12.救出
12.救出
何もない真っ白な空間。床も天井も壁も、いや、そもそも存在というモノが定義されていない空間。そこをアギトはアクセスキー片手に歩く。
暫く歩いていると、その存在の定義すらあやふやな空間に浮かび上がる複数のモニターと、ドーム状に設置されたそれの真ん中に腰を下ろす白い影。
アギトには見覚えがあった。
「魔王……、」
言葉に反応するように、椅子をくるりと回して立ち上がる――魔王。
「やぁ、待ちわびたぞ。勇者よ」
「勇者じゃねぇっての。勇者が数百の仲間を殺すかよ」
「そうか? ゲームには蘇らせるという選択があるが故、そう感じるだろうが、実際はそれなりの数を殺していると思うのだがね」
そう言ってアギトと向き合う魔王。すると、彼の頭上でドーム状の形を取ったいた複数のモニターは急にその位置を動かし始め、アギトと魔王を挟む位置に移動し、増えた。路地裏のビルのようだ。視界の先にまでその一本道を作るモニターの数々は忙しなく様々な光景を移していた。
「ようこそ、もう一つのディヴァイド、そして、マトリクスの狭間へ。アギト、エヴァン、勇者よ。私が魔王であり、技術者だ」
そう言った魔王はそこで演技めいた一礼をアギトにかます。次に表情を上げても、ニヤリとした演技めいた笑みが表情に張り付いていた。
「ご招待ありがとよ。魔王。まぁ俺が勇者でお前が魔王。だとしたらやる事は一つ。勇者が、魔王を倒すという事だ。覚悟してもらおうか」
そう言ったアギトはアクセスキーを刀状へと変化させて、その切っ先を魔王へと突きつけるように向けた。だが、魔王は右手のアクションで適当にそれを跳ね除けて下げるように言う。
「まだ、戦うには早いだろ? まだお前は見たいモノがあるはずだ。それとも、ここに来た時点で到達したと勘違いしたか?」
魔王のその言葉と同時、二人を挟むように一本道を作っていたモニターの全てが一つになるように、別の光景を映し出した。それは、白一色。見れば完全にモニターはその白い空間と同化していた。と、思ったが最後、モニターと空間の認識が出来なくなる。もしかしたら、完全に消滅したのかもしれない。
そして、アギトは見つける。魔王の遥か後ろ。巨大な鳥篭の様な牢獄に囚われた――フレミアの姿。やっと、実物との対面だった。
「フレミア!」
「アギト……!!」
フレミアもそこでやっとアギトの存在に気付いたようで、ハッとして顔を上げた。今までアギトが見てきたその表情とは違うフレミアの弱々しい表情。虐待されている女児の様な雰囲気までをも感じた。
だが、フレミアと鳥篭の陰はすぐに白に解けた。
そしてアギトの視界に映るのはただ一つ、魔王だ。
「ちゃんとした対面は私に打ち勝ってからにしてもらおう。さて、では、世界の真実を教えてやろう」
アギトに有無を言わせず一方的にそう言った魔王は再びモニターを出現させた。今度は魔王の背後に、壁を作るように出現した。数々のモニターが集合したモノだが、見方によれば一つの巨大モニターにも見えた。
「何だよ?」
そう訝しげに言うアギトに魔王は、まぁまぁ、となんとも気楽な言葉を放って言う。「全てを明かしてこその終結だろう?」
魔王の言葉に対して、ふん、とアギトは息を抜いてしかたないといわんばかりにモニターへと目をやる。と、モニターは『現実世界』の光景を映し出した。
その絵は一面濃い青で支配されていた。空は常に曇り続けていて、かなりの頻度で落雷が落ちている。
「こうやって見るのは初めてだな……」
感心したようにアギトは呟く。『このディヴァイド』では現実世界が別にある、という認識がある。そうやって『設定』された『サーバー』なのだ。当然である。そこで、アギトも昔何処かで学んだ知識だ。
映し出される落雷によって、電力を賄っているのだ。あの現実世界は。進化した技術によって落雷を誘発しているのだ。人間が住む事はない世界だ。落雷だらけでも構わないのだろう。
