10.そして集結する―16
刹那、僅かな存在感を残して、その場から『消えた』漆黒に染まったアギト。
――恐ろしく早かった。結果は次の瞬間には明瞭に出現して、ワンテンポ遅れて周りの人間にその事実を知らせる。
「そんな……」
呆然とし、我を失っていたアヤナでさえ、その事実を目の当たりにしたその瞬間、その光景に視線を奪われ、動けなくなってしまった。
「ぐ、……ふっ」
その光景には、その戦争そのものの動きが止まってしまった。
ルヴィディアの胸元を確かに貫く純白の刃。
そして、その懐には漆黒に染まりあがったアギトの影。
一撃だった。その一撃でルヴィディアは確かに死に至るだけのダメージを負った。なのに、だが、アギトは止まらない。突き刺した刃を、そのまま真上に斬り上げる。人肉が裂けるおぞましい音が響き、身体の粒子化が始まった事を示すように紫色の粒子が弾け飛ぶ。
最早言葉すら出なかった。上半身を縦に二分されたルヴィディアは身体をえげつなく裂きながら、最後の言葉を口にした。
「暴走した、か……!?」
アギトの刃が完全に下を向く。それと同時、アギトの眼前でルヴィディアの身体は紫色の光の粒子に完全に還元され、花火の様にはじけ飛んで、完全に消滅したのだった。
気付けば、場は沈静化していた。その静謐な空間にはルヴィディアが死んだという事に対しての安堵を感じる場と、アギトの様子がおかしい、と気付く者が固まる恐ろしい場がドーナッツ状に出来上がっていた。
「ア、アギト……?」
アヤナが震える声で呼びかける。だが、返事はない。
アギトの周りには誰も近寄らなかった。そして、各々の不安を示すようにざわめきが広がり始める。
「アギト……、返事、してよ……」
気付けば周りのバケモノ共は消滅していた。ルヴィディアがいなくなった事で存在できなくなって消滅したのだろうか。
そんな中、仲間だけがこの場にいるはずの中で、アヤナは、一歩、また一歩とアギトへと近づきはじめた。それでも、漆黒に染まりあがったアギトは動かない。ただ静かに、純白の刀を右手に握り締め、その刃から鮮血を滴らせながら俯いているだけで、周りにも、近づいて来るアヤナにも視線をやろうとはしなかった。
様子がおかしい。いや、彼が明らかに通常でない事は周りも、アヤナも認知していた。だが、だからこそ、アヤナは彼の様子を確認しようと近づいてしまう。
「ダメだッ!!」
近づくアヤナに、レギオンが飛び出して制止にはいる。彼が一番にこの状況を理解していたのかもしれない。アギトが、『暴走』していると気付いているのは彼だけなのかもしれない。
レギオンに制止され、アギトから数メートル離れた位置で止まるアヤナ。そこからまた数メートル離れた位置に組織の面々がいる。彼等もまた、踏み出す勇気が出ないようだ。
「ちょ、レギオン! アギトの所に行かせてよ!」
「ダメだ。……今のアイツは……ヤバイ」
レギオンはアヤナを止めながら、忌々しげに糸切り歯をむき出しにする。レギオンはひしひしと感じていた。明らかに様子のおかしいアギト。彼は危険だ、とレギオンの本能が警告する。
アギトはまだ、動かない。
その様子を見てか、組織の面々の中からニオの声が響いた。
「レギオン! 早く彼から離れるんだ!」
だが、その瞬間だった。ズイ、とゆっくり、非常に遅い速度で漆黒に染まりあがったアギトの顔が動いた。瞳だけが深紅に染まって漆黒の中浮かび上がっている。その深紅は、ギロリと動いて、レギオンの方を見詰めた。
ひっ、と何処からともなく悲鳴が上がる。
次の瞬間、アギトの姿は消えていた。
(何処だッ!?)
一瞬の後、レギオンは自身も懐に守るアヤナも襲われていない事に気付いて、すぐに振り返った。すると、ドーナッツ状にアギト達の周りを囲っていた組織の一角の真上に、アギトの漆黒の影があったという事に気付いた。
その直後に、悲鳴。
空中でアクセスキーを変化させ、鎚へとしていたアギトは、落下、着地と同時にその恐ろしいばかりの攻撃を人だかりの中へと確実に叩き込んだ。鎚が渇いた地面を固める轟音が轟く。そして、その中から引き裂く様な悲鳴が数名分響くが、一瞬にして消滅した。レギオン達がいる場からでも、大量の紫色の光の粒子が舞い上がる光景が確認できた。
「戦闘態勢!」
どこからともなくそんな声が響く。
アチコチで武器を構える恐ろしく固い音が響く。戦争はまだ、終わっていなかった。アクセスキーのみの打ち合いが始まる。
「止まるんだ、アギト!」
鎚を担ぎなおしたアギトに突っ込んできたのは以外にもヴェラだった。だが、アギトはヴェラがその目前に到達する間でに再び姿を消した。これは完全に、瞬間移動だった。スカーエフとの戦闘の時にみた、あの力だ。
そして次にアギトが出現したのは、正反対の位置。
悲鳴が聞こえてレギオンは反対側へと振り返る。と、ゴミのように宙を舞う人々の影。そこをよく見れば、アギトが節剣の刀身を伸ばし、踊るように振り回している光景を見つけた。
節剣の延びた刀身は鞭のようにしなり、紐の様に振り回され、辺りにいた向かってくる、逃げ惑う組織のメンバー達を容易く薙ぎ飛ばし、いとも簡単に殺していた。ここまでたった数秒。それだけの時間だというのに、既に十数人の命が粒子化され、消滅していた。
「やりすぎだ……アギトッ!!」
光景に危機を感じたレギオンは、アヤナをそっと離し、アクセスキーを装備している事を確認し、跳んだ。
レギオンの強烈な跳躍でレギオンは組織の人混みを押し退けてまでアギトの下へと到達する。だが、レギオンが、あの、異常なまでの身体能力を持つレギオンが、アギトが振り返りざまに刀を振るうという行為だけに、容易く弾かれてしまった。
「ッ、……なっ!!」
その行為にどれだけの力が込められていたというのか、レギオンの身体は容易く地面に叩きつけられ、そしてバウンド。宙高くまで舞って、舞わされてしまった。余りの力に内臓をやられたか、レギオンの口からは鮮血が漏れる。
「ガハッ、」




