10.そして集結する―4
幾度となく攻撃を重ねて、そして、その時はきた。
アギトの連続する攻撃に、ついにギョクが隙を見せた。アギトの攻撃を避けた後の、ギョクの横から突っ込んでくるような拳。
きた、とアギト思った。ずっと待ち構えていた攻撃。
アギトは即座に受身の構えを取り、向かってきたギョクの攻撃を両手でいなし――そして、投げた。
天井すれすれまでギョクの身体が持ち上がり、アギトの頭上で弧を描くように――落とされた。
ギョクでさえ、どうしても、驚かずにはいられなかった。
まさか、こんな、と思わず目を見開いて驚愕した。そして、次の瞬間には、背中から、床に落ちるギョク。
「ぐふっ、」
ギョクの薄い唇の隙間から苦しげな吐息が漏れる。そのすぐ頭上で、オラクルの死体が粒子へと還元され始めているが――アギトは目をやる暇もない。
咄嗟に、駆け出した。ギョクを退かして退路を得た今、逃げ出す以外にない。
内心、武器を取り戻したら殺す、と思いながら、アギトは遁走した。当人も情けないとおもいつつ、遁走した。
「逃げるの……?」
ギョクのそんな、低い声が聞こえて来た。が、それでもアギトは振り返らない。とにかく彼は駆けた。ギョクもすぐに追いかけてくるが、逃げる、走る、というスキルは同等程度で、追いつかれず、引き離せずのまま、アギトはその建物から出る事に成功した。
そうして見えた光景は町。アギトは走りながら辺りを見渡し、適当な看板を見つけてこの町がニューという町である事を確認する。
(ニューか。……レギオンと接触することをまず考えるべきか……? アクセスキーはない。とにかく、武器だ)
後方、数メートル離れた位置からは未だギョクの足音と気配が消えない。街中に出て、人目を集めようが、ギョクには気にならないようだ。彼女には、アギトを殺してやるという執念の他が欠如していた。
走りながら、携帯を展開させ、アギトはレギオンとの連絡を取ろうとする。電話帳を開き、レギオンにコール。数える程もないコール音の後、レギオンは応答した。音声だけの通話にレギオンの焦りが見えた。
「おい! アギト! お前今何処にいるんだ!? こっちはとっくに全部終えてんだぞ!」
「今何処に居る!?」
アギトもまた、焦燥を見せていた。窮地だ。何よりアギトが焦らない理由はない。
時折後方を確認しながら、アギトは走り続ける。
「何処って、ミューをうろうろしてお前を探してたんだっての」
「ニューに来い、今すぐ!」
「はぁ!?」
アギトは辺りを見回して、現在地を確認しながら、怒鳴るように言う。
「今死に掛けてるんだっての! 手元に俺のアクセスキーあったりしないか!?」
僅かな間が空いて、「拾ったぞ。今も持ち歩いてる」
「じゃあ今すぐ持ってこい! ミューの南西の方だ! みりゃすぐに分かる。頼んだ!」
一方的にそう言って、アギトは無理矢理にコールを切った。そして、走る事に専念する。
「あぁ、くっそ……。なんでこんな事になったかな」
47
「……、あれ?」
「……見覚えのある、人と何か鬼のような女性が通りましたね?」
ミューへと辿り着いたリリカとビビッドは、街中で、ある二つの影を見つけた。
その影が作り出す光景は、鬼ごっこ、とでも言うべきか。漆黒のローブを靡かせる男が逃げ、その背中をニタニタと不気味な笑みを浮かべた綺麗な女性が追いかけていく、という謎の光景。
あれ黒の融合武器だよね、というリリカの疑問によってビビッドも、あぁ、と呻く。
「アギト……でしたよね。一体何をしているのでしょうか?」
「切羽詰まってるようにも見えたけど……? まぁ、一応見てくれは悪くないし、痴話喧嘩とか?」
「……流石にそれはないでしょう。黒の融合武器は女性を寄せ付けないような性格だ、なんて話しがありますし……」
「でも白の巨大鎌とハンドアクスを連れてるのよ? 実際会ったら噂と違うってなったり?」
「期待してるのかしら?」
「ち、違うわよ!」
暫くそんな会話を交わしていると、アギト達の姿が見えなくなってしまったので、とにかく追おう、と二人はともに走り出した。走る姿を見ると、ビビッドの背中に掛けられる二本の薙刀型アクセスキーは邪魔に見えるが、慣れているのか、ビビッドはリリカよりも一歩前を行き、走っていた。
必死に走っているアギトとギョクだが、長い時間走り、体力を消耗しているからか、その速度は落ちてきていた。故に、リリカとビビッドは二人の姿にすぐに追いつく事が出来た。
「黒の融合武器さーん」
ビビッドが声を上げる。アギトを呼ぶが、アギトが振り返る仕草を見せる事はなかった。
「黒の融合武器なんて呼び方するからよ。私達の内輪の呼び方なんだからっ!」
そう、走りながらビビッドに軽い説教をくらわせたリリカは、一度息を深く吸い込んで、言う。
「アギトぉおおおおおおおおお!」




