4.未来―1
「ボロボロじゃないですか……」
アギトとアヤナのその姿を見て、ゲンゾウは涙を流しながら、悲しげに――また、嬉しそうに――言った。全てが終わった事に対する安堵の感情と、アギト達の頑張りに対する気遣いと、その姿から想像出来る先の光景に対する悲しみが混ざった感情が表情に出ていた。
「ハハッ……。特別気に掛ける程の事じゃないですよ」
心配させまいと、それよりもこの全てが終わった状態を喜べと、アギトはそんな台詞を吐いたのだった。そんなアギトを見てアヤナは呆れた様に嘆息した。とても『特別気に掛けることはない』状態ではないというのに、それでも周りの事を考えて自身の事を厭わない言葉を吐き出すアギトにだ。
(まったく、もう……)
やれやれ、とアヤナは首を横に何度か振った。
そこに、小さな、アヤナよりも小さな影がパタパタと忙しない足音を立てながら近づいてきた。言わずもがなそれはミライだ。
ミライはアギトの眼前まで来て、アギトのボロボロになった黒のロングコーロの裾を掴み、アギトをその大きな瞳で見上げると、
「ありがとう」
一言、覚束無い言葉でそう述べた。
アギトがミライを見下ろす。するとそこには大きな瞳に涙を溜めるミライの可愛らしい表情。真っ白な肌に漆黒の瞳と二本人形の様な顔、髪。幼げな表情がやたらと印象に残った。
「……、これでもう、仇討ちの必要はないな」
笑って、アギトは言った。言ってやった。ミライが言葉にせずとも内に秘めていた『仇討ち』という決意を察して、アギトは言ったのだ。両親をフレギオール派、いや、フレギオールに殺され、アルゴズム派レジスタンスにその身を置いてずっと秘めていた決意を、アギトが達成したのだ。
すると、ミライの瞳に溜まっていた涙が零れた。一度零れてしまった涙はストッパーを失い、止めどなく流始める。
ミライは嗚咽を漏らしながらアギトのロングコートの裾を握る手に力を込める。ギュウと握られたその裾に確かな意思を感じながら、アギトはそんなミライの頭にポンと左の掌を置いた。して、僅かに撫でてやる。
「そんな泣かないの! もう大丈夫だから」
アヤナが笑いながらミライに言う。だが、ミライはその言葉に更に涙を流すのだった。
夜。日が沈んでシンと静まり返った夜中。城の様な建物の一部飛び出すようなベランダにアギトとアヤナは居た。柵に手を掛け外の景色を眺めている。その姿からは何故だろうか、儚さを感じ取れた。背後に広がる巨大な広間では宴会の様な、今回の戦いが終わった事を祝うパーティが繰り広げられている。昼の内に二度と戻らない仲間達の弔いを済ませ、夜は夜で祝うことを選んだのだ。悲しむ事も大事ではあるが、喜ぶ事も大事である。
「次はどこに向かう予定なの?」
アヤナは隣のアギトに視線を上げて問う。
「そうだな。エラーがある所にゃ何処でも飛ぶつもりではいる、が……」そこまで言ったアギトはそこでやっとアヤナへと視線を投げて、「元老院から情報が入った」
「情報?」アヤナは首を傾げる。「どんな?」
するとアギトは僅かに、秘かに口角を吊り上げて笑って、
「他のアクセスキー所有者を見つけた。それも、エラーを閉じてる。つまり、俺達の仲間の情報だ」
「本当!?」
「あぁ、本当だ」
満足げに頷いたアギトは再び視線を遠くへと戻す。その先に灯りはない。だが、静寂の中に、闇の中に素晴らしい光景がある事をアギトは知っている。それに、単純に物思いに馳せる事だけでもこの場では似合うことである。
「アギト、アヤナ」
すると、ふとした時にミライが近づいてきた。口の端に食べ物を食べた跡が残っていて、大変可愛らしい。一○○年程も生きているアギトから見れば我が子と違わないようだ。
「ついてるぞ」言って、アギトはミライの頬を親指で拭ってやる。するとミライはぐしぐしと自身の腕で確認する様にアギトに拭われたそこを擦ってから、「ありがとう」
そんな光景をアヤナは微笑ましげに見る。
「中に、こないの?」
ミライは主役でありながらその渦中にいないアギト達を心配してきたのだろう。
そんなミライにアギトは儚く微笑みながら、
「すぐに行くよ。心配するな」そして、ふとした瞬間に思い出して、「そうだ。アヤナ。アレ出してくれ」
隣のアヤナに手を軽く振って指示を出したアギト。するとアヤナはアギトの示す『アレ』に気付いたのかその小さな身体を包む純白のフーディーローブの中からその『アレ』を取り出した。
して、アヤナの腕からアギトの腕に辿ったのは『アクセスキー』だ。杖状の、フレギオールが使用していたアレだ。フレギオールが消滅した事で使い手の居なくなったアクセスキー。
アギトはそのアクセスキーを一瞥した後、――ミライへと差し出した。
突然差し出されて反射的にそれを受け取ったミライはキョトンとした顔でアギトを見上げる。
「それは……お前でも良い。ゲンゾウでも良い。とにかく持っておけ。この先、今回の戦いが終わってフレギオールがいなくなったとは言っても、エラーが出現しないとは限らないしな。それは、アクセスキーはエラーを閉じる事が出来る。これからベータを守るために使ってくれ。何にせよ俺達には必要ないしな」
アギトは言って、アヤナへと視線をやった。するとアヤナの満足げな、可愛らしい笑みがフードの隙間から覗いてアギトを見返していた事に気付く。
フフ、とアヤナは一人、何かおかしそうに笑ってから、
「さっ、ミライ。お話でもしようか!」
言って、アギトの横から飛び出してミライの手を引き、二人は中へと消えて行った。似た様な二人の背中を見送りながら、アギトは一人秘かに微笑んだ。
して、
「別にいいだろ?」
アギトは言う。
「私は何も言えない。でも、貴方の人間らしさが感じられて少し嬉しかった」
背後から少女の声。
アギトは振り返らない。振り返らずとも分かっているといわんばかりに遠くへと視線を投げたまま言葉を交わす。
「そうか。……で、現実世界はどんな感じだよ?」
「思ったよりも機械達の暴走の加速が早い。貴方は早くもう一つのディヴァイドについて知らなくちゃいけない」
少女の言葉にアギトは眉を潜める。して、そこでやっとアギトは振り返った。
「じゃあ、教えてくれてもいいんじゃないか? 世界の危機だろ?」
振り返ったアギトの前には、白いオーロラの様な儚げな少女の姿が。フレミアだ。




