3.永久の名を謳う規律―3
言い切る。クロムのためでも、ミライのためでもない。戦わなければ、この世界が滅んでしまうかもしれない。そんな恐ろしい、触れたくもない渦中にアギトはいるのだ。それでも、その中でも、アギトは救える者は救おうとしたのだ。
全ての事情は知らないが、それでもクロムはアギトのその微笑みに人間らしい暖かさを感じ取っていたのだった。
かくして、挨拶を交わしたアギト達はクロム達に心配を残しつつ、その場を去った。
(ま、レジスタンスのあの堅物共も流石に生存者には優しいだろうよ)
アギト達は廃墟を出て、自然な動作で空を見上げた。国の情勢とは裏腹に青く澄み渡る空。雲一つ見えない空。そこに、あの漆黒の龍の姿は見えない。今はどこか遠くにいるのだろう。恐らくは漆黒の龍はフレギオール派のバケモノであろう。ベータの西部へと飛び去り、フレギオール派の手中に大人しく戻っているのかもしれない。
そして、そこにはエラーの影もない。今のところ、であるが、それはアギト達に僅かながらの安心を与えていた。
寂れた町の跡を歩きながらアギトとアヤナは会話を交わす。
「あの龍、どうすれば倒せるか。それに、障壁をどうするか……だな、今のところは」
「うん、そうよね。生存者云々はレジスタンスに任せて、アタシ達は本当、こっちの問題に集中しないと、……アタシ達が、もし、死んじゃったら、それこそ全てが終わりなんだから」
「つっても、レジスタンスの連中が非難勧告ださねぇから今回みたいな事になったんだがな」
「そうだけど……」
「ま、言う事は分かる。とにかく、可能性を思案しねぇとな……」
そうして、これからの事をあれやこれやと喋りながら二人がベータ西部へと向かっていると、障壁が遠目に見えてきた。先程コロロギ村をも飲み込んでしまった障壁は、俄然とその場で揺らめいている。
と、その時だった。
「アギト! あれ!」
アヤナが不意に声を上げ、北西の方を指差した。釣られてアギトもそちらへと視線を投げる。
アギト達の視線の先、オーロラの様に揺らめき続ける緑色のカーテン障壁が、その領地を、増やした瞬間だった。
「ッ!! もしかして、今、あそこにバケモノとエラーが?」
「多分。行きましょ!」
して、二人は走り出した。と、その道中で走りながら、アギトがふと思い出してアヤナに問い掛ける。
「そう言えば、だけどよ」
「何よ?」
アヤナのクリクリした目がアギトを見上げる。
「お前のそのアクセスキー。スキルは何なんだ?」
この世界では剣、剣技こそが力である。そのための進化を長い時間を掛けて定着させているのだ。それが、剣に付加するスキルである。それは、アギトがアクセスキーを手に入れる前に使っていた剣の『打ち合いでは絶対に折れない』という地味なスキルから、剣に炎や稲妻を纏う等の見た目派手なモノなど、様々なモノが存在する。今現在、この電脳世界ディヴァイドに存在する剣の全ては、必ずスキルを持っている。
アクセスキーが剣だと言い切る事はできないが、そこにスキルの存在を疑うのは当然だ。
アヤナはアギトの突然の問いに「あぁ」と数回頷いて、
「アタシのアクセスキーのスキルはコレだよ」
言って、走りながら、突如としてその小さな右手に巨大な鎌、アクセスキーを出現させてみる。肩に担ぎ、これこれ、と示す。
アヤナの小さな身体に担がれる鎌に視線をやり、眉を潜めてアギトは再度問う。
「これって……。しまう場所に困らない……って事か?」
「違うわよ!」
プンスカ、とアヤナ。
「そうじゃなくて、何処にでもアクセスキーを出現させられるって事! ついでに言えば、呼び出す事も出来るわ。手元になくても、いつでも出せるって事」
ムキー、と喚くように言うアヤナに腰に柄状のアクセスキーをぶら下げるアギトは程よく納得して見せた。
そうこうしている内に、アギト達はたった今、障壁に侵食されたばかりの町の前まで辿り着いた。透き通る障壁からその先の光景を見るが、やはり、
「くっそ。また、あの龍か」
見える光景は地獄絵図である。業火渦巻き、全てが燃えがる目も当てれない光景だ。上空を探しても漆黒の龍の影はないが、エラーの存在が確認できない事と、見たばかりの光景がデジャブの様に襲ってくる事から、この惨劇もあの漆黒の龍が引き起こしたモノだとすぐに理解できた。
「アギト……。今すごいマズイ事になってるわよね」
「あぁ、」忌々しげに吐き捨てて、「このままじゃ、本気でまずい。寄りによってエラーを道具として使うなんてバカな事してる連中が相手だからな……。何か行動を起こさないと……」
言って、アギトは障壁を見上げる。ただ見るだけなら、オーロラそのままであり、綺麗だ、なんて言葉が出てくるのだが、今はただ、邪魔でしかない。その、障壁。
――見て、
「そうだ!」
アギトはやっと思いつく事が出来た。
「何!? 何か思いついたの!?」
何もできないもどかしさから解放される事にアヤナは大きな期待を抱いた。今までずっと救えない事に対しての悔しさで自身を責め苛んでいたくらいだ。一歩は、進歩と代わる。
気分の軽くなった、表情の明るくなったアヤナに、アギトは視線をやる。その表情張り付くはアヤナのそれと似た様な、明るいモノだった。
そして、アギトは言う。
「なんで今まで思いつかなかったんだろうな」
「何よ、もったいぶらないで早く言いなさいよー」
「こっちも障壁張りゃ良いんだって事。障壁と障壁をぶつけて、打ち消す」
「あ、なる程ね」
言われてアヤナも気付いたのか、手を叩いて「納得」なんて軽い言葉で閉めた。
障壁と障壁がぶつかるとその領地を奪い合うために戦争を起こすという選択が出来る様になっているのだ。互いに進入できないままでは、先に障壁を張ったモノが永久に独裁国家を気付く事が出来てしまうための救済システムである。この方法であれば、アギト達部外者であっても、戦いに参加でき、障壁を越える事が出来る。
「でも、障壁を張るには……」
アヤナは表情を曇らせる。当然だ。障壁を張るにはそれなりの『権力』が必要になる。理論上必ずしもではないが、人員も必要になる。フレギオール派の様な巨大な宗教団体ならそれも可能だろう。だが、アギト、アヤナの二人だけではどうしようもない。
だから、しかたなく、
「そうさな、レジスタンスの連中が、やる気になってくれりゃ、一番楽に事が運ぶんだがな」
言うが、アギトはレジスタンスリーダー格のゲンゾウにアレだけの暴言を吐いて。互いに敵対しているも同然。上手くいく未来は見えてこない。
「まぁでも、提案として企画を提出って形で一応、持ちかけてみようよ! レジスタンスも現状に対処したいだろうし、きっと聞いてくれるって!」
「だといいがな」
アギトの機嫌が機微な反応で負の方へと向かうのを阻止するように、アヤナは合えて調子を抑揚させずに無駄に明るく言ってアギトを励ましたが、アギトは不満げに口を尖らせたままだった。ゲンゾウとの一件、アギトの辛抱のなさも確かに悪かったであろうが、ゲンゾウのあの態度にも問題はあった。単純に、二人は性格が合わないのであろう。アギトはきっと今、脳裏にゲンゾウのあの忌々しい表情を思い出して苛立っているのだろう。




