2.向き合う世界
2.向き合う世界
電脳世界ディヴァイドでは、存在はイコールで結ばれて永遠だ。物理エンジンも確かに存在するが、壊れたデータも現実の操作で元に戻す事が出来る。
人類の年齢は一部を除いて一定で成長を止められ、固定される。一部――と、いうのは、いや、これはまだ。
そんな永遠が約束された世界が、揺るがされる事件が起きた。ディヴァイドの全世界で、この件は放送され、知れ渡った。
――『一人の少女が、死んだ』という事実。
その事実はディヴァイド全土を揺るがしたのは言うまでもない。これほどまでに大きな事件であるにも関わらず、このディヴァイドを支配する元老院達はこの件に対して報道規制を掛けなかった。これは世界の問題だ、そうとでも言いたげに。
各国で暴動が起き、その流れで一部では戦争まで起きていた。行き過ぎた科学による『近距離武器のみの殺し合い』だ。
そんな戦争でも、永遠を謳う世界ディヴァイドでは死人はでない。数は減れど、結果が出れば現実から修復され、元の戻される。それが、この世界の戦争のルールなのだ。そんな戦争は『ゲーム』と勘違いされる場合も当然ある。そして、ゲーム、娯楽だと思って参加する者達も当然でてくる。それが、傭兵だ。
傭兵は戦い、そして、自身の力を糧として売りにだし、生活する。そうなると当然、傭兵達は自身の腕を磨く事に専念する。近距離武器が主流となった今の戦争では数、個人能力が力となる。だから当然、普段から力を磨く傭兵は戦争には重宝されるのだ。
そして、今日もまた一人、戦争に呼ばれる一人の傭兵がいた。
――アギト、人は彼の事をそう呼ぶ。長い時間を掛けて、その名は彼に定着していた。
人類の成長限界に設定された二三歳の彼は、このディヴァイドに生まれてからかれこれ一○○年以上は生きている。そして、その九割を傭兵としての生活、訓練に費やしていた。そのためなのか、それとも彼の才能なのかは本人でさえも知りえない。だが、彼は『大陸最強』そう比喩される事にまでなっていたのだ。
傭兵のためにあるのかどうか定かではない、土作りの質素な控え室に三人の影がある。内二つの壁際に添えられるベンチに腰掛ける二人の男性の姿はさながら人生に疲れを感じて止まない仕事終わりの土方の老人に見える。事実、彼らの容姿は老人だ。ディヴァイドにその意識を預ける事となった『人類電子化計画』の時点で老人に近い歳、もしくは容姿だった初期メンバーなのだろう。おそらく彼等はその初期、ディヴァイドが出来て暫くの時点で傭兵になったがため、傭兵以外の仕事が出来ず、生きるために惰性で傭兵を続けているのだろう。疲れの表れから、そう感じ取れる。
そして、その二人とは離れた位置でただ腕を組み、俯いて壁に背を預けている影が――アギトだった。
疲れ切った様子の二人とは対照的に、アギトの漆黒の瞳からは『これから仕事』といった感じのやる気や闘争心に似たプラスの何かが見て取れる。
一八○センチ弱の身長に足元まであるタイトな様でゆとりがある赤に近い黒のロングコート。そして、同色のブーツにグローブ。コートの腰には白い皮のベルトが回されており、腰の右に位置する場所に、何故か刃のない機械的デザインで眩いばかりの真っ白な柄が掛けられている。
顔は小さい方で、整っている方。ミディエアムヘアーの漆黒の髪にその隙間から覗く切れ長の漆黒の瞳。目は大きく、瞳は若干小さい。その若干人間離れした様な容姿は相手に威圧感を与えるという意味では傭兵として最高の容姿だった。
疲れ切った老人二人は時折チラリと視線を上げてアギトを見るが、アギトが見返したわけでもないのに自制して視線を落す。そして、何かを誤魔化す様に雑談を交わす。今日の戦いはどうだ、とか、戦況はどうでどの国が良いか、とか、そんな、傭兵ならではでありつつ、日常的な話し。アギトが一人孤高孤立の状態でいるがため、彼等の会話が止まると控え室は居心地の悪い静寂に包まれるため、この談笑とは呼びきれない雑談は場の雰囲気を――これでも――良くしていた。
が、老人二人はそんな中でも、――何か仕掛けられたかの如く――アギトに辟易していた。勿論、アギトがイチャモンつけて二人に食って掛かったり脅したりした訳ではない。それどころか、一瞥くれてすらいない。ただ、俯いて、黙りこくっているだけだ。だが、それでも、だった。
戦闘上にいるような、張詰めた、嫌な汗が全身から噴出してきそうな圧死して可笑しくない雰囲気が部屋に重圧として存在し続けている。そんな空気に耐えられなくなったのか、仕事後の余韻を浸るというちょっとした悦でさえ諦めて、老人傭兵二人はアギトの横を抜けて控え室からそそくさと抜け出していった。
そのため、控え室には静寂とアギトの動かない影だけが残る。
隙間風がアギトのロングコートの裾を僅かに揺らす。影が揺れ、僅かな動きが部屋に余韻として響く。
氷の中に閉じ込められているかの様な、そんな静寂。それを打ち破るのはアギトの他にいない。
「……、どうなってやがる」
呟く様な静かな言葉がアギトの薄い唇の間から吐息と共に漏れ出す。直後、世界にフェードインする様にアギトは俯き気味だった表情を上げる――と、そこには、ポッカリと穴が開いていた。
それは、壁に穴を開けたモノではない。空間に、部屋の丁度中央、アギトの目の前に、穴が開いていたのだ。正確に言えば浮いている、なのかもしれない、とアギトはなんとなく思う。
「もう一つのディヴァイド、か」
そんな理解不能な言葉を空気中に溶かして、アギトは壁に寄りかかっていた背を浮かせ、自立する。そして、空間を切り取ったかの様な、直径三○センチ程の穴と向き合う。中を覗くも、穴は黒塗りされたかの様に先の光景を見せない。見せなかった。
そう、これはただの穴ではない。いくらこの世界ディヴァイドが電脳世界だとしても、これはただの穴ではないと言い切れる。――それを、アギトは知っている。
数々の修羅場や危機を乗り切ってきたアギトが珍しく緊張の生唾を飲み込み、一息置いて腰の右側に吊り下げている『柄』を右手に取り出した。