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3.永久の名を謳う規律―15


 言い下したフレギオールは杖を振り下ろす。その容易い動作であれ、『出てくるモノ』は、巨大である。フレギオールの背後に鎮座し、渦巻き続けるエラーはその支持に煽られるかの如く、渦巻く勢いを急加速させ、その暗闇の中から――そのバケモノを生み出した。まず出てきたのは右腕、いや、それを右と言うにはアバウト過ぎる。続いて出てきたのもまた、右腕であるからだ。続いて、左腕、右腕、左、左、右、右、左左左左……。鋭利な爪を供えた毛むくじゃらの豪腕。出てきた腕は左右合計で二○本もあった。そして、その全貌を露にする。

 辺りを吹き飛ばす程の獣の雄叫びが轟き、見えてきたのは鋭利な牙。鮫を連想させる恐ろしく大きな牙の羅列である。それに引きずられるように出てきたのは巨大な、恐竜の様な顔。T―REXとでもいうべきか。それは取って付けたかの如く違和感がある。続いて出てきた肢体が人間の様な。獣の様なソレだからだ。全長は一○メートル程もあるだろうか。いや、その倍あってもおかしくはない。建物内の天井に届きそうなそれは見上げればモノの数倍以上に見える。

 フレギオールは背後にそんなバケモノを控えさせながら、満足げに興趣の笑みを浮かべる。して、宣告。

「お前の様な存在は邪魔だ。それ以外の何者でもない。ただ、俺の邪魔。ここで死ぬがいい」

 言葉が終わるよりも前、フレギオールの背後に鎮座していたバケモノはフレギオールの頭上を越えて、アギトへと迫った。その間にフレギオールはそそくさと建物を出て行く。ここはアジトではないようだ。

(くっそ! また逃がすかよ!)

 アギトは進もうと、フレギオールを追おうとするが、その行く手を巨躯からずしりと走る図太い足が止めた。見上げるとアギトを見下ろすおぞましき目。

「くっそ!」

 一○本ある右腕の全てが入り乱れながらアギトを掴もうと降りかかってきた。一瞬、斬り伏せてしまおうかとも思ったが、余りの勢いと数に応酬は難しいと判断した。アギトは身を低くして――疾駆。降り掛かってくる無数の掌、拳の間を縫う様にして避けながら、アギトはバケモノの足の間を抜けて背後へと周った。して、辺りを見渡す。

(建物内。人気はないし監視カメラもなさそうだ……)

 アギトは確認を取って、アクセスキーを振るい、変化させる。相手は初見の巨大なエラーから出現した漆黒の龍にも相等する巨躯を持つバケモノである。力を出さなければ負けてしまう。

 して、アギトの手に握られるアクセスキーは巨大なアクスとなった。

「オォオオオオオオオオオオ!!」

 重量のある――つまりは破壊力のあるそれを両手で構え、アギトは遠心力を使ってバケモノの足首へとそれを叩き込もうとした。だが、それは阻まれる。次は一○本もある左腕が振り向き様に振るわれ、攻撃に集中して防御が無防備となったアギトの矮躯を吹き飛ばした。悲鳴を上げる間もなくアギトは吹き飛び、剥き出しのコンクリートの壁に叩きつけられ、地に落ちた。すぐにアギトは立ち上がるが、バケモノは既にアギトの眼前へと迫っていた。

(素早いな……。斧じゃ隙が大きすぎる)

 転がるようにして目の前のバケモノの股の間を抜け、駆け、確かな距離を取ってアクセスキーを振るう、変化させる。して、次にアクセスキーが見せた姿は漆黒の龍と対峙した時に見せた節剣。アギトはすぐさまそれを振るう。と、刃は節をバラバラにしながら直線的に伸び、バケモノの図太い首元に向かった。だが、それは二○もある腕の一部に弾かれた。

「チィ」

 伸びた剣は節を繋ぎとめるように戻し、アギトの手で元に戻る。

 そこに、降りかかる無数の腕。アクセスキーを盾の形状に変化させ、防御を図るもその無数の痛打には盾も耐え切れはしなかった。徐々に猛攻によって盾は削られ、いずれ――アギトへと到達する。

「ッグア!」

 五月雨の様に降りかかる拳はアギトの身を激しく叩いた。アギトの身体は猛攻に圧され、硬いコンクリートの地面に埋め込まれた。亀裂がアギトを中心にして走る。それはあっという間に蜘蛛の巣状に伸び、壁の足元にまで到達した。アギトの身体を打った轟音が未だ余韻として部屋に反響している。

 ズイ、とバケモノが拳を持ち上げると、そこには鮮血を漏らして、動かないアギトの姿。漆黒のコートはコンクリート片に塗れて汚れている。

 バケモノはアギトの側で屹立し、動かなくなったアギトを見下ろしている。バケモノに思考があるかどうかは別として、バケモノは人が死ぬ事で光の粒子となって消える事を知っているのかもしれない。ただ、アギトが消えるのを待っているかの様だった。

 ――だが、負けるわけにはいかない。

「ッ……、」

 アギトの柄の状態に戻ったアクセスキーを握る腕がピクリと僅かに、跳ねるように動きを見せた。その機微な動きにもバケモノは反応する。して、見逃さない。アギトが起き上がろうとするが――そこに、拳の一つが叩き込まれた。再び、轟音が反響する。持ち上がる拳、その跡に残るアギトの動かない身体。内からこみ上げ、口から漏れる鮮血の量が増えたように感じる。

 事実、今の攻撃でイカレタ電子信号が現実世界で機械に管理されるアギトの体に深刻なダメージを刻んだ。痛みはディヴァイドの限界をとに越え、アギトを殺そうと急き立てる。

 だが、アギトは負けられない。負ければ、フレギオールの様なアクセスキーを悪しき力として扱い、狼藉を働く者がこの電脳世界ディヴァイドを滅ぼすだろう。

「ぐ、あ、」

 アギトはまた立ち上がる。立ち上がろうとする。それを見下し、観察していたバケモノはまた、拳を叩きつけようとする。再び、殺そうと。だが、その拳はアギトに到達する直前で静止した。流石の迫力に意識が朦朧となった中でも辟易したアギトは視線を上げる。と、バケモノの視線がアギトではなく、どこか遠くへと投げられている事に気付いた。視線を辿る様に振り返ると、遥か遠く、この建物の入り口に呆然と立つ――アヤナの姿を見つけた。

「アヤ、ナ……!!」

「何……このバケモノッ!?」

 アヤナは慌てながらも武器を、アクセスキーを出現させ、構えてしまった。それを、バケモノが見逃すわけがない。バケモノは瀕死であるアギトを跨ぎ越えて、アヤナへと猛スピードで向かった。戦闘経験が浅く、本人自体に力が在る訳でもないアヤナには、対抗出来ないのは明瞭だ。アギトがこの様な状態に陥った時点で、それは分かりきった事だろう。

 巨大な鎌を構えたアヤナだが、どうしても動く事は出来ない。向かってくるバケモノに視線を追従させる事で精一杯で、どうする事も出来ない。

 アヤナの表情は恐怖で歪んでいる。支配されている。余りの窮地に言葉を出す事も、涙を流す事も出来なかった。

 バケモノはその巨躯から想像も出来ない速度で疾駆し、あっという間にアヤナの眼前へと到達する。して、無数の腕を振り上げた。

「アヤナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 轟いた。打ち砕ける轟音と、ズブリと何かが沈むような音が『アヤナの眼前で』炸裂した。

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