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5.理想郷へ―5


 そうして二人は嫌な余韻を尾に引いたまま歩き出した。あれが、エラーの出現によるディヴァイドのバグであったという事は、アギトの予測のみに留まって確信を得る事までは今その時では、叶わなかったのだった。




 数時間は無駄にした。アギトはあのエラーにそんな恨みを唱えたのだった。

 歩く事数時間、アギト達はやっと、と思えるその時にデルタへと足を踏み入れる事が出来たのだった。既に日が沈んでから二時間弱程経っていて、辺りは静謐さを漂わせていた。近未来デザインの町並みがひたすらに並び、アギト達二人が歩くその場所は住宅街なのか繁華街なのか、見分けが付かなかった。正確に言えば、二人が歩くその場所は建物郡が連なる『都会』エリアである。辺りには(既に閉まっているが)ウィンドウショッピングが出来そうな店が並んでいるのだ。見れば、数件空いている店もある。この時間であれば居酒屋や、飲食店だろう。それを見るだけで労働時間の酷さを感じ取るが、利用する側であるアギト達は特別口外にする事はない。

「飯にするか、それとも宿を探すか」

 アギトは一度立ち止まり、辺りを見回して言う。デルタの事を知っているアギトだが、どうやらここら辺の土地勘はないらしい。

「そうねぇ……。お腹空いたし、とにかくご飯食べたいかも」

 アギトと一緒に足を止めたアヤナは同様に辺りを見回して応えた。

「よし。じゃあ飯だ」

 言ったアギトは足を進める。空中投影モニターとその眼下に並ぶ街灯が仄かに照らす夜道を歩く。空中投影モニターは電源を落さないで二四時間必ず何かを映し出し続けている。今流れているのはその時間にあっているからか、静かなニュース番組と天気予報が殆どだ。アギトは静かな都会の夜道を歩きながら、時折暇つぶしの様に建物郡の上部に貼り付けられ並ぶ空中投影モニターを眺めて進む。

 そうしながら暫く二人が歩いていると、居酒屋が並ぶ繁華街へと出た。天井付きのアーケード、そんな形を取ったこの場所にはいくつかまだ、開いている店が見つけられた。アギトの先導で二人は二四時間営業のファミリーレストランへと足を踏み入れ、案内された適当な席に腰を下ろして落ち着いた。

「疲れたー」

 席に着いた途端、アヤナは卓に突っ伏して倒れた。徒歩で数時間掛けてデルタまで来たのだ。アヤナもアギトも疲弊しきっていた。

 そんなアヤナを見てアギトは、

「そうさな。明日一日、デルタでゆっくりしていこうか」

 自身も疲れている事を隠しながらも、そんな事を言った。アギトのこういう状況でのポーカーフェイスをアヤナは見破る事が出来るが、アヤナは敢えて何も言わずにその半分閉じられた瞼の隙間から瞳でアギトを見上げて一瞥するに止め、そうね、と応えた。

 暫くして、綺麗なお姉さんのウェイトレスが二人が適当に頼んだ料理、飲み物を運んできて、笑顔で去って行った。

「いただきます」

「いただきます」

 二人揃って――実際は僅かに調子がズレて――合掌。二人とも食事に集中する。

 食事の途中で、アギトがハッと何かを思い出すようにして顔を上げたことで話しは始まる。

「そういやアヤナ。『オラクル』って知ってるか?」

「オラクル……? 新しい食材じゃ何か?」

「違うっての。預言者だ。預言者で、『オラクル』」

「? 良く判らないけど、それがどうかしたの?」

 アヤナはスプーンとフォークを起用に使いながらパスタを口にいれ、咀嚼しながら首を傾げた。

 そんなアヤナにアギトは「まぁ」と言葉を置いてから、さぞ面倒そうに言葉を吐き出した。

「俺も一度しか会った事ねぇんだけどよ、それなりに噂の立つ預言者――占い師らしい。なんでもアカシックレコードにアクセスして、近い未来起きるであろう出来事を予測してるんだと」

「アカシックレコード?」

 アヤナは逆に首を傾げなおした。そんなアヤナにアギトが説明をするのも既に見慣れた光景ではある。

「なんでも、電脳世界ディヴァイドのサーバーに溜まったこの世の全て――森羅万象の情報の事なんだと。それは当然サーバー、つまりは俺達の意識が置かれるこの世界を構築する現実世界の本体に記録されているわけなんだが、どうしてかオラクルはそれにアクセスできて、情報を引っ張り出す事が可能らしい。まぁ、世の中にはソースコードを弄れるって人間もいるらしいし、不思議な話って訳じゃねぇんだけどさ」

「へぇ、そんな人がいるのね……。で、その人がどうしたの?」

 アヤナの純粋な問いにアギトはやれやれと僅かに呆れる様な口調で返す。

「一度、会ってみないか? この先、何があるか把握出来れば、確証のない情報だとしても利益になるし、予防線を張れるだろ?」

 そんなアギトの提案にアヤナはすぐに首肯して返した。

「そうね。そんなすごい人なら会ってみたいって気持ちもあるし」

 どうやらアヤナは興味本位で会ってみたいと思ったようだ。結果、どちらでも構わないと決めていたアギトにとってそれはただの一歩前進であり、そうか、とだけ言ってまた食事に戻ろうとナイフとフォークに手を戻した。が、アヤナがそれを止めた。

「突然、なんでそんな話をしたの?」

 純粋で単純な、特別意味のない疑問。対してアギトは特別意味はない、とでも言いたげに、素っ気無い態度で返した。

「ん? いや、ふとオラクルの存在を思い出してな……。ガンマに行った後にでも寄ってみようかななんて思ってよ」

「オラクルの所在はアルカディアにあるの?」

「そうだな。昔と変わってなければ、だが」

「ふーん。まぁ、楽しみにしてるわね」

 アヤナは適当な答えを口から漏らして、話を終わらせた。二人ともして、食事へと戻る。

 そんな会話のみで二人は食事を終え、レストランから出てホテルを探し、一番近い所にあった手ごろなホテルの部屋を二つ借りて就寝したのだった。

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