9.阻害された場所へ―14
突然の提案と、謎の『旧友』という言葉に首を傾げるばかりのエルダ。だが、アヤナはそんなエルダを気にも留めず、さっそく、と向かう向きを変えたのだった。
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世界のエラーの侵食は、アギト達数名が頑張ったところで結局、進行を遅らせる程度もままならない。それでも彼等は戦っている。承知した上で戦っている。全てを把握した上で、世界を滅びの道から脱しようと身を削っている。
だが、――彼等だけなはずがなかった。
力を持つ者、というフレミアの選別は思いのほか範疇が広い。『力』とは、戦力であり、知識量であり、行動力であり、その他諸々の何か、である。当然、フレミアがアクセスキーを托した人間の一部は悪となり、アギト達の前に立ちはだかった。だが、逆もまた然り。
アギト達の様に、アクセスキーを正義のために振るう者達もいたのだ。
「黒の融合武器と強化骨格がミューに。白の巨大鎌とハンドアクスがヘータ付近に、と彼等は行動を別にしたようだね」
場所はアルファ。広いが、薄暗さのせいでせまく見えるこの部屋は会議室のように長テーブルが並べられ、それぬい合わせて八の椅子が添えられている。壁一面には何かを映し出しているモニターが並べられていて、それらは忙しなく様々な光景やデータを映し出していた。
その片隅に、少女はいた。腕を組み、壁に寄りかかる一五○程の身長に長い黒のツーサイドアップ。装備は軽鎧で、戦士である事を暗示させた。腰には細剣がぶら下げられていて、その色は薄暗い部屋でも映える純白。アクセスキーに違いなかった。
部屋の奥で、この部屋の複数のモニター全てを管理する男からの言葉に、彼女――リリカ・デミトナは頷いて応える。
「そう。で、赤毛の戦士の情報はあるの?」
対して部屋の置くで近未来化としてシャープ且つスマートに設計されたパソコンと向き合う男――ニオは、首だけで振り返り、リリカを見る。彼の側に置かれる武器は極普通の剣だが、彼の顔には純白の、サングラスが掛けられていた。アクセスキーなのだろうか。
ニオは言う。
「僕が見つけられないんだ。誰だって見つけられない。赤毛の戦士だけは今も追跡できそうにない。そもそも、この電脳世界で痕跡一つ残さないってんだから異常なんだ」
そうとだけ言って、ニオは再び首を戻す。
と、リリカのすぐ横にあるこの部屋唯一の入り口が突然開き、一人の男と二人の女が入ってきた。
男は体格の良いスキンヘッドの黒人で、気前の良さそうな顔立ちをしている。優しそうとでも言うか、そこに厳つさはまったくなかった。
男の名はキューブ。背中に携えた一メートル半もの身の丈を持つ純白の大剣が彼の、アクセスキーである。
「ただいまー。もう最近ほんっと危ない感じだよね。いつディヴァイドが滅びてもおかしくないっていうかー」
キューブの横からひょいと顔を覗かせる少女。ツインテールの髪が幼さを演出させている。小さなその少女の名は――メル。両手を守るガントレット(ガントレットとは本来防具の類であるが、アクセスキーという分類であるがため、武器となる)が彼女のアクセスキーである。見て分かる通りの完全近接型の戦士だ。
「そういう事言わないのよ。メル。私達はそうしないためにこうやって集まってるんですもの」
今にも走り出しそうな元気を持余したメルの頭にポンと手を置いてキューブの横から出てきたのはすらりとした長身に腰まである真っ直ぐ伸びた黒髪が目立つ、御淑やかな印象の女性だった。彼女の名は――ビビット。ベルトによって背中に回された二刀の純白の薙刀が彼女のアクセスキーだった。
「お帰り。メルの五月蝿さは相変わらず……って事は大した事はなかったみたいね」
そう言って、リリカが壁に預けていた体重を持ち上げる。
「つってもよぉ。リリカ。それでも、メルの言う通り、エラーの増殖は問題視しなきゃならねぇだろ? どんだけ閉じても、いくらでも、増えやがる。一歩進んで二、三歩戻ってる勢いだ」
ボリボリと後頭部を掻きながら、まいったなぁ、とキューブ。そう言いながら部屋に進入し、適当な位置の椅子を引いて彼は腰を落ち着かせる。その際、大剣は側にかけておく。
「そうですね……。やっぱり、各所にいる所有者と連絡を取り合って、計画的に動いた方がいいのかもしれませんね……」
そう言いながらビビットも適当な位置の席に腰を落ち着かせる。その間にメルもキューブの近くの席に落ち着いた。
「そうは言っても、黒い融合武器みたいに野良やってる連中の方が多い。力として形にするには相等むずかしいわ」
言って、リリカも腰を落ち着かせる。
と、そこでニオがクルリと椅子を回転させて全員と向かい合う。
「その通りだね。でも、方法がないわけではない」そう演技めいた口調で言い放って、ニオは全員を一瞥した後に続ける。
「今、所有者の中で、一番知名度があるのは誰か分かるだろ?」そう言って、ニオはメルへと視線を投げる。応えろ、という視線の合図だ。気付いたメルは適当な口調で答える。
「そりゃあ……赤い戦士か黒の融合武器のどっちかでしょ。でも、活躍的には黒の融合武器かな?」
「正解。黒の融合武器こと、アギトだ。エルドラド大陸では七人の龍騎士の一人とか呼ばれてもいた。赤い戦士も確かに知名度はある。だが、黒の融合武器とはまたベクトルが違う有名だね。じゃあ、黒の融合武器の知名度はどれほどのモノだと思う?」
そう言って、次にニオの視線が向かったのはビビットだった。ビビットは一度間を空けて、応える。
「今現在、生きているアクセスキー所有者ならば、八割は彼の存在を名前や姿が一致しなくても、知ってはいるでしょうね」
「その通り。つまり、だ」
そう言って、ニオは次にキューブへと視線を投げる。
「へ?」
キューブは話しの意味が理解出来ていなかったか、それとも突然のバトンパスに慌てたか、そんな間抜けな声で怯んでしまう。そんなキューブに溜息を返した後、ニオは視線を流してリリカへと向ける。




