9.阻害された場所へ―16
「じゃあ、早速」
そう静かに言って、舌なめずりを見せて右手のメリケンサック型のアクセスキーを掲げるギョク。良く見れば、その形状は異質だった。メリケンサックと呼ばれて想像する指にはめる連なったソレは指それぞれにはめることが出来、指が動かしやすいように分断されている。指輪をそれぞれの指にはめているようだ。そこからは洒落た細いチェーンが伸び、手首に巻かれるスパイラルのリングに繋がっている。全てが純白。一件すればアクセスキー、武器、であるが、アギトという視点から見て、ギョクという人間がそれを持つと、悪魔の武器にしか思えなかった。
思考する暇等なかった。アギトが刀状のアクセスキーを構えたその瞬間。ギョクが疾駆した。あまりの脚力にギョクが蹴った地は激しく穿たれ、砂塵を舞い上げた。
ギョクの接近はほぼ一瞬。瞬きする暇もなくアギトの鼻面の先にその可憐且つ恐ろしい姿を出現させた。
「ッ!?」
アギトは防御よりも回避だ、と察した。まだ、ギョクのアクセスキーのスキルは判明していない。武器が剣でない以上は無闇に打ち合いも出来ないのだ。
横に転がるようにアギトが避けると、それを把握していたとばかりにギョクの蹴りが放たれた。アクセスキーを掲げておいて、使う必要がない、と言わんばかりの一撃だ。ギョクの細い足からは想像も出来ない恐ろしい力がアギトの横っ腹に炸裂する。
「グッ、」
だが、アギトも数々の戦場を経験してきた猛者である。その一撃を受ける際に巧みに身体を動かし、ギョクが狙ってたであろう急所から僅かに一撃をさらして耐える。そのまま、蹴られて事で身体が転がる勢いを利用してアギトは立ち上がり、刀を構えなおす。
舐めるようなギョクの視線が彼女の興趣を見せていた。戦う事で得られる快感を存分に感じているようである。
対してアギトはただ、苦渋を噛み締める。戦いたくない相手と戦い、足止めを喰らっている状態。当然だ。
「くそったれが」
そう、吐き捨ててアギトも攻撃を仕掛ける。スキルは恐ろしい。だが、発動させない、と構えて。
アクセスキーを振るい、刀から巨大鎌へと変形させ、両手でソレを構え、疾駆。それに合わせるかの如く、ギョクも構えを直して疾駆した。その表情には不気味な笑みが張り付いている。まるで、やっと戦う気になったかアギト、とでも言っているようだった。
――だが、
「面白い武器もってるわねぇ、でも、見世物ショーはいらない」
突如として、ギョクが動きをみせた。
右手に纏わり付くように装備されていたメリケンサック型のアクセスキーが、形状を解き放つように分解され、右手から離れて宙を舞った。
「!?」
アギトの足はその光景に思わず止まる。
だが、ギョクは止まらない。
分解され、粒子状となったアクセスキーは空中でその形を組みなおし――巨大化した。それは、ギルバの背後にたった悪魔を思い出させる一撃。ギョクの右手と連動して、宙に浮いた『右腕』が動く。それは、確かな一撃となって、アギトへと真っ直ぐ、一直線に向かう。
快心の一撃だ。新幹線と真正面から衝突するかの様な、恐ろしい一撃。
(まずい……!?)
一瞬で判断する事が出来た。これは、防ぎきれない、と。
だが、飛び出して避ける事が出来る暇もない、とも判断できてしまった。
「くっそぉおおおおおおおおお!!」
アギトは咄嗟にアクセスキーを盾状に変化させて前面を全て防御出来る様にするが――衝突。
重すぎる一撃がアギトの盾状のアクセスキーに衝突したその瞬間だった。盾は、アクセスキーは、粉砕した。龍の業火でさえ耐え抜いた盾は、耐え切れない一撃に砕け、形状をデフォルトの柄へと強制的に戻してしまった。そして、アギトのその身と一撃の衝突。
事故としか表現できない轟音が辺り一帯に放射状に拡散されたと同時、一瞬にして、――アギトの身体は吹き飛んだ。
真後ろからワイヤーで強制的に引っ張られるかの如く吹き飛んだアギトの身体は、この施設を囲う瀬の高い外壁を砕いて、やっと、止まる事が出来た。
砂塵と外壁の破片が舞い上がり、景色を歪ませる。その光景を僅かに離れたところから満足気に眺めるギョクはまた、不気味な笑みと舌なめずりで光悦の表情を作る。
「フフ、……フフフフ……。今の一撃で借りを返したつもりはないわよぉ……」
舌なめずりする薄い唇の隙間から吐息混じりの艶かしい声が漏れる。と、同時。
「く……くそが……。本当、タイミングの、悪い時に……出てきやがって……」
舞い上がる砂塵を掻き分けるようにして――アギトはよたよたと覚束無い足取りで姿を見せた。右手にアクセスキーが握られているが、左手はその右腕を庇う様に添えられている。盾を砕かれ、一撃を喰らった際に右腕に大きなダメージを負ってしまった様だ。
ふらり、ふらりと揺れるアギトの影。あのおぞましき一撃は大きすぎた。
同じ七人の龍騎士でも、今までの戦い方で力の差、相性が浮き立つのは当然だが、この差は恐ろしかった。ただ、相手を打ち負かせるがために戦い続けてきたギョク。その戦い方は虐殺と言っても過言ではない。そして、ただ傭兵を続け、その後世界を守るために戦ってきたアギト。打ち合い、鍔迫り合いからの機転の利かせた戦いは確かに、ギョクよりも誇れる。だが、虐殺、という一方的な戦い方で圧勝、そして、拷問めいた戦いを経験してきたギョクは――苦戦をしらない。故に、単純な『勢い』を持っていた。鼻から負ける事を知らないギョクは相手がアギトであろうが、容赦なしの全力を叩き込む。そして、一撃必殺の攻撃。故に、アギトは圧されてしまった。
アクセスキーを振るい、刀へと変えるアギト。だが、そこに力は見えない。
「そうよぉ……そう。そうやって立ち上がってくれるから、龍騎士とくくられた中でも最強の貴方と戦う価値がある」
「ふっざけんな。……俺ァ、最強なんて名乗っちゃいねぇよ。周りが勝手に騒いでるだけだ……」
そう吐き捨てる様に言って、アギトはもう一度、アクセスキーを振るう。と、アクセスキーはアギトの掌から離れて浮き、背中へと回って装着される。強化骨格状へと変化させたのだ。負傷した今、身体の機能を向上、補助させる強化骨格は今のアギトには必須ともいえよう。




