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5.理想郷へ―1


 そんなアギトの姿を見て、何かを察したのだろう。アヤナはそれ以上深入りする様な野暮な真似は見せなかった。それが、アヤナの抑止である。この良抑止が、アギトがアヤナを気に掛ける理由になっているのは互いとも気付いていないかもしれない。

 そして出港から一時間が何事もなく経過する。

 アギト達を乗せた豪華客船は淡い波に揺られながらエルドラド大陸を南下してアルカディア大陸へと向かっていた。今現在、船は航路の半分を過ぎた辺りである。アヤナはソファの背もたれを倒して天井を仰ぎ見ながら豪快に寝息を立てながら寝ている。疲れが溜まっていたのだろう。当然である。旅に出て、ノンストップの参戦だ。

 そんなアヤナを起こす気にはアギトでもなれなかった。まだ、目が冴えて眠れないのかアギトは夜闇に揺れる海面を眺めに部屋から出て、外へと向かった。薄暗く――だが眩いばかりに明るい――廊下を歩きながらアギトは外へ目指す。廊下を抜けると巨大なダンスホールを兼ねたエントランスホールへと出た。やたらと長いバーカウンターがあり、そこには常時ドリンカーがいる。その眼前に広がるのはシンプル且つ値段の高さを一目見て感じ取れる円卓が並び、その奥にフロアが敷かれている。次のイベントでライブでもやるのか、そのステージには楽器を立てかけると思われるスタンドや、アンプ、チューナー、エフェクターが無数に、飾る様に置かれていた。

(一杯飲んでくか……)

 久方ぶりの落ち着きを得て、その直中に身を置くアギトは気まぐれにそんな事を思い、正装で着飾ったドリンカーの前のカウンターに腰掛けた。

「余り酒を飲まないから分からないんだ。適当にお奨めをくれ」

 アギトが素っ気無く言うと、一人立つドリンカーは「かしこまりました」と頷いてアギトに背を向けて背後の棚に無数に並ぶ酒瓶を選別し始めた。

 そうして一時の暇を持余すアギト。この航海の旅の夜は長い。これくらいの時間、惜しむ理由もないだろう。

「お隣、いいかしら」

 そんな僅かな暇に居たアギトの横から低めの声が聞こえた。アギトが視線をやると、隣に長身の女性が立っていた。纏うは安物でシンプルなデザインの黒のローブで、見れば所々廃れている。顔はウェーブがゆるく掛かった真っ赤な髪。長さは背中に触れる程度。その下に見える顔は整いすぎていて住む世界が違うのかとまでに思う。高さを誇る鼻梁に掘りの深い目。切れ長で大きな瞳。唇は薄く、肌はアヤナ程ではないが透き通るように白かった。

 そんな女性をアギトは『驚いた』と言わんばかりの表情で見上げた。そして、口から漏らす様にして言う。

「ルヴィディア……」

 そう、アギトが呟いた名はアギトが先にアヤナに『師匠』と伝えたその人物の名である。

 視線の先のルヴィディアは僅かに笑みながらアギトの隣に腰を下ろした。二人の前ではドリンカーが背を向けて酒瓶をあれやこれやと見て探している。

「エルドラド大陸最強の傭兵――アギト。今は世界各地に発生する謎の異常エラーを閉じて回っているとか」

 ルヴィディアは顎を掌に置いてドリンカーの背中に視線を投げたまま――アギトを一度も見ないまま――、そんな事を吐き出した。

「やめてくれ。アンタに『アギト』なんて呼ばれたくない。それよりも何故、此処にいるんだ?」

「アギト」アギトの話しを無視してルヴィディアは彼の名前を呼んで遮り、「エラーを閉じて回るのをやめなさい」言い切った。視線はアギトには投げられない。絶対に見ないと決めているかの如く向けられない。

「なんでそんな事を言うんだ……?」

 アギトは隣のルヴィディアへと視線を投げて言う。が、ルヴィディアは何故なのか、アギトの問いに答えようとしない。

 驚愕して目を見開き、間抜けに表情の力を抜くアギトの横でルヴィディアはただ一つ、静かに言うのだった。

「私はもう、貴方の師匠ではないわ。……アギト」

「な、何を言って、」

「お待たせいたしました」

 ドリンカーの言葉が二人の空間を裂いた。アギトは条件反射でドリンカーへと一瞬、たった一瞬視線を向けてしまった。

「ッ、」すぐに、ほんの一瞬の間の後にアギトは隣のルヴィディアへと視線を戻すが――そこにはもう、彼女の姿はなかったのだった。

(ルヴィディア……)

 アギトは彼女を知っている。一瞬の内に姿を消す事など容易い事だと。だが、あんな台詞を言う彼女をアギトは知らない。

「くっそ」

 アギトは吐き捨てて、提供されたグラスに手を付けた。




 アギトは『ある噂』を耳にしていた。元老院からのメールでだ。それは、アギトの表情を歪ませる文字の羅列。

『赤毛の女戦士ルヴィディア・レディが世界各地で「エラーを出現させている」という話しが……、』 そんな噂。

 当然アギトは訝って、元老院に抗議のメールを叩き込んでやろうかとも思った。だが、アギトはルヴィディアを知っている。誰よりも知っている。間違いないと自負している。だから『信じよう』と思った。だが同時に『確かめよう』とも思った。

 アギトは焦燥感に駆られている。まさか、嫌でもそんな考えが巡ってしまう。

 だから、そんな理由もあってアギトはデルタへと向かっていたのだ。




 だが、アギトはたった今、ルヴィディアと再会した。そして言葉を享受した。

『私はもう、貴方の師匠ではないわ。……アギト』という恐ろしく酷な言葉だ。アギトは冷静に考えを巡らせる。すると、数秒もしない内に結果は見えてきた。

(噂じゃなくて、真実って事かよ。クソったれが)

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