3.永久の名を謳う規律―14
アヤナは駆けた。駆けて駆けて、ひたすらに駆けた。して、アヤナは到達した。まるで、燃えつくされたかの様な更地へと。見れば、そこに漆黒の龍のあの業火が振り落ちてきたことは一目瞭然だ。辺り一帯が消滅したその光景は、あの漆黒の龍以外にない。大量破壊兵器である爆弾やミサイルは大陸、国にデフォルトで張り巡らされた障壁によって阻まれる。だから当然、この爆弾でも落ちたような更地を生み出せるモノは限られる。この場であれば、殊更にいう事ではないが漆黒の龍以外にない。
アヤナはその手前で立ち止まって辺りを一瞥する。だが、一目見て全体像を把握できる更地だ。そこにアギトの姿がないのは明瞭だった。燃やし尽くされたか、その場をとおに移動したか。
「まったくもう! 心配ばっかりかけて!」
アギトの姿を確認できない事に恐怖ともどかしさを感じながら、アヤナはそれを誰が見ているわけでもないのに怒りで隠した。一応、と辺りを見回しながらアヤナは歩きを再開する。と、暫くした所でアヤナは足元に違和感を覚え、立ち止まり、視線を下ろした。
「なんでココだけ変な……?」
アヤナはしゃがみ込む。して、自身が立つ足元に手を伸ばしてその感触を確かめてみる。と、やはり何故かそこだけが、熱、業火に煽られた形跡がないのだ。まるで、何か障害物でもあったかのようなイメージが浮かび上がる。
それが、アギトへと手がかりになるとは限らない。だが、アヤナの心境は少しだけ光を増した。
立ち上がり、再びアヤナは走り出した。
「チィ、またかよ!」
アギトは手に刀へと変えたアクセスキーを握り、駆けていた。それを阻もうと複数のバケモノ、兵士が襲い掛かってきている。アギトは時折立ち止まりながらそれらをいなし、殺し、先へと進む。攻撃が激しくなった事がフレギオールへと近づいている事を表しているのだ。
また一人、一匹、屠ったところでアギトは振り向き、そのまま後方から襲ってきていたバケモノの一匹を横一閃に切り裂いて葬る。して、また駆け出した。
そのまま暫く進むと、僻遠の先にだが巨大な建物を見つけた。山の上に聳え立つ高級ホテルの様な建物。それがフレギオール派のアジトである事は容易に予想できた。なんせ、浮きだっているからだ。周りの景色は余りにも錆びれ、そこだけが明瞭に浮きだっている。その存在がフレギオールを感じさせない訳がなかった。
(あそこかッ!!)
アギトは気付くと、駆け出す力を増加させた。ずっと秘めている事であるが、何よりも早くフレギオールを倒す事が最善である。
山道を駆け、辺りが木々に囲まれた道を行く。鬱蒼と生い茂る雑草と屹立する木々に姿をくらましながらも敵はアギトを見つけては迫ってきた。それをいなす。が、足を止められることに対してのもどかしさがアギトの心中に生まれ始めていた。
(早くフレギオールを捕まえねぇといけないってのに……。大分邪魔だな。こいつら)
敵の一人を紫色の粒子へと変換し、アギトは次の敵を睨む。飛びかかってきた狼の姿をした影に刃を振るう。葬る事自体に問題はなかった。アギトの実力であれば体力の削られた今であっても対処が追いつかないという事にはならない。だが、時間は経過する。フレギオールの手には既に開いたエラー、そしてこれからエラーを開けるアクセスキーが握られている。そこからはバケモノが次々と生み出され、数には切りがないと理解できる。
嘆息、して、屠る。
終わりのない戦いの中でもアギトはなんとか進んだ。
暫く敵を殺し、進むと、先程までの騒がしさはなんだったのかと疑う程の蕭然たる雰囲気に足を踏み入れる事となった。アギトの眼前には先程僻遠の彼方に見たあの巨大なホテルの様な建物が鎮座している。入り口の上から規則的に、幅広く並ぶ窓からは暁星の如く全ての箇所から光が淡く漏れていた。
アギトは一度その窓が並ぶ壁を見上げた後、硬い鉄製の扉を蹴破って中へと進入した。すると、見えてきたのは一本の廊下だ。白く、近未来的デザインをしたただ一本の廊下。両サイドには扉や脇道はなく、ただ、突き進んだ先に一つの重厚な扉が見えるのみである。
ホテルの様な概観からそこにはエントランスホールでもあるかと思ったが、そうでなかった。だが、アギトは気にせず突き進む。罠等はなく、アギトはあっという間に奥まで辿り着き、扉に手を掛けた。押す――すると、その先の巨大な空間が見えてきた。
体育館。そんなイメージである。巨大ホテルの中身をくり貫いて一つの巨大な空間を作り上げたといわんばかりの巨大なワンルームがそこには広がっていた。そして、その在りえない程に巨大な空間の奥半分をも占める巨大なエラーが渦巻き、その位置に鎮座している事がいやでも目に入り、分かった。
「ッ!」
その余りに巨大な存在に身を震わせながらも、アギトは即座にアクセスキーを柄の状態へと戻し、その先をエラーへと向けて閉じようとした。アギトのアクセスキーの先からレーザーのような何かが飛び出し、エラーへと突き刺さる――が、それは何故か弾かれた。エラーに到達する直前で弾かれたレーザーは直角に弾き飛び、建物内の壁にぶつかって消滅した。
アギトが視線をエラーの足元に落すと、そこには、一つの影が。
「エラーを閉じようなんて馬鹿のする事だ。俺は開く事こそアクセスキーの真意だと思っているぞ」
忌々しい、フレギオールの姿がそこにあった。
「こんな巨大なエラーは初めて見たぜ……」
「そうだろう。アクセスキーの力と、我が配下達の協力でここまで拡大させた特別製だ」
「クソが! エラーは世界を滅ぼすってわからねぇのか!」
満足げに笑むフレギオールにアギトは怒鳴る。
「例え今、エラーの力で狼藉を働いて権力を増そうがな、結局はエラーの力に飲み込まれて身を滅ぼすってんだ。それが分からないような馬鹿がアクセスキーを持つんじゃねぇ!」
吐き出したアギトはアクセスキーを振るい、刀へと変える。その先でフレギオールはただ、アギトを見下すような視線を送っていた。
そして、ふと、興趣の笑みを浮かべて嘲る様に、また、語るように吐き出す。
「愚か者めが! フレミアが俺にアクセスキーを渡した理由などただ一つ。エラーを開くためだ。当然フレミアはそうは言いはしなかったがな。むしろ逆だ。だが、フレミアの言う話が真実だという通りはない。これは、アクセスキーは、……神に等しくなった俺の力なのだ! エラーというこのディヴァイドの許容範囲外の力を作り、世界を一つに纏める。それが『救い』! エラーを閉じずとも俺は世界に静謐さをもたらす事が出来るのだ!」
長広舌を終えたフレギオールはその手に握るアクセスキーの先をアギトへと向けて、
「貴様の様な一匹狼で馬鹿な人間には元を断つ以外の方法が見えないのだろう。俺の様な上に立つ人間は『利用』する事をまず考え、利益を得る」
言って、フレギオールは不気味な笑みを口元に貼り付けた。




