳世界ディヴァイドから逸脱した、という証拠である。

 アギトはその自身の肉体を特別気にもせず、床に腕を立てて腕立てを始めた。その型が少し不自然なのは、アギトの今までの経験等による癖が出ているからだ。




 珍しく、アヤナは早起きした様だ。チェックアウトを済ませ、高級ホテルの前に立つアギトの横には、相変わらずフードで表情を隠したアヤナの姿があった。が、眠そうに目を擦っているため、時折フードからその可愛らしい小動物の様な表情が覗く。

 二人はそのままバスの出る巨大な停留所へと向かった。アギトはアヤナに、ヴァイドの事を話しはしなかった。それは、ただの怠惰であり、アギトが面倒に思っているだけの事である。

 バスに乗り込んだアギト達はそのままガンマ手前の都市へと向かう。

 数時間浮遊バスに揺られ、アギト達は目的通り、ガンマの手前で足を地に着けた。それは何故か、単純明快な理由だ。アギトが、通常通りガンマに進入すれば、アギトは――男、男性は――あっという間に拉致され、奴隷コースに入門する事になってしまうからだ。それ程、ガンマは女尊男卑の風習が強い場所なのである。

「で、どうやってアギトはガンマに入るのよ?」

 最近復興したばかりの街、ディガンマに降り立ってアヤナはすぐにアギトを見上げて、吐き出した。呆れる様な口調から感じ取れるのは『また何か考えがあるんでしょ』という安堵かもしれない。

「ツアーを使う」アギトは即座に答えた。「この街から出てるガンマの観光ツアーをな」

「そんなのあるの?」

 首を傾げるアヤナ。自然とフードの隙間からその表情が覗く。

「あぁ。事前に予約してある。ツアー客の男まで襲いはしねぇだろ。流石によ」

「まぁ、そうだろうね。それで被害が出たらツアーもままならないだろうし」

 言い終えてアヤナは顔を上げる。フードに隠れた表情は少しばかり覗き安くなった。して、アヤナは表情を明るくして、アギトに、興奮した様に言う。

「じゃ! 早速行きましょ! ツアーにっ!」

 アヤナはツアーという響きに遠足前の小学生の様な心境を抱いたのか、とても嬉しそうに、今にも飛び跳ねそうな程興奮して、目を爛々と輝かせていった。だが、

「は? お前は女だろうが。なんでツアー使うんだよ?」

 アギトの返事は冷たい。言葉を正面から受けたアヤナの表情は一瞬にして落ち目になる。訳が分からないよ、とでも言わんばかりに間抜けな表情で止まり、無駄に動く口から言葉を漏らす。

「え……、アタシの席はないの?」

「おう。予約入れてないからな。当然だろ?」

 すると、アヤナのその透き通る様な白い肌は見る見る内に朱色に染まって――、

「バカ! アタシもツアー参加してみたかった!」

「我儘言うな。素直に正面から入れるのに態々金掛かるような事する必要はねぇだろうが」

 嘆息交じりにアギトは吐き出す。うざったい、とでも言いたげに視線を横に、どこか適当な場所の流して呆れていた。だが、アヤナは突っかかる。

「もう! アギトって毎回アタシの事忘れてるわよね!?」

「ンな事ァねぇよ」

「昨日だってアタシ置いてどっかいったじゃん」

「お前が寝てたからだろ……システム上起こせなかったしよ」

 たしなめるような口調で言うが、アヤナは躍起となって反抗する。その怒り狂う様は玩具を取上げられた子どもの様だ。

「だったらメールしてくれればいいじゃな……あ、」途中で言葉を詰まらせたアヤナは一度俯き、顎に手をやって何かを考える様な仕草を見せて、「そういえば、アンタと『繋げて』ないわよね?」

 繋げて、という表現はアドレスの交換、だと思ってて間違いはない。

「そうだな。今更だが。殊更に言えば、交換する理由がなかったからよ」

「いや、あるでしょ」

「言えば、そうかもな」

 そんなグダグダな会話を数回交わしてアギトとアヤナは(仕方なく)繋げたのだった。

 アヤナは数回自身のモニターを操作して、数回浅く頷いて納得している。アギトがちゃんと繋げたのか、疑っていたのだろう。アギトの性格を把握するアヤナは単純に、至極当然にアギトを疑っていたのだった。

(面倒に思って適当な事したかと思ったけど、ちゃんと繋がったわね)

 確認したアヤナは「はぁ」と深い深い溜息を吐き出して、やっと、諦めた。

「じゃあ、アタシは先にガンマに正面から入ってその仲間とやらに接触をこころみるわよ」

 正面から、という言葉をわざとらしく強調し、舌を出してアヤナは言い切った。言い切って、即座に振り返り、人混みの中へと消えていってしまったのだった。身長の小さなアヤナはあっという間に見えなくなってしまい、アギトでは追いきれなかった。当然、最初からアギトは追うつもりもないのだが。

「はぁ……なんで女ってあんなんなんだろうな……」

 アギトは独り言を気だるそうに吐き出して、軽く頭を掻いてから、歩き出した。

 あっという間にアギトは集合場所へと付く。やはり、アギトのその格好はその場に浮いていた――のだが、それよりもまず、アギトの存在自体がそこで浮きだって居た。何故か、当然といえば当然だ。集合場所を見渡すまでもない、一瞥するだけでその理由は分かる。

 ――参加者が、アギト以外全員女性なのだ。

(まずった……)

 アギトは一人、頭を抱えた。周りの女性参加者一同は当然の如く、アギトへと集中している。無数の視線を浴びてアギトは今にもマイってしまいそうだった。だが、手は他にない。ガイドと思われる女性でさえ、苦笑の表情をしている。

(くっそ! 普通予約を入れた時になんらかの注意とかあんだろうが!)

 注意やその様な話しは――なかったのだ。予約を、はい、という流であっという間に決定したのである。


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