11.集結後の終結。覚悟
11.集結後の終結。覚悟
世界情勢は恐ろしく悪かった。エラーの出現のため、各国ではかなりの数の町が滅ぼされた。国は揺るがされ、最早国政云々の暇はなかった。
そして――世界中のアクセスキー所有者の消失。フレミアと中央塔に残った人間のみが知る事実であるが、それを感じ取る者は少なくない。世界は、終焉の一途を辿っていた。それも、駆け足で。
アクセスキー所有者の数が激減した事で、エラーの出現数は莫大に増えた。正確に言えば、それを減らしていた者、つまりはアクセスキー所有者がいなくなった事で、歯止めが効かずに増えまくっている、という現状だ。
「アギトの再出現位置特定はまだか!」
中央塔の一室でクライムが怒声を上げる。その怒声に急かされて数十名の中央塔勤務の技術者が忙しなく手を動かして携帯を操作しているが、結果が見えないようだ。
「アギトの生体反応、確認できません」
「まだデータバンクに情報はある。エラーに呑み込まれて死んだという事はないはずだ」
「何故捕まらない……?」
クライムは無事に――唯一――あの戦いから生還したヴェラからの指示を受け、再出現するであろうアギトの捜索隊を組織し、その筆頭となって躍起になっていた。ヴェラから全ての事実を聞き、その危険性を確かに感じ取ったクライムは大慌てで作業と指示に励んでいる。
「くそ……。アギトよ。今何処で何をしているというのだ……」
殺された人間が再出現するのには数日掛かる場合もある。舞台が戦争であれば、戦争終結後の更に数日後だったりもする。アギトが出現する限界時間と思われるのはこれから二日後。クライムは休む暇もなかった。
と、そんな時だった。
「クライムさん! 謎の反応を感知しました! エルドラドのアルファ。……これは……?」
携帯を展開してその画面を驚愕の表情で覗き込む捜索隊の一人にクライムはすぐに駆け寄り、その画面を覗き込む。
「これは……。バグだな。それも、反応が二つ……? 一体何なのだ、これは……」
クライムにも理解できないアイコンが空中投影モニターに描かれるマップに表示され、点滅していた。
分からない、となればその目で確認する他ない。
「現地に赴く。A班は着いて来い。それ以外はアギトの反応の捜索を続けろ」
55
アギトは目を覚ます。その身は漆黒に染まりあがって等いなかった。アギトの身は、アヤナによって救われたのだ。
「ッ……、」
アギトが目を開くと、ぼやけた視界ごしに黒く染まった世界が見えた。暫く時間を掛けて視界が戻るのを確認すると、それが空だと気付く。
「エラー……、」大分侵食したんだな、と心中で零す。「どうなって……」
ぼやけたのは視界だけでなかった。どうして寝ていたのか、直前まで何があったのか、思い出す気にもなっていなかったのか、アギトは、とりあえず、と上体を起こして辺りを確認した。そうして見えてきたのは殺風景な寂れた光景。辺りは焼け野原のように寂れていて、僅かにそこに町があった気配を残す風景。足元は灰で汚れ、人の影は見えなかった。
再びアギトは空を支配するエラーを見上げ、視線を戻し、呟く。
「エラーのせいで滅んだ、って感じじゃないな……。戦争でもあったのか? 町の中で?」
よっ、と立ち上がり、アギトは更に高い視点から辺りを見回す。と、同時、
「……ん、」
アギトは遠くに人影を見つける。この寂れた光景の中でも目立つ影だ。その影の色は白。見た目からして男性だ、とアギトは思う。だが、その白を見た時だった。アギトの脳裏を駆ける記憶の影。
――アギト、やりすぎだ。
「ッ、」
ズキリ、と頭を突き刺すような頭痛が炸裂し、アギトは思わず足を止めて頭を抱えた。
――アギトぉおおおおおおおおおおお!!
「があっ、」
余りに激しい痛みに、アギトはその場で動く事が出来ないようにまで陥り、膝を落としてしまう。
その間に、遠くにいた白い男性がアギトに歩いて近づいてきているのだが、アギトはそれに気付けない程にもがき苦しむ。
――アタシが殺してあげる……。
その瞬間だった。はっ、と我に返り、アギトの記憶は明瞭になる。その瞬間、打ち鳴らすような頭痛は止まった。だが、それと同時、「アギト、面白い事をするよな。貴様は」頭上から声。
「なん……?」
アギトがゆっくりと表情を上げると、自身の目の前に一人の老人が立っていることが分かった。純白のスーツを身に纏った彼は、渋い髭が特徴的なダンディな男だった。だが、そこに若者が憧れるような格好の良さはない。何故なのか、彼の表情の裏側に悪という存在をアギトは感じ取った。
『あの戦い』の事を思い出し、グロッキー以上の死にたくもなる気持ちを抱えながらもアギトはそれを感じ取り、キッと視線を尖らせて、老人を見上げる。
「何だ、おっさん……」
「ふふふ……。私は十分に楽しめた、と言っておく。感謝してるぞ。アギト」
そう言った老人は、何かをのせた掌をアギトの鼻面の前に差し出した。
「?」
見てみると、その掌の上には一つの――アクセスキー。柄状のそれは、アギトのそれと良く似ていた。が、デザインは微妙に違う。
「何だ、コレは……?」
立ち上がり、警戒しつつそれを見るアギトに、白い男性は鼻で笑いながら言う。
「フレミアが隠していた貴様のアクセスキーの設計図を見て私が作った。これには今お前が持っているアクセスキーにはない能力を付加してある。それで、――フレミアに辿り着く事が出来るぞ」
そう言った老人は、アギトにそのアクセスキーを投げ渡す。慌てつつも受け取ったアギトは言う。「今言った事……どういう事か説明しろよ……」
老人から渡されたアクセスキーを左手に収め右手で自身のアクセスキーを取り、刀状にしてその刃を老人の首下に添えて、脅す。
「フレミアの名前を出したな……?」
アギトの視線は恐ろしく鋭くなり、老人を威圧する、だが、老人はそんな事は厭わないという具合に嘲笑うように鼻で笑って、言う。
「マトリクスの狭間。もう一つのディヴァイド。……そう、私が、僕が、俺が、『魔王』だ」
苛立っているアギトを更に煽るように、また、アギトに宣告するように、老人――魔王は言い切った。
「お前……ッ!!」
アギトは刀を持つ手に力を込めるが――振り切るわけにはいかない。眼前の彼のみが、フレミアの情報を知る。殺す事は出来ない。
「分かるぞ。気持ちではなく、考えはな。故に私を殺す事は出来ない。どちらにせよ、ではあるがな」
そう言った老人は片手をアギトの向ける刀の刃に添えると、ポンと押して退かした。攻撃できないと理解しているアギトは反抗せず、静かにその刃を引くしかなかった。




