3.永久の名を謳う規律―21
して、フレギオールは杖状のアクセスキーを振り上げた。アギトの後頭部の中心にその切っ先が向けられる。跋扈する邪推、これからどうなるか、容易く予測できた。
声は出ない、出せない。頭上の遥か遠くでアヤナが戦って、何か声を上げているのが分かる。だが、聞こえない。視線を上げる事すら叶わない。何処から攻撃が振り墜ちてくるのか、いつ、殺されるのかすら分からない。
右手に握られていたアクセスキーは右手が命令を聞かなくなってしまったため、使用出来ない。ただ、動かなくなってしまった掌の中で持余されている。
そんなアギトの意識の外で、遂に振り下ろされる杖。それは、エラーの力を込めた訳でもない、ただの物理攻撃。それでも、アギトを殺せる一撃だ。
(くっそ……)
最早吐き捨てる事さえ叶わなかった。体力を消耗し、疲弊しきったアギトは血を流し過ぎた。どうにかすれば、立ち上がる事も出来るかもしれない。だが、ここで立ち上がった所で攻撃を避ける手段がないのだ。結果は変わらず、無駄に足掻いて死ぬか、素直に死を受け入れて死ぬか。――当然アギトは前者を選ぶ。
力を振り絞る。立ち上がろうと動かない右手を引きずって、左手で地面を押して立ち上がろうとする。だが、フレギオールはそれを厭わない。ただ、刺すだけで変わらない結果が見えているのだから、関係ないと杖を下ろす。
――だが、杖の向かう先は変わった。杖は、アギトに到達するが前に飛んだ。飛ばされた。
何があったのか、フレギオールでさえそれには気付けなかった。して、フレギオールの杖が『右腕ごと』飛ばされたと気付いたのは三秒も経った後である。
「な、な、……何だとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
フレギオールの肩から切り落とされた、杖を握ったまま飛んでく右腕と自身の肩に張り付いた切り口を交互に確認する様に見ながら、悲鳴を上げた。手元に杖はない、右腕もない。そして、代わりに、フレギオールの右側、足元には紫色の巨大な目玉が側面に付く、巨大な刃を持った――アヤナのアクセスキーがあった。刃の先を床に突き刺し、それは屹立している。
「アヤナ……?」
アギトは喚き散らすフレギオールを無視してなんとか上体を起こし、景色を確認した。すると、眼前のアヤナのアクセスキーと目が合った。ギョロリとした巨大な紫色の瞳はアギトの生存を確認する様に一瞥した後、その場所から、消えた。消えたアクセスキーは遥か後方のアヤナの手へと戻る。して、アヤナは大分数を減らしたバケモノ共を一閃して薙ぎ払う。
――アヤナのアクセスキーのスキルだ。言葉にすれば些細な、機微な事だったかもしれない。だが、それには応用するだけの価値があった。ただ、どこかにしまえて、どこからでも取り出せるというだけの、その程度のスキル。だが、それは、『どこにでも出現させる事が出来、どこからでも回収できる』というスキルなのだ。
「アギト、」
バケモノをいなして余裕を得たアヤナがやっとの事で立ち上がったアギトに駆け寄る。アクセスキーを背中に掛けて、アギトを立ち上がらせてやる。その矮躯ではアギトの肢体を持ち上げるのは難しかったが、なんとかして持ち上げてやる。
二人で立ち上がり、アギトは左腕で地面に転がってしまったアクセスキーを拾い上げてアヤナと一緒に一歩下がる。
そうして距離を取った二人。見えるのは右腕を肩から落とされて情けなくも涙を流し、悲鳴を上げるフレギオールの姿だった。膝を床に落として左腕で肩を押さえ、溢れる鮮血を逃さまいと必死である。だが、そうは行かない。指と指の間から鮮血が溢れ出て、止めどなく流れ落ちる。
「うわああああああああああああああああ!!」
フレギオールの視界に二人は映らない。
「大丈夫? アギト!?」
「おう……、助かった」
「お互い様よ」
「…………、」
アギトを殺す事に気を取られ、アヤナのスキルを把握しきれず、安全確認を怠ったが故、フレギオールはミスを犯した。アヤナに隙を作られ、限界を超えて尚立ち上がろうとするアギトを見世物の様に見たが故、こんな無残な結果となった。
アクセスキーが手元にない今、フレギオールの勝ち目はない。アクセスキーの操作が出来ないからなのか、フレギオールの周りに存在していた無数のエラーは次々と消滅していく。――して、それた全てがなくなった時、この場は静謐になる。
フレギオールの悲鳴に似た泣き声が響き、アギトの脇腹から鮮血が垂れる音が静かに浸透し、荒れる呼吸を整えようと必死に呼吸をする音が聞こえる。響く。
「くそったれが……」
吐きながら、アギトは左腕を一度振るってアクセスキーを刀へと変える。その横で、アヤナは様子を見て静かにアクセスキーを何処かへとしまいこんだ。
アギトは一歩、フレギオールへと迫る。アヤナは続かない。アヤナは一人アギトの背中を見詰める。
「一対一だったら確かに負けてたわ」アギトは静かに吐き出した。「でも、二対一だ。俺がミスればこいつがカバーしてくれる」
「うあ……、あぁ……」
「こいつは、アヤナは……、」そこでニヤリと笑って、「結構強いからな」
眼下で跪くフレギオールに、アギトは振りかざした日本刀を落とした。




