9.阻害された場所へ―13
セオドアの脱ぎ捨てた白衣がひらひらと僅かに宙を舞って転がる実験体の上に被さるように落ちる。
――強化骨格。確かに、ソレならば、老体を補助して十二分に動き回る事が可能だろう。だが、まだ腑に落ちない点はある。
「成る程な。……もう分かったってんだ。隠してるモン、全部吐き出しちまえよ」
レギオンは言う。レギオンは察していた。あの、消えるような動き。まるで最初から存在しないかの様なのらりくらりとした存在。それは、まず、強化骨格一つでどうこうできるモノではない。
セオドアはアクセスキーと同等のモノを作る技術がある。それは疑う余地がない。つまり――まだ、『ある』という事。
対してセオドアは低く笑ってみせ、自嘲し、言う。
「ククク。それがヒントを貰う立場の物言いか? まぁ、良い。見るが言い。そして、絶望しろ。これで貴様の勝利がないと気付くだろう」
言って、吐き捨てるように言って、セオドアは右手を掲げ、マジシャンの様に気取って、指をパチリと鳴らした。その音が反響し、この死体だらけのドーム状の空間に浸透したと同時、ソレは、現れた。
セオドアの周りに突如として出現したアクセスキーの様な『無数の武器』。それらは宙を漂い、セオドアの周りを飾っている。その様子はセオドアの所有物だ、と表示しているようである。
漂う様々な武器の数々を見渡し、嘆息するレギオン。「ある意味、予想通りで予想外だ」
「質と量だからな」
気取って返すセオドアがそう言うと、漂っていた武器は空気中に溶ける様に消滅した。次々と姿を消し、消滅――と、いうよりはどこか別の空間に格納されていくようだった。セオドアの開発した特別な技術だろうか。それとも、アヤナのアクセスキーのスキルの応用だろうか。
「これで分かっただろう。私の身体は確かに老いている。老体そのモノだ。だが、私には技術という武器がある。それも、圧倒的な。……そして対人が苦手なお前だ。結果は見えているだろう」
ニヤリ、と笑んでみせるセオドア。対してレギオンは、呆れたように、また、強がったように言う。
「何か勘違いしてるようだから教えてやる。俺が対人戦が苦手なのは、力の制御が難しいからだ。そのまま乱雑にふるってみろ、ここら一帯がふきとんじまう。特に、相手の死体を残す場合や生け捕りの場合、近くに味方や一般人がいる場合、俺の全力は出せないんだ」
言って、実験体が転がる一帯を見渡して、レギオンは言う。
「だが、現状。珍しくも、無理な状況に当てはまらないようだ」
そして、両者とも構える。互いに同じ武器を装備したまま。
アギトが施設を見上げたその時だった。施設の一角が、吹き飛んだ。超至近距離から大砲をぶちまけたかの様に、壁やら何やらが、派手に吹き飛んだ。その光景を見て、アギトは呟く。
「やりすぎだっての、レギオン。近づけやしない」
呆れた様にそう言ったアギトは腰に戻していたアクセスキーを手に取る。柄状にしまっていたソレを軽く振って、今や使い慣れた刀状に変化させる。
ふぅ、と一度の溜息。そして、アギトは歩き出す。施設内へと戻る様に。
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「あ、アギトから返事だ」
ヘータから出て、適当にふらふらとしていたアヤナの携帯にアギトからの連絡が入った。隣を歩くエルダも興味を持って顔を覗かせる。エルダにも見せようと、アヤナは携帯を展開し、可視状態へとする。
そして、メールを表示させる。
「…………、」
「アギト、手が早いね……」
返ってきた返信を見て、二人の時間は一瞬だが止まった。今から、ギルバと接触しようとしていた矢先に――アギトがギルバを殺したという報告。タイミングが、悪すぎた。
無言のまま、携帯の展開を閉じて、アヤナは大きすぎる嘆息を吐き出す。あまりの大きさに、偶然近くを通り過ぎていた一般人がビクリと驚く。
「どうする?」
先手を打つように、エルダがアヤナのフードの下を覗き込む。問われる側に回りたくなかったのだろうか。
エルダの問いに、うーん、と唸って考えるアヤナ。この光景も最早見慣れたモノだった。そんなデジャヴにエルダは思わず表情を綻ばせる。親と子の様な関係であり、友人の様な関係でもある。
「よし」
「よし?」
不意に表情を上げたアヤナの大きな瞳には闘志の様な何かが灯っていたような、気がした。
「エルドラドに、戻ろうかな!」
不意に声を上げるアヤナ。対してエルダは首を傾げる。
「どうしてまた? 私は行ってみたいし別にいいんだけどね?」
うんうん、と頷きながら、アヤナは言う。
「エラーを閉じるのは当然今までどおり、閉じながら――ちょっと旧友の確認に行こうかなって」
「旧友?」
「うん、目的がないし、まだ、アギトと合流しないだろうしねー」




