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4.未来―3


「なんか面倒そうな場所ね」

 他人事の様にアヤナが吐き出して視線を宙に仰ぐ。

「いや、お前はそれなりに楽しめると思うぞ?」

「女だから?」

 アギトは首肯。当然、と言わんばかりの素早い応答だった。

「女性旅行者はそれなりに歓迎されるらしいぞ? ガンマの風習を世界に広めてくれってな」

 アギトはメールボックスの画面が映し出される空中投影モニターを消して、呆れた様に言った。一方でアヤナは苦虫を噛み潰した様に顔を顰めて、

「なによそれ、フレギオール一派よりも宗教臭いじゃない」

「そうだな」

 して、二人は互いの部屋で就寝した。明日のベータ出発のために体力を養い、回復させるために。




「お前は相変わらずだよな」

 アヤナの部屋でアギトは溜息と共に吐き出した。アギトの眼下には未だぐっすりのアヤナの姿。シーツに包まって蓑虫の様になって寝息を立てている。寝言こそ言わないが、言い出してもおかしくはない雰囲気である。

 アギトは空中投影スクリーンを出現させて時刻を確認する。一瞥しただけで約束の時間である事は明白だった。

 アギトは無言のままアヤナの纏うシーツを引っ張り上げ、アヤナ無理矢理に叩き起こす。だが、シーツを脱ぎ去ったアヤナは襤褸さえ纏わぬ真っ裸で、アギトは一瞬だが硬直してしまった。――が、アヤナの身体に魅力を感じないのか、寝ぼけているアヤナから視線を斜め下に逸らして「へっ」と小さく笑ってやったのだった。

 そんあアギトの眼前でアヤナは寝ぼけ眼を擦りながら徐々に意識を覚醒させていく。して、フェードアウトしてきた意識が気付いたのはまず、アギトのその存在。次に、部屋に設置されているアナログな時計に目をやって約束の時間が過ぎている事に気付く。そうしてやっと、最後に、自身が裸である事に気付く。

「え、……えぇ!? ちょっと何よこれぇっ!!」

 アギトの眼下でアヤナは慌てふためく。アギトが引っぺがしたシーツを強引に奪い取り、アギトの前からその小さな小さな小さな身体を隠すようにシーツを握り締める。

 して、アヤナは気付く。ちょっとアギト! と怒鳴りつけようとして、アギトを見上げてアギトが適当な笑みを表情に貼り付けている事に気付いた。くだらない、そうとでも言いたげな表情をしている事をアヤナは不満に思う。

 しかめっ面でアヤナはアギトを見上げて、重々しい言葉を吐き出す。

「……アタシの身体に魅力がないって?」

 するとアギトはもう一度「へっ」とくだらない様な笑いを吐き出して、

「何も言ってねぇよ」

 それだけ言って、アギトは踵を返した。「早くしろよな」それだけ言葉を置いて、アヤナの部屋からあっという間に出て行った。まるで、何事もなかったかの様に、だ。当然アヤナがそれを不満に思わない訳がない。アヤナは頬を膨らましてプンスカ起こりながら、ブツブツ文句を吐きながら秘かに急いで着替えたのだった。




 一人先に宿を出たアギトはそこでミライとゲンゾウ、クロムと遭遇した。どうやら見送りのために来ていたらしい。全員では多いから、この三人がきたのだろう。

「うっす」

 アギトは至って適当な挨拶で三人と面会した。その心中には恥ずかしさが隠れていたのだった。だからアギトは何度も会う友人との挨拶に似たそれで応えたのだった。

「照れているのか?」

 それを察したのかゲンゾウが嘲笑しながら問うた。

「違うっての」

「でもアギト、なんか雰囲気違う」

「そうさな。アギト君。頬が赤いぞ」

「ッ!! なんだよ……ミライにクロムさんまで……」

 慌てて表情を隠しながらアギトは今度こそ確かな羞恥心を感じながら言ったのだった。

 そんなアギトの仕草あってアギトが照れている眼前で三人は静かに笑った。全てが終わり、『これから』を楽しむべき立場になった三人の心からの、決して作り物ではない笑みである。

「ま、そうやって笑えるようになったのは良かったわ」

 アギトは言って、ゴホンと咳払いをして取り繕った。

 と、そこでやっと純白のローブを纏い、フードを深く被ったアヤナが降りてきた。来て、三人を一瞥したかと思うと、アヤナは視線をある一点に集中させた。フードの隙間から覗くその大きな瞳は確かにミライの胸部を見ている。襤褸を纏うミライの胸は僅かに成長を見せている。当然年齢如くの膨らみだが、それでも年齢以上の膨らみはあった。だが、それでも決して『大きな』と言えるモノではない。年齢故に当然だ。して、アヤナは自身の胸元の存在に気を配る。起伏のない、その畑の様な平面に。

「どうか、したの?」

 ミライはアヤナの視線に気付いてキョトンとした表情で言う。が、

「触れてやるな」

「?」

 アギトの言葉でアヤナは首を傾げたまま押し黙ったのだった。

「もう行っちゃうんだね?」

 クロムが切り出した。

「あぁ」

「うん」

 アギト、アヤナ共に――惜しみながら――首肯。短い期間ではあったが、仲間と呼べるまでになった関係である。その別れに惜しみを感じない訳がなかった。

「惜しいな」

 ゲンゾウは吐く。何時もの調子で言う。だが、本心だ。嘘は付いていない。アギトとわだかまりを持ったことさえあれど、今は違う。その別れを互いに惜しむ程に親密な関係にはなっている。

 して、アギト達は爪先の向きを変えた。そして歩き出す。

 背後に三人の声を受ける。それぞれが再会を祈ったかの様な「また」という言葉を投げている。

 アギト達は振り返らなかった。それこど、また会えると信じているから。

「じゃーねー! アギト! ミライ! またねー!」 

 そう大声で送るアヤナの手には純白の杖が握られている。アクセスキーだ。どうやらアクセスキーはミライが持つ事に決まったらしい。アギトへの敬意を示してか、ゲンゾウがそう決めたのだった。

 ミライはアクセスキーの存在を示すように、手を振る。振り続ける。

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