10.そして集結する―2
ふふ、と吐息を吐き出す様に笑んだギョクは「これで終わった」と上機嫌で踵を返した。背後にはアギトの身体が粒子となって消えそうな光景。薄暗い部屋には程よい灯りをともしていて、ギョクを上機嫌にさせるネオン的な雰囲気が散っていた。
だが、前方。ギョクが振り返ったそこに――預言者はいた。
「へ、」
ギョクも思わずそんな間抜けな声を漏らしてしまう。余りに突然だった。扉が開いた気配はなかった。いや、そんな事よりも、まず、預言者の背後には最初から無かったといわんばかりに扉の姿がない。ありえない、光景だった。
「邪魔だ」
オラクルの長い白髭の隙間から漏れた第一声は、恐ろしく冷たい、それだった。
はっ、とギョクが「老人に何が出来る」と息巻いたその瞬間――オラクルの実力が露見した。
オラクルがふっと右腕を伸ばし、ギョクにその掌を向けると、どっ、とギョクの胸元にハンマーで殴りつけたかの様な衝撃が走った。それと同時、不可視の力が作用し、与えた衝撃以上の衝撃が、ギョクを襲った。そして、容易く吹き飛ぶギョクの細身の身体。浮き上がり、天井にぶつかったかと思うと、不自然に左へと飛び、身体を壁と衝突させ、床に落ちる。
「ッは、」
苦痛の吐息がギョクから漏れる。が、オラクルはそんなギョクを無視して、ギョクが起き上がる前にアギトの前へと立つ。その時既に、アギトの身体の半分以上は粒子として四散していて、死の色を見せていた。
オラクルが正面に立とうが、当然反応はない。ギョクのアクセスキーがどう作用したのかは分からないが、明らかな死が見えていた。
「顎よ。お前が居なくなれば、世界は終わるぞ」
静かにそう言うオラクル。その背後で、怒りの不気味な笑みと焦燥を表情に貼り付けたギョクが起き上がる。
続けて、右腕をアギトへと伸ばして、オラクルは静かに言う。
「ふむ……。まぁ……こういう時のため、俺は無様にも延命して生き残っていたのだが……」
背後のギョクが完全に立ち上がり、して、オラクルを「面白い」と感じたギョクは早速と攻撃を仕掛ける。だが、ただ首だけで振り向いたオラクルが軽く左腕を振るうと、ギョクは何故なのか容易く弾かれ、部屋の外の通路まで吹き飛ばされ、背中から落ちる。ギョクは吹き飛ばされても、ふふふ、と不気味に笑みながら、即座に立ち上がってオラクルへと向かってくるが、
「うぬ」
オラクルが左手でさっと動作を見せると、扉がなくなっていた位置に――扉が出現した。いや、扉ではない。壁だ。完全に、空間を塞いでみせたのだ。
そう、これは、オラクルのソーサリーとしての力だ。これまで、今までにない異常な程の力を持ったソーサリーである。間違いなく、世界一の力だ。そんな力を持っていたのだ、オラクルは。故に、オラクルは身を隠していた。故に、オラクルは世界を読める。
壁となってしまった向こうからは、ギョクが恐ろしいばかりの力で壁を壊そうとしている様で、室内にはおぞましい音が反響して止まない。
アギトの身体を還元する光の粒子だけが光源となる部屋。
「……ユイナ。お前の意思を、俺はわかったか……?」
アギトを見て、不意に、そう呟いたオラクルは――アギトに触れた。
瞬間。アギトの身体から剥がれるようにして宙を舞って消滅しようとしていた光の粒子が――収縮するように、アギトの身体へと戻り始めた。花火が爆発する光景を逆再生で見ているようだった。
どういう力なのか、最早、ソーサリーの力の範疇からも超えた光景だった。
「……ぅ、っ、あ、……ぐぅ」
アギトの身体が戻っていく(切り落とされた腕も、還元され、戻りつつある)につれ――どうしてか、オラクルは苦しそうに吐息を漏らした。
限界だったのだ。死に体を蘇らせようなんて事は、オラクルの異常なソーサリーの力でも、一気に衰退させたのだ。いくら力があろうとも、それは有限だ。無限に近い力を持っていたソーサリーでも、どうしても、限界を向かえる時が来る。きてしまう。それが、今だった。
そうして、暫くの時間を掛けてアギトを『蘇らせ』たオラクルはその時点で、膝から崩れ落ちた。どさり、という彼が地に落ちた音と同時、壁が砕ける音。ギョクが、オラクルの作り上げた壁をぶち破って部屋の中へと進入してきたのだった。
「――あら?」
異様な光景にギョクも思わず首を傾げた。飛散したはずのアギトの身体は元に戻され、そして、その足元でギョクを容易く吹き飛ばしたオラクルが無様に倒れているのだ。先の光景や理由を把握していないギョクにはさっぱりな光景であった。
「ふん。まぁ、いいわぁ……。ふふふ……」
不気味に笑ってみせたギョクは足元に転がるオラクルを踏みにじり、アギトのすぐ前に立つ。アギトのうな垂れた顔を覗き、吐息と共に吐き出す。
「へぇ、……こんな事、出来る人もいるのねぇ……」
人を蘇らせるという荒業もとい神業を可能とする人間が、この世界にいたのか、と戦闘狂であるギョクも思わず感心してしまった。その興味を示すかの如く、足の下のオラクルの動かなくなった身体を踏みにじる。
と、その時だった。ぱちり、とアギトの瞳が開いた。
オラクルの話しについては『ディラック・アーカイブス』を読んだら分かると思います。分からなくても、問題ではないので、気になる方だけ読んでみてください。




