3.永久の名を謳う規律
3.永久の名を謳う規律
ベータ中心より東に僅かに進んだ一帯。そこに、境界線があった。まるで自分勝手な線を引いて自分の土地だと謳うガキ大将の様なソレは、分厚い壁となってアギト達の目前に迫っていた。
――システムの障壁。
電脳世界ディヴァイドはただ、現実を理想に近づけただけの世界ではない。電脳世界なりのシステムという『力』があるのだ。その内の一つが、今現在アギト達の目前に迫る障壁だ。地中から生える緑色のオーロラの様なその障壁は、設定された人物、物体以外を決して通す事のない絶対的な壁である。絶対的も絶対的である、が、代わりに設置する場所に制限がある。
自身の土地である事。それが障壁を設置できる場所となる。その土地は周囲にまで認知させる事で、形としては見えぬシステム上にまでそれを認識させるのだ。そうする事でやっと障壁を設置できる。これがまた厄介であり、障壁を設置するには相等な時間を必要としてしまう。
だが、今回フレギオール派はエラーという異端の力を使い、それを容易く設定してみせたのだ。
「なる程な、住民をエラーの力による『死』で一気にひれ伏せさせて、障壁を一気に展開。それを続けてドンドン障壁を拡大ってか。思ったより厄介だな、フレギオール派」
アギトは風に靡くように不気味に揺らめく障壁を見上げながら忌々しげに吐き出す。当然、アギトもアヤナも障壁を通る権利を持っていない。入ろうとしたところで障壁に設定されたシステムに弾かれ、その場で地団駄を踏む事になるだけである。
「障壁なんて初めてみたわ……思いのほか綺麗ね」
「まぁ見た目こそ言いわな」
ここまでの道中で二人の間にあった――レジスタンスのアジトでの一件による――わだかまりは消えていた。二人はとにかく目の前の障壁をどうするかと頭を抱えていた。
障壁を通るにはシステムに認識させるか、障壁が張られている土地の所有権を奪還する他ない。
だが、ベータに居住を構えてすらいないアギトがその土地を所有する人脈や戦略を持ちえている訳がない。
「どうすっかな」
「うーん」
暫くの思案。そして数十秒の後、アギトが声を上げる。
「作戦の位置をズラそう。まさかここまで広がってるとミライも知らなかったんだろう。次に襲われるだろう町で待機して、フレギオール派を倒すか」
「そうだね。それしかないわよね」
かくして、アギトとアヤナは目の前の障壁を一旦保留とし、移動した。
歩きでの移動で数分を要してアギト達はとある町へと到着していた。
障壁をなぞるように移動して付いた先は、まだ人影が僅かに残るベータの田舎町のコロロギ村。山中にあるコロロギ村はディヴァイドの中でも特別田舎である。その景色はさながら昭和の景色であった。
「まだ住民がいる。レジスタンスはこいつらに非難命令でも出さないのか?」
村を歩きながらアギトは周りを一瞥しながら吐き出す。
「そうよね、レジスタンスだって障壁の事もフレギオール派の事も知ってるんだから、それくらいしても可笑しくはないはずなのに」
隣を歩くアヤナは僅かに頷きながら、溜息の様に吐き出す。
黒いロングコートと白いローブを纏う二人がコロロギ村を歩いているのは珍しい光景なのか、時折見かける住民は物珍しそうにアギト達に視線をやっていた。
暫く歩き、村の中心らしき場所まで来た所で、アギト達の一つの影が近づいてきた。
「お前さん達は度のものか?」
年寄り臭い物言いで近づいてきたのは若い男だ。熊の毛皮であろうベストを羽織った彼は一見すれば猟銃が似合う狩人の様である。
見た目こそ電脳世界ディヴァイドの最高設定年齢二三であるが、中身はやけに年寄り臭い。アギトもかれこれ一○○年以上は生きているが、中身や言葉は若い方である。が、時折彼の様な、中身が見た目を置いていって成長する場合もある様だ。
「ワシはコロロギ村の村長クロムです。お前さん達何か困ったような表情してるが、何かあるのか? ワシで良ければ力になるでな」
言って、顔をしわくちゃにして、にっこりと笑って見せるクロム。
その笑顔に田舎ならではの優しさを僅かに感じ取りながら、アギトとアヤナは感謝の一礼。そして、代表してアギトが口を開く。
「俺はアギト、こっちはアヤナです」
「アギト君にアヤナちゃんなぁ。よろしくな」
アギトの隣でペコリと頭を下げるアヤナ。この光景だけ見れば可愛い少女である。
続けて、アギトが伝える。
「あの、村民全員を連れて、今すぐ逃げて貰えませんか?」
余りに率直過ぎる言葉であるが、アギトは構わず言い切った。しっかりよクロムを見据え、その真剣さを視線でも伝える。
が、首を傾げるクロム。理由を知らないのだろう。
「なんでそんな事言うのかね? ワシ達が村を離れる事は死んでも、」
言葉の途中で、アギトが遮る。
「今度は本当の意味で『死』ぬんです。ディヴァイドのシステムあっても、蘇る事がない。そうならないためにも、逃げてください」
「? 蘇らないって、一体何を言っているんだ? アギト君?」
どうやら本当にクロムは(恐らく村民一同も)エラーの被害を知らないらしい。これとアクセスキー、自身の事を知って貰わなければ話は進まない、とアギトは大変丁寧にクロムにあれやこれやと説明をして、本題に戻す。
「と、いう事です。障壁はフレギオール派の意思で今すぐにでもコロロギ村を犯そうとするでしょう」
「うーむ……」
が、全て説明した上でもクロムは浮かない反応を見せる。アギトはその反応に「信じていないな」と負の感想を脳裏に過ぎらせた。
「全て本当の事です。もし、エラーのバケモノが襲ってきたら、俺達は戦いますけど、村民を守りきる自身はありません。実際に首都で襲われた時、圧倒的数に体力を殆ど持っていかれたくらいですから」




