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3.永久の名を謳う規律―17


「くらいなさぁあああああああああああああああああいっ!!」

 アヤナの甲高い雄叫びと共に振るわれた巨大な鎌の刃がバケモノの足に食い込む。同時、痛みでアヤナに集中したバケモノはアギトへと伸ばしていた無数の手を止めた。それは、たった一瞬の出来事。風に流されてしまいそうな程に短い一瞬。だが、それで十分だった。

 アギトは両手に刀を構えた状態でその身で空を斬った。足元に何らかの力で出現させられた魔方陣の様な足場(障壁の利用である)を作り出し、前方へと跳んだ。無数の腕の隙間を掻い潜り、アギトはバケモノの胸元へと到達する。して、早速剣を振るった。二刀流による連続斬撃。一度刃がバケモノのその身を削る事でアギトの体勢は引かれるように維持され、連続攻撃を可能とした。その渦中。足元ではアヤナの攻撃が振り切られる。

 アヤナのアクセスキーは振り切られた。バケモノの左足は足首から荒く切断され、吹き飛ぶ。その足先は本体から離れて転がった後、光の粒子となってアヤナ達の視界の外で消滅した。足首を失ったバケモノはアギトの攻撃を胸元に受けながら仰向けに体勢を崩す。その瞬間はスローで流れた。

 アヤナがバックステップでバケモノから距離を取り、墜ちてくる衝撃から逃れた。して、アギトは倒れるバケモノの胸元で一度攻撃の手を止め、墜ち行く巨躯の胸元を強く蹴って遥か上空まで飛び上がった。その上空で、アギトは二刀流にしていた刀を片手に収める。そして、振るい、変形させた。そうしてアギトの手に残ったのは節剣とはまた違う両刃の刀。クレイモアだ。巨大な刀身を持ったそれをアギトは逆手に構え、両手で握る。そのまま――落下。

 アギトがそうしたと同時、バケモノは完全に仰向けに倒れた。衝撃が拡散し、離れたアヤナの身までを僅かに揺らした。その一瞬の後、アギトがバケモノの額へと落下した。クレイモアの切っ先がズブリとバケモノ額に沈み込む。アギトの両足がバケモノの頬に着いた後もまだ、クレイモアの刃は沈んだ。脳髄を突き破り、その切っ先は剥き出しのコンクリートの床にまで到達した。僅かにその床を削ってやっと、止まる。

 呼吸を荒くするアギトの眼下で、バケモノは僅かに呻く。その呻き声は鼻面の上に立つアギトでやっと感じ取れる程度のモノで、今の攻撃が深刻なダメージを与えた事を伝えた。

 アギトはアクセスキーを引き抜き、バケモノの頭上から飛びのいた。アクセスキーを振って、柄の状態へと戻して腰にしまい――倒れた。全ての力が抜けてしまったかの如く、前のめりにバタリ。して、動かない。

「アギト!?」

 気付いたアヤナはすぐに駆け寄り、しゃがみ込んでアギトに寄り添った。その隣で巨大なバケモノが紫色に淀んだ光の粒子となって消えていくのだが、それはアヤナの意識には届かなかった。

 アヤナは何度もアギトに呼びかけながらアギトの身体を揺らす。と、暫くして、アギトはやっと動きを見せた。うつ伏せに倒れた状態で首だけ持ち上げ、アヤナの姿を確認したかと思うと、自分の力で仰向けに寝転んだ。そうして見えた全貌はボロ雑巾の様にズタボロで、アヤナは余計にアギトを心配する気持ちを膨らませた。

「アギト! なんでもう! こんなボロボロになって……!!」

「うるせぇ……」搾り出す様に言って、アギトは起き上がる。「畜生。フレギオールめが……。とことん逃げ回りやがって」

 忌々しげに吐き捨てたアギトはアヤナに一瞥くれたのち、ズカズカと歩き出した。時折よろめくその姿は目を当てるも辛い。

「ちょっと! アギト! 無理しちゃダメだってば!」

 アヤナはすぐにその背中を追いかけ、横に並んで彼を見上げて言う。だが、アギトは聞かない。

「フレギオールとの戦いが終わるまでは休息は取れない。行くぞ。疲れてんなら着いてこなくていい」

「何言ってるのよ!? 休息が必要なのはアンタでしょうが!」

「そうでもねぇよ。俺は丈夫なんだっての」

「本当に言う事聞かないわね!」

「お前もな」

 して、アギト達は結局進んだ。建物から出る直前に振り返り、特別製のエラーをアギトがアクセスキーで閉じ、してから建物から出た。




「今度こそ、アジトだな……」

 アギトの言葉に隣のアヤナは頷いた。見上げるは僻遠の彼方にそびえる城だ。西洋風のそれは如何にも過ぎてオバケ屋敷のようにも見えた。山を切り開いて造られた広大な土地一杯に広がる荘厳に建つ城の上には尖塔が建ち並び、鋭利さを感じさせた。

 アギト達は見えてきた光景を受け入れ、走り出した。この頃にはアヤナもアギトの無理に文句をつけないでいた。つけても、無駄だと納得するしかなかったのだ。

「左だ」

 道中、不意にアギトが言い放った。反応してアヤナが左へと首を曲げると、そこから敵が飛び出してきた。敵兵士だ。フレギオール派の一員だろう。アヤナは足を止めて、即座にアクセスキーを出現させる。して、振り斬る。斜め一閃の斬撃。むやみやたらに飛び出してきた敵を一刀両断にした。して、すぐに向きを変えて駆け出し、アギトに追いつく。

「アンタ気配でも読めるの?」

 駆けながら、アヤナは何気なしに問うた。

「なんとなくな。その言い方が正しいかどうかは分からないが」

「ふーん。やっぱアギトってスゴイのね」

「…………、」

 アヤナが至極当然の様に素直に「スゴイ」なんて言った事にアギトは一瞬だが気を取られ、目を見開いた。が、すぐに視線を逸らして前を向く。

「それなりの傭兵だったしな」後付設定を語るかの様な、しどろもどろな言い方でアギトは言った。その誤魔化すような口調にアヤナは首を傾げる。

「照れてる?」

「なんでそうなるんだ」

「ま、いいか」

 暫く駆け、山道を登ると敵の攻撃は何故か減った。その気配からアギトは、フレギオールがアギトをあの場で殺したと思っているのだと気付いた。もしくは、城で迎え撃つ気でもいるのだろうが、アギトに取ってはどちらでも良かった。ただ、フレギオールを倒す。アギトにはそれだけだから。

 巨大な城の門をアギトは斧へと変えたアクセスキーで叩き斬った。身の丈の何倍もの高さと幅を誇る、重厚な扉はその一撃で簡単に吹き飛んだ。

「本当、そのスキル便利よね」

 アギトの手の中で柄へと戻るアクセスキーを興味深そうに見ながら言葉を漏らした。言葉に反応を僅かに見せながら、アギトは門を越えて、城の領域へと足を踏み入れる。

「フレミアの『最高傑作』だからな。偶然俺に回ってきただけで、俺の力じゃないがな」

「ううん。それはないわよ。アギトじゃなきゃそこまで使いこなせてない」

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