10.そして集結する―15
アヤナにとって、互いにとって母子の様な関係だったが故、いや、そう考えなくても、仲間として、仲間が自身を庇って殺されるなんて、そんな光景なんてアヤナには耐えられなかった。
止めどなく溢れる涙は視界を歪め、背後の存在を気付きさせやしない。
「うぅ、うっ……、そんな……えるだぁ……」
そう言っている間に、エルダの身体はどんどん粒子化され、そして――完全に消滅してしまった。
アヤナの小さな手の隙間からエルダだった紫色の光の粒子が溢れ、宙を舞って空気中に溶けてゆく。
周りの戦争という名の喧騒がアヤナの耳から遠ざかっていくのだった。そして、背後のバケモノ二体が剣を振りかざす。
その瞬間だった。
「アヤナァ!! 何ぼけっとしてやがるッ!!」
一閃。恐ろしい程に強力な一閃がアヤナを殺そうとしていたバケモノを二体纏めて一刀両断した。真横に断ち切られたバケモノがはじけ飛ぶように一瞬にして紫色に淀む光の粒子へと還元され、消滅する。
そして、アヤナによりそうは漆黒の戦士アギト。どうやら入り乱れる戦闘の中でルヴィディアを見失ったようで、アヤナの窮地を見つけて飛び込んできたらしい。
アギトは周りを警戒しながら無理矢理にアヤナを立たせる。そこでやっと、アヤナが涙を溢れさせている事に気付いた。
「アヤナ……。何で、泣いてるんだ……?」
嫌な予感がした。アギトはそこでエルダの安否が気になりはじめるが、無理矢理に気にしないように心を惑わせていた。だが、アヤナは嗚咽混じりの声で告げる。
「エルダ、が、……死んじゃ、ッ、って……」
「そんな……」
アギトは気付いた。まだ、エルダの余韻であろう紫色に淀む光の粒子がアヤナの周りに漂っていることに。
「嘘だろ……おい……」
アギトは絶句した。周りに敵が迫っていない事を確認もせずに、無意識にアヤナを胸元に引き寄せるように抱きしめていた。
「エルダ……」
アギトがそう呟くと同時だった。
横から異常な速度で突っ込んでくる影。周りのどのバケモノよりも早いその速度にアギトは一瞬で気付いた。
(ルヴィディア……ッ!!)
咄嗟に、突き飛ばすようにしてアヤナを離して、そして、衝突。重なった二つの漆黒は三つ巴になるように絡まり、転がって数メートルも移動した。
アヤナと距離を取ってしまった事は、アギトの心配を加速させる要因となる。アヤナはルヴィディアが生み出したバケモノと戦うだけの力は何とかある。だが、今のアヤナでは到底バケモノの相手は出来ないだろう。
(くっそ……!!)
忌々しげに吐き出す余裕もない。転がり、互いに離れたその瞬間にはアギトは駆け、ルヴィディアとの距離を詰める。その間に割って入る様に横からのバケモノの一閃が炸裂するが、アギトは進みながらもそれを前転する様に転がり避けて、ルヴィディアの懐までもぐりこんだ。
「オォオオオオオオオオオ!!」
そこからの切り上げ攻撃。アギトはこれは防がれる、と思っていたのだが。
「ッあ!」
何故なのか、今の一撃はルヴィディアの腰から肩を切り裂くようにヒットしたのだ。その光景には互いとも驚愕する。だが、休む暇はない。チャンスだ。
今の攻撃がヒットしたのは、アギトを途中で襲ったバケモノがアギトの動きを変動させたから、という理由があるが、互いともそれには気付かない。気付く暇はなかった。ルヴィディアは突如として出現した組織に対抗してバケモノの軍団を出現させたが、それが仇となってしまったのだ。
「オォラッ!!」
その隙をアギトは見逃さない。ルヴィディアは今までも多少の隙を見せたが、それは決して攻撃に繋げられるようなモノではなかった。だが、今回のそれは違う。ダメージを受けたのだ。当然の如く攻撃を打ち込む隙が出来た。
アギトは更に斜の一閃を叩き込み、ルヴィディアの身体に二つ目の傷を浮かばせる。漆黒が避け、そこから鮮血が噴出す様は鮮やかで、残酷だった。
ルヴィディアはまたしても怯む。そこに隙あり。このエラーを閉じるという名目の旅を始める前のアギトでは、決して付け入る事の出来ない隙だった。だが、今の、成長したアギトにはその隙は十分だ。
斬撃、斬撃、斬撃、斬撃、斬撃。そして、蹴り。
押されるような蹴りに突き飛ばされたかの如く後退し、吹き飛んだルヴィディアは尻餅を付いて完全な隙を見せた。
そこに、アギトは飛び込む。
「終わりだッ!!」
――だが、止めよりも先に響いたのは斬撃の鋭利な音ではなく、一発の発砲音。
その音の発生下は当然ルヴィディアが握る銃型アクセスキーの銃口。そして、そこから放たれた『漆黒の銃弾』が向かったのは、アギトの眉間、ど真ん中。
ルヴィディアに飛びかかったアギトが、逆に吹き飛んだ。数メートルも宙を舞い、地に落ちてからも更に数メートル転がってやっと制止した。それに気付いた周りのバケモノが転がったまま起き上がらないアギトへと近づいて来る。
「エヴァン……、もう私の知ってる力程度ではどうにもならないみたいね」
言ったルヴィディアは起き上がる。十数メートル先に転がったアギトの姿を見据えながら。
アギトは数秒立ってもまだ、起き上がらなかった。だが、『変化』があった。アギトの体が、ルヴィディアの様に、漆黒の中の漆黒に染まり始めたのだ。アギトが元から纏っているあの漆黒のコートの色よりも深い漆黒。完全な黒。影。
アギトのその身が完全な漆黒へと変化した時――本当の戦いが始まる。




