3.永久の名を謳う規律―11
「チッ、やっぱりエラーを開けるってか!」
アギトの警戒は寄り一層強まった。勇往邁進する気こそあれど、いざ、エラーを眼前にすると手ごわく思えた。よしんば、どうにかりはすれど、その過程は相等酷なモノになるだろう。眉を潜めて怪訝に表情を歪めたアギトの鼻梁を一筋の汗の跡が流れる。
「何を、アクセスキーはエラーを閉じ、開くモノだろう?」
得意げに、フレギオールは吐いて、杖を、アクセスキーを振るった。すると、エラーの回転は急に勢いを増し、そして、その中から、バケモノが姿を現した。
――予想通りだ。ある意味祥瑞だったかもしれない。だが、エラーから殺人兵器が出てきた事になんら変わりはない。もしかすると一生懸案となるかもしれないソレは、バケモノを吐き出した後、フレギオールのアクセスキーの一振りにて空間に収縮するかの如く消滅した。
地を削り、着地したバケモノはエラーから飛び出した瞬間に急に巨大化し、アギトよりも数センチ大きな肢体を得て立ち上がった。まるでアギトの姿の様な、漆黒の姿をした、漆黒の鎧を身に纏った西洋騎士だった。甲冑の隙間から覗く瞳はギンと深い赤に淀み、アギト達を蔑んでいる。
「…………、」
バケモノはただ、無言のまま、威圧感を放出してアギト達に一歩踏み寄った。
「楽しめよ。出来るのであればな」
その背後でフレギオールは挨拶だといわんばかりに吐き出して、嘲笑い、振り返って立ち去っていった。
「クソッ! からかいにきただけってかよ!」
アギトはすぐさま駆け出した。アギトが蹴った地は穿たれ、乱数と緻密な演算処理によって砂塵を舞い上がらせる。
だが、そんなアギトを越えて、白い影が閃光の様にバケモノへと突っ込んだ。アヤナだ。アヤナは巨大な鎌を構えて、振りかざし、アギトのすぐ眼前でアヤナと、バケモノが衝突した。アヤナの鎌、バケモノの翳すレイピアの様な細身刃を持ったの剣がぶつかり合い、火花を散らした。互いが互いを押し合い、殺そうとする中で、アヤナは振り返りもせずに、
「アイツを追いなさい! 早く終わらせないと皆が持たない!」
何より事を早く終わらせるのが、今回のベストである。殊更語るべき事ではないが、急がなければ失敗に終わる。終わってしまう。
アギトの足は僅かの間だけだが止まった。アヤナは一人で大丈夫なのか。追って、追ったところで自身はやり遂げられるのだろうか。漆黒の龍が出てきたとして、一人で退治できるのだろうか。様々な懸案、問題がアギトの脳を一瞬で過ぎった。
そんな、長くも短い時間でアギトは思案に決着をつける。――チッ、と、口内で舌打ちし、
「死ぬなよ」
駆け出し、アヤナの横を通り過ぎるその瞬間、小さくそう呟いてフレギオールの背中を全力で追った。
ギン、と鈍い音が弾けてアヤナとバケモノの距離は離れた。振りかざした軌跡をなぞる様にして閃光が散る。
アギトの姿が地平線を越えてその先に消えたのを確認したアヤナは、眼前のバケモノの様子を伺いながらも、口角を僅かに吊り上げて笑んだ。
「……、一応心配してくれてるんだ」
「フレギオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオルッ!!」
暫く駆けると、その姿は見えてきた。アギトの二○メートル程先、そこに袴の後姿が見えてきた。アギトの雄叫びに気付いたのか、フレギオールは非常にゆったりとした、余裕のある動きで振り返り、アギトを迎えた。と、同時、寂れた道の脇から無数の兵士達が飛び出してき、フレギオールの身を固めるようにしてそれぞれ剣を構えた。フレギオール派の僕達だろう。
無数の下僕の奥に泰然と立つフレギオールの姿が見える。
アギトはアクセスキーを下段に構え、その群れの中へと突っ込む。
今、とにかく今すぐに、決着を付けられれば、それが最善である。少なくとも、漆黒の龍が出現するよりも前に決着を付けたいとアギトは、いや、アルゴズム派の人間はそう願う。
アギトが進むと、連中はあっという間に剣を振りかざして、上から、右から、左から、正面から、アギトへと飛びかかってきた。だが、アギトも身を引く気はない。
「無駄だッ!!」
アギトは刀の形を取ったアクセスキーを縦横無尽に振るい、空間を埋め尽くす程の閃光を描く。すると、アギトに襲いかかって来た無数の影はそれに切り裂かれ、アギトの視界を奪うかの様に紫色の光の粒子として宙へ溶けて消え去った。その間数秒もない。あっという間の出来事にはフレギオールでさえ関心する他なかった。
「ほう」して、嘆息。アギトの強さに素直に関心していたのだ。
「黒いの、お前は確か傭兵上がりだとかな?」
「だから何だってんだ!」
数メートルの距離を保ったまま、会話でも交わそうとしたのかフレギオールは問う。だが、アギトはその言葉に引き寄せられるかの如く走り出した。時間はない。早急に終わらせてやる、と。
かくして、――衝突。フレギオールの杖と、アギトの刀。二つのアクセスキーが衝突し、空間がパラボリックに弾け飛んだ。辺りの寂れた木々、建物が余りの衝撃に揺れて僅かに崩れた。
「血気盛んだな」
「さっさと済ませないとこっちの身が危ういんでな」
弾力。弾きあい、互いは大きく後ろに飛んで距離を取った。が、アギトは着地と同時に地を蹴って駆け出した。杖を振り、エラーを出現されるのを恐れているのだ。
対するフレギオールはアギトの事を愉快そうに見ながら、笑みながら、杖状のアクセスキーをあたかも剣の様に振るってアギトのワザに対抗した。
(こいつ……。中々剣技も出来るのかよ!)
アギトは元傭兵であり、言ってしまえば人を殺す事になれている。そして、この世界はディヴァイド。剣を主体とした兵器がぶつかり合う世界だ。その世界で傭兵として活躍していアギトの剣技はそれなりのモノである。それも、大陸最強と呼ばれる程の、ソレだ。エルドラド大陸は広大だ。そこら中に傭兵がいる。そんな中での最強。――だが、フレギオールはそれに機敏に対応していた。杖を振り、アギトの攻撃を跳ね除ける。基本的にそれは受けの姿勢で、アギトの隙を待っているかの様に見えた。フレギオールの攻撃手段はエラーを開き、バケモノを出現させる事と、アクセスキーのスキルである『魔法』だ。それを打ち込む瞬間でも狙っているのだろう。
だが、させるか、とアギトは攻撃の手を緩めなかった。エラーを――正確には漆黒の龍を――出現させないために、自身の隙を作らないように気を締め、フレギオールの余裕を持たせないために動き回っていた。当然、それだけでなく殺すために攻撃をしている。し続けている。だが、どうしてか上手くいかない。
「チッ!」
「どうした? エルドラド最強も名だけだな」
「吐き出してろ!」
アギトは一瞬だけ、大きく一歩身を引いた。それと同時に刀を握る両手に力を込める。ディヴァイドの設定限界をも超えてしまいそうな、ありったけの力を。そして――、
「オォオオオオラッ!!」
全力を込めた一撃を、叩き下ろす。防御されても、押し切るといわんばかりの一撃であった。




