2.向き合う世界―12
そして立ち上がったアヤナが問う。
「っていうか今から行くの?」
返事は首肯。そして、当然だ、という答え。
今日は休みたい、と無言で訴えるアヤナにアギトは嘆息して、状況を説明する。
「お前、テレビみてなかったのか?」
「うっ……、」
アギトの言葉の通り、テレビを見ていなかった――テレビを見れる程心に余裕がなかった――アヤナは言葉を詰まらせて顔を真っ赤に染め、俯いてしまう。髪から肌から真っ白なアヤナが表情を赤く染めると、林檎の様な色合いになって大変可愛らしく見える。アギトはその姿に興味はないのだが。
はぁ、と嘆息してアギトは呆れつつも事を説明。要約すれば「ベータにてエラーから出現した怪物が暴れまわっている」との事。
聞いたアヤナはハッとして表情を上げる。目を見開いて、
「アタシ達の出番って訳ね!」
大変興奮した様子で、鼻息荒くアギトに迫る。
アヤナはアクセスキー保持者といえど、元老院にその身を匿われ、今の今まで箱入り娘だった状態だ。当然エラーも閉じていない。初めての事に、遠足を前にした小学生よろしく興奮しているのだろう。そこには当然、自身のアクセスキーであるあの巨大な鎌を振るいたいという気持ちもある。
「そうだ」
言いながら、右手でアヤナを押し退けてアギトは壁に掛けた黒のロングコートを手に取り、羽織直す。
「やる気出てきたわ~!!」
機嫌の良くなったアヤナは一人でガッツポーズしながら気合を入れている。その横をアギトは静かに通り過ぎて、こっそりと一人で出て行くのだった。
「あ、ちょ! 待ちなさいよ!」
4
二人はアギトが所持していたバイクに乗ってアルファから北上。ベータへと来ていた。ベータは内戦があったり、度々過激なデモや過激派のテロリストが集会なんかををするくらいだからか、その土地は巨大な外壁に囲まれていた。一部の人間はこれを『視覚化した国境』なんて呼んでその存在を掲げたりもする、が、アギトはそれに賛同する気はなかった。正確に言えば『興味がない』であるが、国に入ることが面倒になるため、負の方へと考えが僅かに倒れていたのだ。
二人は外壁の入り口で入国審査という名目の適当な審査を受けて、国へと入る。二人は元老院から手形となるモノ|(カードの形をした元老院の指令書)を持っているため、どこの国も素直に二人を通す以外の選択肢を選べないのだが。
そうしてベータの名もなくなってしまった首都へと来た二人は――早速戦うハメになってしまった。
「なんなのよ、もう!」
アヤナが純白の巨大な鎌で影を薙ぎ払う。
「これがエラーから出てきたのか?」
アギトの横一閃が無数の影を二分する。
荒れた廃墟が建ち並ぶウェスタン映画に出てきそうな――とてもじゃないが首都とは思えない――景色の中でアギト、アヤナは背中合わせで戦っていた。
二人の周りには無数の、犇く影、その数は二○○を裕に越える。姿は中世の騎士そのモノ。顔を隠す兜に軽く、かつ防御力まで考えた鎧。手には槍、盾、もしくは剣。それぞれが波となって一斉にアギト達に襲い掛かってくる。囲む様に陣取っているため、アギト達は逃げる事が出来ない。それに、数を撃退しても次の波が襲い掛かってくる。
――とにかく、斬り続けるしかなかった。
「面倒な事をしてくれる!」
そうして数十分もの時間が過ぎ去った。アギトもアヤナも、肩で息をし、必死に呼吸を整えている。そして二人の周りには無数の残骸。とは言っても、それは、脱ぎ捨てられた鎧の跡でしかない。斬り伏せられた騎士は、中身なんて最初からいなかったかの如くその場に崩れ落ちたのだ。
「っあ、くっそ……。なんなんだこの数……。つーかエラーも見つからねぇし」
愚痴を吐きながら、アギトはアクセスキーを柄に戻して腰のベルトに戻す。辺りを見回して、相等なかずを斬った事を実感して溜息を吐き出すしかなかった。
「アギト~……。もう疲れた……」
アギトの背後でへたり込んでしまうアヤナ。アヤナの小さな身体ではディヴァイドのサポートあるこの状態でも長い間の戦闘は体力に響くのだろう。アギトでさえ疲労感を抱いているのだ。当然である。
「ッ、とにかく。この付近にエラーはねぇみたいだしよ、情報収集するためにも……宿を探すか。それに、この状態で歩き周る気にはならねぇしな」
「そうよね……。早く休憩したい! お風呂入りたい! 寝たい!」
「だったら早く立て、ホテルか何か探すぞ」
言うだけ言って、アギトは歩き出す。転がる鎧を足で蹴飛ばして退かしながら、ズンズンと先に進んでいく。
「あ、ちょ、待ちなさいよ!」
気付いたアヤナは慌てながら立ち上がり、アギトを追いかける。慌てていたためか、鎧に躓いて転びそうになりながらも、やっとアギトの横に並ぶ事が出来た。
二人は騎士と戦った人気のない大通りから出て、脇道へと入って歩いていた。そんな二人はやっと呼吸の安定を取り戻して、会話を交わしながら進む。
「さっきのがエラーから出てきたバケモノ?」
「複数出てきたのは初めてだが、恐らくそうだろう。中身もねぇしそうとしか考えられない」
アギトは眉を潜める。言葉の通り、複数出てきたのはアギトも初めてみたのだ。その新たに浮上した異常に違和感を感じていたのだ。
そんなアギトの様子を覗き込んでアヤナは必死についていこうとして思案する。
「んー。って事は、もしかすると今までと何か違うって事?」
「もしかしなくてもそうだろうよ。俺は今まで単体でバケモノが出てきた光景しか見てないしな。俺以外にエラー探し回ってる人間ってのもいないだろうしよ」
「そうよね。エラー周ってる物好きってのもそうはいないわよねー……」
「俺が物好きってか?」
「違うわよ! 一々凄まないで! アンタ身長高いから迫力あるの!」
怒鳴るように言い返したアヤナは涙目だったかもしれない。
そんな凸凹なやりとりを交わしながら二人が質素な道を進むと、歓楽街の様な場所へと出た。が、やはりそこは寂れている。歓楽街、廓、そんな跡が微かに残るだけで、この付近一帯は廃墟が連なっていた。
そんな光景を見てアギトは大いに呆れた。嘆息し、苛立ちまで見せる。
「オイオイオイ! 内戦があったにしても酷すぎるだろこの現状は! 土地勘もねぇのにこれじゃどうやって探せってんだ!」




