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2.向き合う世界―1

 すると、アギトは静かにその右手を持ち上げ、本来刃がある筈の柄を穴へと向ける。刃があれば、丁度その刃を空間に空いた穴に突き刺す形だ。そのままアギトは暫く静止する。

 ――と、数秒の後、突如として、穴が、消滅した。空間にポッカリと空いた穴が渦へと変わり、静まって静寂な水面へと変わるかの如く、僅かな擦りきる様な音と共に、消えた。すると、そこには何もなかったかの如く、質素な控え室の景色だけが広がる。まるで、最初から穴なんてなかったかの如く。

 そして再び無音という静寂が部屋を支配する。耳鳴りがしてきそうな静寂の中で、アギトは柄を腰のベルトに静かに戻した。そして、

「これで、いいのか?」

 誰かに問い掛けるように吐き出して、アギトは控え室を後にする。扉が閉まる音が控え室に響くが、特別な変化は何も起こらない。が、今のアギトの吐き出した問いに答えるかの様に、部屋の隅で僅かに土埃が舞って――。

 静かに、真っ白な、少女の影が、部屋の中心で、コクリと、頷いた。




   1




 アギトはその日も依頼を受け、戦場へと出ていた。黒光りするその容姿に良く似合った長く、重厚な剣を翳し、戦線で大暴れしていた。

 この世界の剣には、それぞれ特殊な能力『スキル』が埋め込まれている。それはその剣の使用者に超能力の様な特別な力を与え、戦闘を補助する役割を持つ。

 今、アギトが翳している黒光りする剣のスキルは耐久と呼ばれる、剣同士の打ち合いでは絶対に折れない、劣化しない、というスキルだ。特別強そうなスキルではないと思われがちだが、このスキルは確かな実力を持つアギトには十分過ぎる程に使えるスキルなのだ。剣が折れないという事は、予期せぬミスを一つ減らす、という事にもなる。単純な、補助であるのだ。

 そんなアギトが数々の敵国所属の傭兵、兵士を切り伏せながら草原を駆け抜け、相手の数を減らそうと廃墟に突入して、隠れた敵までをも切り殺しているその時に、事は動いた。

 元が城を模した形でもしていたのか、そんな三階建ての鋭利な形をした廃墟の階段でまた一人、敵を切り伏せたアギト。黒の軌道が描かれ、目前で斬られた敵の姿が空気中に溶ける様に細かな光の粒子となって消え去る。この敵がこの廃墟ないで最後なのか、物音は消えた。が、まだいるかもしれない、とアギトは階段を特別急ぐ事もなく歩いて上り、最上階の部屋へと飛び込んだ。木製の扉を蹴破り、文字通り破壊した扉を越えて部屋へと飛び込んだアギトはそこで、――見てはいけない影と対峙してしまった。

 その影は、光と比喩しても違和感がない程に真っ白だった。

 その影は、少女を形取っていた。

 その影は、『死んだはずの少女』の形を取っていた。

 戦時中だから、ではない。アギトは戦うことに慣れていたし、確かな力を所持していて、一般兵相手に死なないという覚悟を持って戦っているため、恐怖に慄く事はない。だが、アギトは驚愕し、恐れていた。

 白い少女の影の、ウェーブの掛かった長髪が全く吹いていない風に揺られて綿の様な柔らかさをアギトに伝えてくる。

「なっ……、」

 アギトの手、足は止まり、ただ、絶句した。いないはずの、いてはいけないはずの女の子を目の当たりにしたからだ。

 彼女の名は『フレミア』。年齢は成長限界の二三。見た目は完全に中学生程の少女。恐らく、彼女の名前、容姿を知らない人間はいない。と、いうのも、彼女はある種の有名人だからだ。

 ――このディヴァイドという永遠の世界で、初めて死んだ人間。それが、彼女フレミアだからだ。

 彼女の一件はディヴァイド中に長い期間をかけて報道され、物議を醸し出したのだ。ディヴァイドを管理する元老院でもその原因はわからず、彼女の死から三年過ぎた今でも、その原因を究明するために世界中の学者が動き、元老院も走り回っている程だ。

 だから当然、見間違いではないのだ。

 呆然として、気付かぬ間に黒塗りの剣の切っ先を下ろしていたアギトの目前に揺れる光のカーテンの様に佇む彼女は、間違いなくフレミアだ。それ以外の何者でもない。身に纏う白いローブはオーロラの様に常時揺らめいていて、無風である廃墟の室内では異様さを演出している。

 この電脳世界ディヴァイドでは、幽霊なんて存在は絶対に有り得ない。ウォシャウスキー兄弟の作品、マトリックスの世界の様な、住人が意識だけが世界にあるのだと認識していない状態なら可能性はあるかもしれない。実際にあの世界はイレギュラーとして存在を認めている。だが、ディヴァイドでは有り得ないのだ。いや、目の前の存在を持って言えば、かもしれない。であるが。

「フレミア……」

 気付けば、心中で、口の中だけで唱えるように巡らせていた言葉が口の隙間から漏れるようにして外へと吐き出された。アギト自身も驚いてしまう程に自然に、であり、その言葉にフレミアが首肯するように頷いた事でアギトは更に驚かされる。

 そして、フレミアの小さな口から、まさか、言葉が吐露されたのだ。

「私は、死んでない」

 そんなディヴァイド中を揺るがす発現に、アギトは驚きを通り越して冷静に「そんなまさか」なんて思考を抱いて返していた。

「何言ってるんだ? 俺だけじゃなく、フレミアの死は世界中で知られている事実だ」

 ふと冷静になったアギトが冷静な、普段と大して変わらぬ口調で吐き出す様に言った。廃墟であり、剥き出しのコンクリートで構成されるこの部屋には、いくら扉がないとは言えど二人の声は反響していた。

「じゃあ、今、アナタの目の前にいる私は誰?」

 そんな、確信を付くようなフレミアの言葉にアギトは返す言葉を失って、押し黙ることを余儀なくされた。崖っぷちに立たされているような、焦燥感と羞恥心が混ざった奇妙で居心地の悪い感情がアギトの心中で微かに揺れた。

 

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