10.そして集結する―8
ここは中央塔の特別会議室。アギトからの提案を、ヴェラが呑み、この場を提供したのだ。全大陸の中央に位置する中央塔は、世界中の団体の人間が集まるには丁度良い場所でもあった。
全員が揃っている事、そして、覚悟がある事を確認して、ニオが喋りだす。アギトはあくまで、シンボル的存在の立ち位置を取るようで、何も喋らず、ただ、腕を組んで僅かに俯いているだけだった。
「お集まり頂き感謝するよ。皆さん。僕はアルファの団体のリーダーを務めているニオだ。よろしく」
そこまでの挨拶を済ませたところで、集まってきたどこぞの団体のリーダーが手を挙げ、質問の意思を示した。ニオが視線で合図をすると、そのリーダーは他のモノの視線を集めた。
「アンタ……ニオ、か。ニオ。お前のアクセスキー……そのスキルは何だ?」
当然の質問といえば、当然だった。アギトは既にその力を教えられているのか、特別表情を動かしたり等しなかったが、他の者達は興味津々といった様子で視線をニオに突き刺している。
だが、ニオは表情一つ変えずにただ言う。
「今はその話しをする場じゃないと思うね。話しを戻すよ」
一方的とも取れる言葉を吐き出すように且つ静かに言って、話を続けた。
「アギトの連絡を皆見てくれて、此処に集まってくれたのだと思う。本当に感謝している。ありがとう。さっそく本題だけど、僕達は協力体制を取らなきゃいけない。反対する人がいるなら何も言いやしないが、事実だ」
ニオがそう言うと、集まった連中から喧騒が生まれた。驚いている様子はないが、気持ちの整理がついていないのだろう。
団体はアクセスキー所有者の集まりだ。もとより人を集めてその組織力を高め、戦争のためでなく、世界のために強くなろうとした団体。故に、このニオの提案は団体としての目的そのものであり、迷い等必要ないように思えるが、各所リーダーという存在を置いて集まっているのだ。その体勢を崩し、さらに上の存在を作るとなると難しいのかもしれない。
「……組織を再構築するようなもの、それは簡単な話しじゃない」
一人からそんな言葉があがる。だが、ニオは不敵に笑ってみせた。
「大丈夫。そこは僕を信じて欲しいね」
何の根拠があるのか、ニオの自信は恐ろしい程前面に押し出されていた。
その自信に威圧されるかの様に喧騒はあっという間に静まり返った。どうしてか、素晴らしい光景のように感じる事が出来た。
と、そこで、ただ黙って俯いていたアギトが表情を上げ、口を開いた。
「……後ほどニオから説明はあるだろうが、先に言っておく。俺はこれから出来るであろう組織に身を置くが、行動は基本独立させてもらう。送った動画内でも言ってあるが、問題は沢山ある。俺は仲間達と合流して、その問題を片付けに行くつもりだ。その間、組織はどう動くか、だが、」
アギトの言葉の途中で、ニオが声で遮った。
「目的はエラーをアクセスキーの力で閉じ、世界を守りぬく事。組織の力を高めて仲間を更に増やしつつ、計画的にエラーの数を減らしていく事だね。やる事自体は団体としてのソレと変わらないと思うかもしれないけど、実際、組織としてやる分、団体以上に効率が良いのは間違いないね」
ニオの言葉はいたって普通のモノだったが、何故なのか、やはり自信に満ち溢れていて、説得力があるようだった。
「アギト、お会いできて光栄です」
団体、いや、組織としての会議が終わり、アギトが会議室の外の廊下を出て。中央塔の何処かの階のベランダに出て涼んで――一時の休息――いたアギトにそんな声が掛けられた。何となく聞き覚えのある甲高い声にアギトがゆっくりと首だけで振り返ると、入り口に一人の女戦士が立っていた。スラリとした体格は戦士らしさを見せないが、体を固める鎧と、肝の据わった表情を見ればすぐに戦士だと感じた。彼女の名はセレナード。先の会議に参加していたクシに本拠地を置く団体のリーダーらしい。
「どうも」
そんな適当な挨拶だけを口にしてアギトは視線を中央塔から見える夕暮れが照らす地平線へと戻した。聞こえはしないが、波の音が聞こえてきそうな景色だったといえる。
「ちょっとお話、良いですか?」
そう言いながら、セレナードは歩み寄ってきてアギトの隣に立つ。ベランダの淵に手を掛けて遠くの景色を眺め始めた。有無を言わせない女戦士の策略をアギトは察しつつも快諾する。
「何か?」
「貴方のお名前を聞いても?」
「……?」
セレナードの言葉にアギトは眉を顰めた。あくまで視線は地平線の彼方に投げられているが、意味深な質問に首を傾げたかった。だが、アギトも数秒しない内に彼女の意図に辿り着く。――本名の話しか、と。
そんなアギトの心中を知ってか知らずか、セレナードは一人話し始める。
「貴方はエルドラド大陸でも有名な七人の龍騎士の一人、『顎』。あの暴君なんて呼ばれる『玉』や疾風なんて呼ばれてた『翼』達みたいに特別な能力はもたずに、それでも、七人の龍騎士のトップに立って、エルドラド最強の傭兵と呼ばれてた貴方。ほんの好奇心だけど、知りたくなったのです。よろしければ」
「断る。本名でなくてもアギトって呼び名があるだけで不便はしないだろう」
セレナードの言葉を遮るようにしてアギトは突き放すように言う。だが、
「だから、好奇心。この無駄に疼く好奇心を抑えてはくださいませんか?」
「知るか。俺はそんな人間じゃねぇよ」
そう言って、面倒だ、と感じたアギトはこの場を去ろうと振り返ったのだが、
「俺も知りてぇなぁ、お前の本名」
振り返ったその先に、ニヤニヤと楽しげに笑むレギオンとニオの姿。ニオの瞳は相変わらずサングラス型アクセスキーの下に隠されていて、その表情を完全に知る事は出来ないが、口元が僅かに緩んでいることから、秘匿にしながらもレギオンと同様にこのアギトの状況を楽しんでいるようである。
そんな二人を目を細めて疎ましそうに見ながら、アギトはわざと聞こえるように舌打ちをしてやった。
「絶対に教えるか」
「名前を捨てた、とでも言うのですか?」
すぐ耳元から響くセレナードの吐息混じりの声に思わず身を引きながらも、アギトは応える。
「『まだ』、捨ててなんてねぇよ」
適当にそう言って、アギトはレギオンとニオを引き連れてその場を後にした。




