10.そして集結する―17
「レギオンッ!!」
アヤナがそれに気付いて駆け寄ろうとするが、とてもじゃないが近づけない光景に本能が気付き、足を止めざるを得なかった。
そこで、既にアヤナは気付いていた。アギトが、異常なのだ、と。だが、彼女の胸の内にはそれを認めたくないという気持ちが渦巻くのもまた事実。もどかしい境遇にアヤナは行動目的を定めきれず、動けない。
だが、事態は悪化の一途を辿るのみ。
アギトはそんな動きが可能なのか、と思う程のアクロバティックな動きで攻撃に掛かる組織の連中を巧みに翻弄し、次々にアクセスキーの形態を変え、組織の面々をなぎ倒し、殺していった。そして、数分という時間でアギトはあっという間にその数を半減までさせてしまう。
「アギトッ!! 止まるんだっ!」
瞬間移動を駆使して次々と様々な位置に出現しては組織の面々を殺していくアギトの前に、ニオが立ちはだかる。気付けば、キューブとビビッドの姿が見当たらない。あの殺戮の中で、既に殺されてしまっていたのだ。ニオの団体の生き残りはニオとリリカのみである。
「融合武器っ! アンタいい加減に……ッ!!」
ニオの横にレイピアを構えたリリカも並ぶ。当然、そこに、生き残った組織の面々も加わる。だが、アギトはその光景ごときには微動だにしない。先程から一言も発さず、ただ、その場にいる面々を殺して殺して殺しまくるその光景はおぞましい以外にない。
呆然としたアヤナも見守るこの光景。
先に仕掛けたのは危機を感じ、状況把握を徹底したニオからだった。
「止まれ」
ニオがそう言ったと同時、アギトの動きがピタリと止まった。そして、ニオのアクセスキーが僅かに純白の輝きを放ちだす。これが、ニオのアクセスキーの力だった。ニオのアクセスキーはアギトがアクセスキーを得た時よりも後に作られたモノで、そこには強力な力が宿されている。それが、『実現化』のスキル。本来は攻撃用途としての武器があり、そこにスキルが宿されるモノだが、ニオのアクセスキーは攻撃用途である武器の部分を全て排除し、ただ強力なスキルを宿すためだけに作られた、云わば試作型の強力なアクセスキーなのだ。スキル『実現化』はニオがサングラス型アクセスキーの視界ごしに捉えたターゲットに、ニオの念じた妄想を現実として付加する能力。
だが、このスキルには限界もある。それは、ニオの、使用者の精神力が数値となって削られるという事。ニオの顔にかけられたアクセスキーの輝きがその度合いを示している。過度に輝いていれば、それだけ精神力を削っているという事だ。
「今のうちに殺すんだ。もう、取り押さえるでは済まないレベルに達している!」
ニオの声が響く。それと同時、周りで構えていた組織の面々も動き出した。
「よくも仲間達をぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
真っ先に飛び出したのは当然の如くリリカだった。彼女に続くように組織の連中が向かう。
だが、その時だった。
パキリ、枝が踏まれて折れるような音。それと同時、――アギトの動きが再開した。
「そんなッ!」
まさか自身の絶対的ともいえる力が砕かれるとは、とニオは驚愕する。そして、仲間達を止めに入ろうとするのだが、間に合わない。
舞い上がる鮮血。それと同時、鮮血と共に舞い上がったリリカ――の上半身。そして、レイピア型のアクセスキー。だが、そんな光景を見守る余裕はない。次々と粒子化され始める組織の仲間達。
そんな光景の中で、安堵してしまったアヤナ。アヤナは、今の光景でアギトの危機を今までの戦いの様に確かに感じた。故に、アギトが殺される、と心配してしまった。そんな自身に気付いて、アヤナは『やっと気付く』。
――お前の持つその『者』……アクセスキーか。それがどれだけエラーを閉じて成長しても、人を殺せないのには、理由が当然ある。それは……。
オラクルの予言が脳裏を過ぎる。
――仲間を、守るためだ。
そして、自身のアクセスキーに視線を落す。人間を殺す事が出来ないアクセスキー。どうして、今まで、数々のエラーを閉じてスキルアップをしてもなお、人を切り殺す事が出来ないのか。それは、『この時のため』だったのかもしれない。
アヤナはぎゅっとアクセスキーを握る手に力を込める。
――お前は『その時』、危機に瀕した顎を助けるかた助けないか、という選択肢を選ばなければならなくなる。お前はそこで絶対に、『助ける選択肢を取る』。間違いない。
「そうだよね。アタシが……」
――その選択が顎を生かすのは間違いないだろう。だが、その代わりとなって、『お前は死ぬ』。正確に言えばお前が顎と同様の危機に陥る事になる。つまり……顎の危機を受け取ってしまうのだ。そして立場は逆転し、今度は顎が『お前を救おうとする』。だが、それがマズイ。その選択が……『お前を殺す』。
脳裏を駆けるようにオラクルの予言が浮かび上がる。だが、アヤナはそれでも、『自身の死を覚悟』してもなお、覚悟を決める。
「アタシが、止めなきゃ。じゃないと、アギトが殺されちゃうんだし……」
そして、アヤナはついに駆け出した。
「リリカッ!」
ニオの悲痛な叫びが響く中でも、数々の悲鳴は鳴り止まず、ニオの叫びを掻き消した。宙を舞うリリカの上半身のみ。ニオと視線を重ねたと同時、彼女はふと笑んだ。それと同時、リリカの身体は急速に粒子化を始め、あっという間に消滅してしまったのだった。
「そん、な……」
愕然とするニオ。だが、その中でも光景は止まらない。アギトの振るうアクセスキーが、次々と組織の面子を殺していく。既に数は最初の三分の一にまで減っていたと思われる。
ぐっ、と拳を固めて悔しさや悲しみ、数々の感情を込めるニオ。そして、決断。
「もう……、いい。この身を滅ぼしてでも、殺してみせる」
そう呟くと、ニオはサングラス越しの視界で確かに踊るように人を殺すアギトを捉えた。
そして、呟く。「死ね」
その瞬間、ニオのサングラス型アクセスキーの輝きは爆発的に増した。彼の言葉の通りだった。人一人殺す程の実現化を図れば、ニオにもそれ相応のダメージが付加される。つまり、命を賭けて、アギトを殺すという攻撃。
――だが、どうしてなのか、アギトはニオが攻撃を仕掛けたその瞬間、ニオの懐にいた。
「ッ、」
視線で追いかける事すら叶わない。次の瞬間には、ニオの身体は吹き飛ばされていた。ほんの一瞬だった。恐ろしい程に一瞬。血飛沫と共に吹き飛んだニオの身体の『様々な部位』は、それぞれが粒子化し、消滅したのだった。
最後の言葉すら残させやしない、恐ろしい殺戮。暴走してしまったアギトは、最早新型アクセスキー程度では止められやしないのだ。
「アァアアアアアアアアギトォオオオオオオオオオ!!」
最早彼を生かす理由はない。そう思ったのはニオ達だけではない。仲間として一緒に行動していたレギオンもまた、そう思い始めていた。
やりすぎだ、の言葉では片付けれない。アギトは既に一○○近い組織の面子を殺した。もし、今後暴走が止まって、彼が心から反省しようが、何をしようが、死刑にされてもおかしくはない程の事情を起こしてしまったのだ。
故に、レギオンの表情は怒りが支配していた。
「オォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
最早手加減はしない。必要ない。
「レギオン! 止まって!」
遠くから、アヤナが声をかけるが、今のレギオンには届かない。




