5.理想郷へ―8
「子ども、む、息子だよ?」
当然、と言わんばかりにヴァイドは応えた。覚束無い口調はヴァイドのその歳相応の様子で、可愛らしさがある。対してアギトはヴァイドの言葉にその普段から厳つい、鋭利な表情を間抜けに開いて驚いていた。まさか、ルヴィディアに家族が出来ていたなんて、と。
「マジか……? お父さんは?」
ルヴィディアが誰と、そういう関係になったのか、アギトは気になって仕方ないのか、焦るようにして早口で問うた。そんなアギトの迫力にヴァイドは僅かに辟易しながらも、たどたどしい口調ながらしっかりと、首肯と共に応える。
「お父さんはアルディオ」
「そうか、」アギトは聞かない名前に首を傾げて暫し、心当たりを探るが、結局見つからずにアギトはヴァイドを見詰めなおした。ヴァイドはクリクリの目を大きく見開きながら、アギトを不思議そうに見返す。
(ヴァイドが推定一○歳程。と、なれば結婚は一二から一三年程前か? ディヴァイドじゃ最近過ぎる話しだな……。俺と会わなくなってから何がルヴィディアにあったってんだ。それに、今のルヴィディアは『敵』の立場に立ってんだ。何が変わった? 何かが変わったんだ。それに気付けば……、きっと答えは見えてくるはずだ)
一歩進歩。アギトはそうプラスに考えてコホンと一度切り替えの咳払いをし、話しを進める。
「で、ヴァイドは今、何してるんだ? 家族とは一緒にいないのか?」
ディヴァイドでは一部の初期メンバーのモノを除いて、二三歳が最高年齢だ。一○歳であるヴァイドは言ってしまえば『幼すぎる』。そんな少年が一人人混みの中を歩いているのは不自然ではある。ありえない話ではないが、少々珍しい光景だ。それに、アギトに、初対面の相手にひょこひょこ付いてくるのも不思議な話である。
すると、その話しのせいなのか、ヴァイドは表情を下げ、俯いた。そして一瞬の沈黙の間を生み出す。応える事に億劫になっているかの様な、抵抗が感じ取れる。だが、アギトはそこで引くことは出来ない。当然、ヴァイドの反応を感じ取って話しを切り上げ、変えてしまいたくもなったが、赤毛の少年――ヴァイドを捕まえたのだ。やっと。そんな状況では良心が痛もうとも、ヴァイドを傷つけようとも、耐え忍ぶしかないのだ。
そんな攻めあぐねている様な状況でピリピリと肌がストレスを感じる中で、アギトはヴァイドの答えを待った。
「……お父さんとお母さんは、」して、やっと、ヴァイドは応える。「二人共、今はいない」
その言葉がどういう意味を指しているのか、アギトは一人探る。
(ルヴィディアは確かにこの目で見た。いないってのは、離れてるって事だな。我が子を置いて。父親の方はどうなんだ? 死んだのか? エラーが跋扈する世界だ。有り得ない話じゃないだろうよ)
「いない、って意味は?」
心中の隅でヴァイドに対する申し訳なさを感じながらも、アギトは踏み込む。
「お母さんは、どっかにいっちゃった」その言葉にアギトは秘匿に納得する。「お父さんは、死んじゃった。エラーから出てきたバケモノに殺されて……。お母さんはそれから、僕を置いてどこかに行った」なるほどな、と心中でアギトは納得する。
「そうか、悪かったな」
聞き終えたアギトはそこまでで、自制した。これ以上は、必要ではなく、ヴァイドを傷つける必要はない、そう判断したのである。
して、食事を再開した二人。アギトは朝食を取り、ヴァイドは空かしていた腹を満たしたのだった。
二人はレストランを出る。出る際も回りからの注目を集めたが、空腹を満たしたヴァイドはそれどころではなかったし、アギトは得られた情報に満足して大して気にしていなかったのだった。
「アギト、」
レストラントを出たところでヴァイドがアギトを見上げた。
「何だ?」
首を傾げておどけるアギト。言いたいことが分かる訳ではないが、雰囲気から何かを察したのだろう。アギトはただ、ヴァイドの声を待つ。
「この後、何かあるの?」
「今日はオフだからな。特別何かってのはねぇよ」
「じゃあ、僕の家に来ない?」
やはり、とでも思っているのか、アギトは僅かに口角を吊り上げて笑んだのだった。が、ポーカーフェイスであるアギトの表情はヴァイドには察しきれないのだった。
して、二人は、ヴァイドの先導でヴァイドの家、もといルヴィディア、アルディオの家へと向かった。アギト達が宿泊していたホテルや、先程食事を取ったレストランがある都会エリアから一つ隣のエリアへと移動して、『住宅街エリア』へと向かった二人。住宅街エリアは比較的旧時代要素が強く、都会エリアに見える近未来敵デザインの住宅もあれば、昔見れたレンガやコンクリート造りの住宅なんかも見れたのだった。
住宅街を中心の方へと向かって進む二人。暫く歩いた二人は近未来的デザインで固められた一軒家の前で足を止める。その住宅の前でアギトへと振り返り、見上げながらヴァイドは紹介した。
「ここだよ」
「すっげぇな」
アギトは率直な感想を述べた。アギトの自宅は豪華で巨大ではあれど、近未来的な様子は一切ない。『現代の』ハリウッドスターの自宅、とでも言えば分かりやすいだろうか。だが、ヴァイドのその自宅はSF映画で見る様な想定外の造りをした、素晴らしい光景の家であった。
ヴァイドの導きでアギトはその世界へと足を踏み入れる。玄関を越える時点で生体認証がある事に驚いたり、部屋を隔てる扉が自動扉だったりする事、それぞれにアギトは表情こそ変えずとも、素直に驚いていたのだった。
ルヴィディアは『世界最強の』傭兵と言っても過言ではない。少なくともアギトはそう思っている。『エルドラド』大陸最強と比喩されるアギトでさえ、あの豪邸に住める程に稼いではいたのだ。ルヴィディアであればこれくらいの家を所持していても不思議ではない。そう思うのだが、余りの凄さにアギトは辟易しそうだった。だが、その家を見て気付く事もあった。
(ルヴィディアはヴァイドに支援は送っているのか)
この家にヴァイドが居続ける事が出来ている。それは、ルヴィディアが確かにヴァイドを気に掛けている事の証明だ。いくら何でもありなこのディヴァイドという世界でも、こんな小さな少年一人で住宅街の中でもトップクラスの自宅を維持するのは不可能なのだ。
ヴァイドにリビングへと案内され、その広大さに驚きながらもオープンキッチン前のダイニングでくつろぐ事となった。
「アギトは、今、何をしてるの?」
「ん、あぁ。俺は世界中のエラーを閉じるために世界を旅してるよ」
「エラーを閉じる……?」
やはり、エラーを閉じるという事に理解が及ばないのか、ヴァイドは首を傾げた。
「俺はアクセスキーってのを持ってて、」アギトは腰から柄状のアクセスキーを取って見せてやり、「これで、エラーを閉じる事が出来るんだ」
その言葉、アクセスキーに興味深々なのか、ヴァイドは前のめりになってアギトの手中にあったアクセスキーを見詰める。欲しいモノをガラス越しに眺める少年の様だ。
「これで、エラーを消せるの?」
「あぁ、そうだ」
アギトは首肯して、腰にアクセスキーを戻した。ヴァイドの視線はアクセスキーを追従して、見えなくなってやっとアギトの表情へと戻した。して、ヴァイドは何かを決心するかの如く生唾を飲み込んで、言った。
「アギト、」
「うん?」




