3.永久の名を謳う規律―6
脅す様な、冷酷な口調、声色にゲンゾウは遂にアギトの眼前で身を震わした。一瞬の事だが、アギトにも、アヤナにも、それは見て取れたのだ。
が、アギトはそんな表情すら受け取らない。ただ、コロロギ村の人間の事を『アギトなりに』思い、それを、心中を、吐露する。吐き出す。
「どうするよ?」
ただ、その一言だけ、問うた。
しかし、プライドの塊であるゲンゾウにはその意味を理解できない。呆然とアギトを見上げ、
「な、何が……。どういう意味だ……?」
だが、
「……俺は、言えば、お前の立場だ」
アギトは冷酷無慈悲である。いや、この状態、慈悲はあるのかもしれない。問うているのだ、チャンスを与えているのだ。応えろ、さもなければ首を斬って落すぞ、という脅しも含めて。
アギトが言いたいのは、危機にある立場であるコロロギ村の住民と今の、命の危機に晒されるゲンゾウの立場は同じであり、コロロギ村の住民を匿えるレジスタンスと、ゲンゾウの命をいつでも奪えるアギトの立場は同じだという事。
さて、どうするか。アギトは見下す。恐怖とプライドを抱え、震えるゲンゾウを。
「……。応えろ」
「アギト! やめて!」
背後から、アヤナの叫び声が聞こえる。が、アギトの耳にその声は依然と度々気はしない。
恐ろしい程の静寂が、部屋を支配した。
いくら見下していても、ゲンゾウに応える気配はない。応える事に億劫になっているのではない。ただ、アギトの指し示す言葉の意味を本当に理解していない、ちう意思の表れである、沈黙だ。
眼下にそのゲンゾウの姿を置くアギトはそれを理解している。
――クズが。
その言葉を口内で飲み込み、アギトは、刀となったアクセスキーを一度、振り上げる。それは、振り下ろせば、殺せる、という合図だ。
アギトは今、この瞬間では、殺しても、その全員がディヴァイドのシステムによって蘇ると『思い込んでいる』。だが、レジスタンスのお偉方が紫色の粒子となって消えていくという、異常な光景を見てきたアヤナ、ゲンゾウはそうは思っていない。
アクセスキーに殺されると、何か違った事が起きてしまう。そう、察している。アギトが先の光景に気付いていれば、何よりも早く、その異常についての究明が出来たのだが、アギトは気付いていない。
アギトの眼光がゲンゾウを射殺す。
短い悲鳴が、部屋に微かに響く。だが、アギトは捉えない。
「死にはしないだろうが、同じ気持ちを味わってみやがれ」
吐き捨てる様に言って、アギトはアクセスキーを、ゲンゾウの首下を的確に狙って――振り下ろした。
「アギト!」
「アギトさんッ!!」
が、その手は聞き慣れはせずとも、最近聞いたばかりの耳に残る声で止められた。アヤナの側から聞こえて来た声に、アギトはアクセスキーを一度引き、眼前で怯えるゲンゾウの処遇を一時保留として、静かに振り返り、その姿を確認する。
そこには、アヤナから一歩前に出たそこには、涙目で、視線で必死に訴える――ミライの姿がそこにあった。
ミライはその矮躯をちょこまかと、必死に動かし、走ってアギトの下まで、いや、ゲンゾウの下まで駆け寄って、ゲンゾウに寄りそう。
「大丈夫……!? お父さん!!」
ミライのその声は、小さすぎるその声は、どうしてか、部屋に良く響き渡った。
「え、はえ!? お父さん!?」
「……お父さんだと……?」
その言葉にはアヤナ、そしてアギトまでもが驚きを隠せなかった。
ゲンゾウは、ミライの父親。
電脳世界ディヴァイドで、子どもを作った場合。受精した際のデータが処理され、現実で機械が『その通りに実行する』。そのため、この世界でも親子という関係は存在する。
だが、重要なのはそこではない。
(ミライみたいな子の父親が……こんなクソッタレだと……!?)
アギトの思う、それだ。
アギト達はミライに恩を感じているくらいだ。宿を教えてもらい、状勢を教えてもらい、レジスタンスの存在を知らされた。その程度かもしれないが、アギトはそこにミライの親切さを感じ取っていた。だが、言うまでもなく、ゲンゾウにそれはない。むしろ敵対の位置にあると言っても過言ではなく、今や私怨までもがある。
今の内、とアヤナがアギトの側まで駆け寄ってきて、いつでも抑えられる様に位置取るが、それは無駄となった。アギトは今、ただ、呆然としていた。引いている、その表現が良く合っていた。
「オイ……。ミライ、その糞野郎がお前の父親だと……?」
アギトの口から、自然と心中で渦巻く疑問が漏れていた。
その問いに、ミライは涙を流す、か弱すぎる、その瞳でアギトを見上げて小さく首肯。
だが、そこにまた疑問が浮かんだ。
(まてよ、ゲンゾウはどう見ても初期メンバーだ。だとしたら、……ミライの年齢がおかしい……)
ゲンゾウが初期メンバーなのは、一目瞭然だ。どうみても、性欲はとうに消え去っている年齢といっても過言ではない。仮に、ゲンゾウが若い頃作った子どもが、ミライだとしても、計算は合わない。ミライの姿はどう見てもディヴァイドの成長限界である二三ではない。
「オイ、どうなってる?」
不満げに、また、苛立ちを吐き捨てる様にアギトが呟くと、ミライがそれを察して答えを吐いてくれた。
「あの、私は……、その、本当の、子どもではなくて……、レジスタンスに、拾われて、」
しどろもどろに話すミライの言葉はどうにも纏まらない。そして、やっと自我を取り戻したか、ミライの言葉を補足する様にして、ゲンゾウが口を開いた。
「……、私が、先の侵略にて両親を失ったミライの親の代わりを請け負っている」
更新が暫くの間止まります。詳しくは私(作者)のマイページの活動報告にて。




