10.そして集結する―3
「あら、おはよ……、」
「……あぁ?」
目の前には薄らと不気味な笑みを浮かべてニタニタと涎を垂らすギョクの姿。血まみれなのが余りに印象的だが、アギトはそんな事よりもまず、自身の境遇に疑問を持った。死んでしまったような記憶と、それを否定する現実の光景。
アギトの解決しないであろう疑問に、答えを誘導したのはギョクだった。ギョクは視線と指先でアギトの足元を指し示す。その間もギョクの顔からは不気味な笑みが剥がれず、異様な光景だったことは間違いない。
ギョクの指示に従う事に嫌気を感じながらも、アギトは彼女の細い指を辿る様にして足元に視線を落とした。
――そして、オラクルを見つける。
初めは理解できなかった。見覚えのある姿があるな、と思って次にやっと、それが死んでいると理解した。そして最後に、その死体がオラクルであると気付いた。
なんでここに、とまず思う。そして、どうして死んでいる、と口にしたくもなる。
「あぁ……? なんで、オラクルが……?」
アギトはオラクルの登場、そして死に困惑した。特別、オラクルの死を悲しもうとはしない。そこまでの付き合いはアギトとオラクルにはない。故にアギトは雰囲気に呑まれて嘆きもしない。だが、疑問に思う。現状と考えが一致しない。
そんなアギトを再びギョクが導く。
「貴方を蘇らせて死んだのよ。何の力かしらないけど、見てて不快だったわ」
普段の甘ったるさを感じさせないサバサバとした口調でそう呆気なくも言い切ったギョク。言葉に、アギトは眉を顰める。
ギョクが攻撃を仕掛けてくる様子がない、と気付いたアギトはそのギョクの余裕に甘えて自身の状態を確認してみる。オラクルのモノと思われる鮮血が恐ろしいばかりにこびり付いているが、アギト自身が負ったはずの傷は一つたりともない。
アギトは推測する。
アギトがあの一撃で死に、それを予知していたオラクルが助けに来たとする。そして、アギトを蘇らせ、傷も全て回復する程にまで力を使いきり、それで、死んでしまったのではないか、と。
ギョクを一瞥。そして、オラクルを一瞥する。
「成る程な」
小さくそう溶かしたアギトは、凛とした表情を掲げるように上げ、すぐ目の前のギョクを見据える。
「折角貰ったチャンスだ。無駄にはしないさ」
そう言って、鼻で笑う様に息巻くアギト。
「その状態からどうするか見せてちょうだぁい」
ふふ、と未だ笑むギョク。
だが、瞬間だった。待たせるつもりはない、と言わんばかりに――アギトの身体を拘束していた鎖が、砕けたのだ。そして、見えない力が付加されたと言わんばかりに、続けて、アギトの身体を貼り付けていた十字架も、一瞬にして、粉砕されたのだった。
オラクルが、何かしらの力をつけていたのだろう。アギトはそれを感じ取り、利用したのだ。
上手い具合に着地してやっと自由になったアギトは、未だ余裕を崩さないギョクを前にして、確認する。
(ギョクはアクセスキー含めて武器を所持している。一方の俺は武器はない……。とにかく、いなして、上手い具合に避けてこの部屋から出るしかない、か)
視線を上げる。そして、ギョクの後方にこの部屋唯一の出入り口を見つける。悟られないように、自然とギョクへと視線を戻して、アギトは吐き出すように言う。「面倒事は本当にごめんだ。これっきりにしてやる」
足元にオラクルには心中で「悪いな、ありがとよ」と呟いて、彼の死体を跨ぎ、これでアギトとギョクは障害物が全くない状態で向き合った事となる。
相変わらず余裕且つ不気味な笑みを崩さないギョクに、アギトは一歩迫る。そして――攻撃。
アギトの右拳がギョクの鼻面を狙う。だが、ギョクは首を少し動かすだけの余裕のある動作でそれを交わしてみせる。その程度なの? とでも言いたげな表情でアギトを見下して興趣を感じさせるが、アギトは、それで満足だった。
攻撃を当てる必要はないのだ。アギトは今、この部屋から出る事を最優先に考えている。攻撃をかわされようが、問題ではない。一瞬でも良いから隙を生み出し、ギョクよりも先にこの部屋から出なければならない。
アギトはすかさず次の攻撃に移る。それも容易く避けられてしまうが、問題はない。
攻撃を仕掛ける、という形でアギトは自身の身体の調子を確認していた。オラクルの身を削っての恩恵は確かに、アギトの身体に調子をもたらせていた。
(オラクルの力か……? 身体の調子が普段より良い気が……)
そう思いながらも、アギトは次々よ素早く、且つパワーのある攻撃を繰り出してゆく。それを、愉悦するかの如く避けてみせるギョク。彼女もアギトの狙いに気付いているのか、入り口を背にしたポジションは崩さぬまま、全ての攻撃を避けてみせた。だが、これもまた、アギトは気に留めない。
(ギョクの身体能力の高さは理解している。だが、俺だって負けるわけにゃいかねぇ)
アギトが狙うは――ギョクの反撃だ。
ギョクはまだ、楽しむように、また、アギトをからかうかの様に、攻撃の姿勢を見せていない。ただ、アギトの攻撃を避けるばかりで、部屋唯一の出入り口を背にした状態から動こうとしない。
攻撃を返されても、アギトはそれをいなせる自信があった。
自身の力が足りないというなら、相手の力をも利用して戦おう。という考えだ。攻撃する際の力のベクトルを上手い事受け流し、相手にもダメージを追わせる戦法。