映像は続いて空から下を映し出す。そこには――『人間を格納している』とされる、巨大なドームが連なる光景を映し出した。ドームの直径は数キロもあり、それが複数ならぶ光景は異常だった。これも、教科書に書いてあるような事情で、このサーバーのディヴァイドの人間の殆どが知る光景だ。
「人類格納庫ってヤツか……」
「そうだ」
映像がその『人類格納庫』に移り変わると同時に魔王が語りだした。
「人類は特殊な薬漬けにされ、保存されて生きながらえている。意識はディヴァイドに接続され、永遠の時を生きる。それが、『この世界のディヴァイド』の話だ」
「それくらい知ってる」
映像は人類格納庫の内部を映し出す。中は見た目通りドーム状になっていて、その中には図書館の本棚のように人類を格納するカプセルをぶら下げる棚が並んでいる。それだけでは収まらないのか、ドーム状の天井と壁にも、人類を格納するカプセルは貼り付けられていた。
「ディヴァイドは様々なサーバーに別れている。アルファサーバーはいたって普通の世界だ。歳を取れば死ぬし、生活も普通。銃だってある。イプシロンサーバーはディヴァイド創設時のお偉いさんの集まりだ。死ぬ事は絶対になく、この我々がいる『シグマサーバー』をも上回る絶対的な永遠を誇るディヴァイド。そして、我々が住むシグマサーバーのディヴァイド。歴史を重ねて銃等の遠距離武器が消えるという進化をし、命を遊ぶように戦争もゲーム化して発展した。そんな、可笑しな世界。ディヴァイドはそうやって様々な世界を設置し、常に試験をしているのだ」
同時、映像はそのカプセルに接近するように近づいて――、
「だが、現実は酷だ」
――現実を、映し出した。
「何だ……よ、これ」
アギトも映し出された光景に思わず絶句した。
魔王の背後にある巨大スクリーンに映し出されたのは、薄い緑色の液体に満たされたカプセルの中を漂う、様々な種類のケーブルに繋がれた『人間の脳』。
「現実は酷だ。人間は永年を手に入れたわけではなかったのだよ。肉体を保存する事は容易い。それは何千と昔に開発された技術でさえ可能とした。だが、それは、一時的に殺す事で成しえる技術で、そこだけは、進化しきれなかったのが現実だったのだ。だから人間は肉体を機械共の栄養分として処理され、脳だけを生かしたまま保存する技術によって今、生きながらえているのだ」
絶句したままのアギトを置いてけぼりにするかの如く映像は進んでゆく。そうして次に映ったのは、また外の光景。今度はその現実世界を管理する『機械共』が映し出される。
機械共の形は鳥人間とでも言うか。人間の様な形をした骸骨がその背中に付けられる羽の様な班重力装置であちこち飛び回っているというそんな光景。剥き出しの骨組みがやたらと機械らしさを演出していた。
「あれが現実世界を管理している機械の一番小さな型だ。名称はそのまま鳥。彼等は常時カプセルの管理をしている。つまり、今のこの、世界を機械共の手によってエラーという侵食を受けている状況を作り出そうとしているのは彼等といっても過言ではない。彼等はカプセルに攻撃をする事は出来ない。そう設定されて作り出されたのだから。だが、機械のトップ、つまりは現実世界の神『デウス』が人間に反旗を翻した。そして、鳥にディヴァイドを終わらせろ、という命令を出す。だから、鳥は人を殺せない変わりに出された指示にしたがって動いている。それが、この結果だ」
魔王の指示に従うようにカメラは今写していた人類格納庫を離れ、また別の位置にある人類格納庫へと入った。
「先ほど映っていたのが私達の住むシグマサーバーのディヴァイド、そして、今映っているのが、ガンマサーバーのディヴァイドだ。この世界は既に滅ぼされている。見れば、一目瞭然だろう?
そして映し出されたガンマサーバーの人類格納庫の内部の光景は、言葉の通りシグマサーバーの人類格納庫とは全く違った。
「カプセルが全部解放されてる……!?」
アギトは絶句した。




