3.永久の名を謳う規律―20
上げた顔の先数メートルの場所に、フレギオールの姿。彼の行動を見たら、エラーのスペシャリストと言えてしまうな、とは思った。
フレギオールのアクセスキーは刃を持たない。それは、電脳世界ディヴァイドでは異端中の異端の存在。だが、フレギオールには攻撃手段がある。魔法という、刃だ。
「ふんっ!」
フレギオールがアクセスキーを振るうと直径三○センチ程の火球が彼の身体の回りに出現。して、それは猛スピードでアギトへと向かう。
「ッ、」
僅かに怯みながらもアギトはクレイモアでいなしてダメージを避ける。眼前でクレイモアの刃と火球が衝突し、火球が散るエフェクトによってアギトの視界は一瞬だが消失した。して、次に見ればフレギオールが眼前に迫っている。――衝突。
杖の下、鋭利な先での突き攻撃。突如と襲いかかって来た攻撃にアギトの対応は僅かに遅れる。アクセスキーで受止める事は無理だと判断し、身を翻してそれを避ける。そして、その勢いを利用してアギトは反撃に出る。弧を描く様な軌跡を生み出しながら、クレイモアは横薙ぎの一振りをフレギオールに叩き込む。それを、瞬時の判断でしゃがんで避けるフレギオール。やはり、戦闘能力はアギトと張る。
その時だ。
斜め上、斜の位置に漂うエラーから何かがレーザーの様に飛び出し、アギトへと突っ込んで来た。
「ッ!!」
突然の攻撃を横っ腹に食らったアギトは容易く吹き飛んだ。数メートル転がり、仰向けに倒れた。そして、その上には何かが乗っかっている。アギトはすぐに起き上がって体勢を立て直そうとするが、その上に乗っかった何かが阻む。
バケモノだ。エラーから飛び出し、アギトに突っ込んできたのは西洋甲冑を纏ったバケモノである。バケモノはアギトの両腕を封じてしまおうと手を伸ばす。
「くっそ!」
が、アギトも抵抗する。アクセスキーが邪魔になったため柄へと戻して握ったままの拳をバケモノに叩きつける。硬い甲冑に衝突し、拳が悲鳴を上げるもアギトは引かない。その押しの強さで拳を押し切ると、馬乗りになっていたバケモノは身を怯ませた。その隙に殴り、蹴り上げ、バケモノを退かしてアギトは立ち上がる。して、アクセスキーをクレイモアへと変化させ、斜の一撃をよろめくバケモノへと叩き込み、葬り去った。
そんな一戦を終えたばかりのアギトにフレギオールの一撃が叩き込まれる。
背後からの突きだった。それは、普段のアギトであれば容易く避けて見せた一撃。だが、今の疲弊しきったアギト、一戦を越えたばかりのアギトには避ける事が出来なかった。
ズブリ、と横っ腹に後ろから沈む一撃。それ秒経たぬ間に貫通し、アギトの横っ腹に風穴を空けた。
「ガッ……ぐあ、あ」
アギトの動きは止まった。背後の遠くでアヤナがバケモノと戦っている音を聞きながら、アギトは自身の腹に視線を落とした。して視界に入るは横っ腹から突き出る純白ながら鮮血に塗れた杖の切っ先。それは、アギトの視線を避けるかの如く引き抜かれていく。
「フン、終いだな」
すぐ背後でフレギオールの声が聞こえた。同時、引き抜かれるアクセスキー。そして、アギトは崩れ落ちる。身体に力は入らず、重力に引かれるがまま落下、うつ伏せに、顔を無抵抗に打ち付けてアギトはフレギオールの足元に崩れ落ちた。
口から鮮血を漏らし、脇腹から流れる血が血溜まりを作り出す。ボロボロになった黒いロングコートが鮮血に塗れて紫色に淀んでいく。その色はこの世界で人が死んだ時に還元される粒子と同じだったかもしれない。
「ッア……。くっそ、フレギ、オール……」
アギトは激痛に負けない様に意識を奮い立たせながら、視線を何とか動かしてフレギオールを見上げる。その視線の先でフレギオールは笑っていた。ただ、満足げに笑っていた。
そしてアギトに嘲る様な言葉を吐き下す。
「エルドラド大陸最強の傭兵である貴様も此処で終わりだ。貴様を殺し、あの鎌の少女も殺して終いだ。そうなれば俺のエラーを止める者はいない。そして我が宗教は世界規模の団体になり、世界を救う。……貴様はそれを現実からでも見ておけ」
「くそったれが……! がはっ、がっ、……。何が、世界を救う、だ……。ふっざけんな……」
「まだ生意気言う体力が残っているか」
フレギオールはアギトの言葉に眉を潜めて怪訝な表情を見せる。見せて――杖状のアクセスキーを、アギトの腕に突き刺す。
「ぐっあああああああああああああああ!!」
泣け、喚け、最後まで抵抗して見せろ。そう言って、フレギオールは杖を捻る。するとアギトの腕は神経を断裂させられるまでになる。暫くその攻撃を無抵抗に受けていると、感覚が消え、脳からの信号が腕に届かなくなった。
「はぁはぁ、はぁ……」
アギトの口からは鮮血交じりの呼吸音のみが吐き出される。最早、言葉を出す力までは残っていなかった。アギトはフレギオールを睨む。それでも睨む。だが、何をする事も出来ない。
「貴様が苦痛に悶える姿を見ているのもまた興だがな、さっさと終わらせてやる」
フレギオールは宣告した。




