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4.未来―2

 フレミアは相変わらず儚げな佇まいでただそこに影を落としている。全てが真っ白な幽霊の様な存在。その中で唯一意識して動かされる大きな、眠そうな瞳がアギトを見上げている。

「それはできない」

「なんでだ?」

 アギトの応答は速かった。相手がアヤナでさなけれな応酬する気も起きないといわんばかりの態度でもある。

 ディヴァイドが危ない。それは人類全てが危険に犯されていると同義である。なのに、何故。フレミアはその事に付いて話せないのか。それは、

「それは、私が今、その存在をもう一つのディヴァイドに置いているから」

「そのもう一つのディヴァイドってのが分からないと話しも進まないだろ?」

 遠慮しつつ、怪訝な表情を見せるアギト。もどかしさが背中を押していた。

「それに、俺は……いや、俺達、このディヴァイドにいる人間の殆どは現実世界を知らずに育ってんだ。現実の機械共が暴走して、この世界が危ないってのも実感が湧かないんだ。エラーこそ閉じて、危惧してるのは確かだけどよ」

 するとフレミアは納得いかないと言わんばかりに眉を潜めて表情を歪めて、

「出来ないことは出来ない。それについてもいずれ、貴方も知ることになる」

 言葉を聞いてアギトは嘆息する。して、「そうか」ただそう言ってやれやれ、と首を何度か横に振った。

 して、アギトは目を一旦閉じる。瞑想するかの如く意識を沈め、数秒の後、開く。そして見据えられるフレミア。フレミアの表情は動かない。アギトの発現を待っているかの様にただ彼を見据え、漂っている。

「一番最初。俺とお前が初めて会った時の事、覚えてるか?」

 問うた。

「それがどうかしたの?」

 フレミアは僅かに間を空けて、記憶を辿りながら応える。

「最後の言葉、何を言おうとしてたんだ?」

 アギトにそう言われて、フレミアは俯いた。悲しげに、また恥ずかしそうに視線を足元へと落としたのだ。フレミアがこの様な態度を取るとは思ってもいなかったのか、問うた側のアギトはついつい辟易してしまう。

「お、おい?」

「…………、」

「どうしたよ?」

 アギトに顔を覗き込まれ、フレミアはハッとしたように表情を上げた。その雪の様な白い頬を僅かに赤らめていて、見たアギトでさえ何故か羞恥心を感じる。

 すると、フレミアはやっと、その小さな口を開いた。

「それは……今は、……忘れていい……」

 しどろもどろに言葉を吐き出すフレミア。そんなフレミアの様子にアギトは彼女の人間らしさを感じ取れ、僅かにだが嬉しさを感じていた。あの言葉の続きを知りたいという気持ちも当然ある。だが、それよりも『私は死んでいない』という言葉の真実味を感じ取れて、何より嬉しかった。

「ま、いいわ」

 だから、アギトは追求しなかった。ただ、言葉を聞いて素直に応じた。

「で、次、俺はどうすれば良いと思うよ? 魔王の当てがなくってね。魔王なんていうから、それこそ世界に跋扈する勢力か何かかと思ったが、」

 そんなアギトの言葉の途中で平常心を取り戻したフレミアが言葉で遮った。

「魔王は、貴方がもう一つのディヴァイドに到達すれば、分かる」

「そうか」

 何度も出てくる『もう一つのディヴァイド』という言葉にアギトは呆れた。どうすれば、そこへと到達できるのか、先の見えない未来の話しである。

「じゃあ、頑張ってね。『アギト』……」

 フレミアはアギトの様子で切り上げ時でも察したのか、静謐さを感じさせるそんな言葉を残して空気中に溶ける様にして、光の粒子となってアギトの眼前から消え去った。アギトは静かにそれを見守る。

 フレミアが完全に消え去った後、アギトは振り返って柵に手を掛け、視線を闇夜の僻遠の彼方へと戻した。

「……俺が世界を救ってるみたいな言い様だが……」

 ただ、一言。それだけ吐き捨てて、アギトは瞼を下ろした。




   6




「ヴェラ達からの連絡はどうなった?」

『あの』ボロ宿に――アギトが好んで――宿泊しているアギトとアヤナ。明日からの行動を決めるためにアヤナがアギトの部屋に訪れベッドに寝転がって聞いた。安物のベッドはアヤナの小さな肢体でさえ乗れば軋む音を鳴らした。

「来た。詳細が送られてきた」

 一方で自身が借りた部屋でありながら適当な椅子に腰掛けているアギト。アギトは応えると、右腕の手首を二回程軽く指先で叩く。すると、空中に投影されるスクリーンが出現する。これは、この世界の携帯電話であり、パソコンだ。

 アギトは眼前に浮かび上がるようにして出現したそれを非常に遅い手さばきで操作する。アギトは機械関係の操作は苦手なようだ。して、メールボックスを表示させ、アヤナにも見れるように設定して画面を弾き、回転させ向けてやる。

 そこに書いてあるのは、エラーを閉じて活動している人間がいるという情報。そして、その場所等が書き並べられていた。

「ガンマ……?」

 アヤナは目を細めながら、そこに書かれた文字を呟く。それは、場所を示した文字。

「そうだ。ガンマ。エルドラド大陸の真下の大陸、アルカディア大陸の端の町……いや、」

「何よ?」

 アギトが不自然に言葉を詰まらせた事に違和感を感じてアヤナは眉を潜める。疑う様な視線をアギトへと突きつけると、アギトは一人「はぁ」と嘆息。して、困った様に応えた。

「山の中を切り開いて出来た町なんだが……、」

「だから何よ?」

 しつこく迫るアヤナにアギトは怪訝な表情で応える。聞くのか、そうとでも言いたげに、

「ガンマは、女尊男卑の風習が強い町なんだ」

「それがどうかしたの?」

 目の前にこれからその女尊男卑が根強く広がっている町、ガンマに足を運ぼうとしている男がいるというのに、アヤナは素の表情でそんな事を聞いた。聞くものだからアギトは表情を歪める。

 して、話しだす。

「ガンマはディヴァイド初期に女性集団が集まって拓かれた町だ。初期構想になかった町は独自の背景を持ちながら、独自の風習を持って生活する場となった。その背景ってのが、元々何故か男尊女卑が強かったアルカディアからの独立なんだ。あえてアルカディアの中で間逆の風習を掲げて生活する事で尚更それは強まった。……簡単に言うとな、俺みたいなどうみても男な人間が足を踏み入れれば、直ちに拘束されちまう様な場所なんだよ。ガンマじゃアマゾネスって戦闘特化した女戦闘部隊があって、そいつらがアルカディアの男を捕まえて奴隷にしてるって話まである。いや、これが事実なんだが……」

 珍しい長広舌を終えたアギトは休息を取るような溜息を吐き出した。

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