9.阻害された場所へ―12
続けて、浮いたレギオンの身体にどこから振り落ちたかも分からない一撃が叩き込まれ、レギオンは容易くも吹き飛んだ。倒れた実験体の上を転がり、先の場所から数メートル程離れた位置にやっと落ち着く。散々攻撃を与えられ、吹き飛ばされまでしたが、強化骨格型のアクセスキーによる補助で、ダメージはそこまでなかった。すぐに立ち上がり、レギオンは辺りを警戒する。
だが、姿が見当たらないセオドア。
(どうなってやがる……? ただでさえ人型の相手は苦手だってのに)
レギオンは何回か回ってこのドーム状で障害物のない施設内を見渡すが、そこに、先程まであったはずのセオドアの姿はなかった。攻撃だってしてきたはずで、その姿がないのは異常だ。不気味で仕方が無い。
戦慄し、張詰める雰囲気。敵は見えないが、いつ降りかかってきてもおかしくない攻撃。
「…………、」
レギオンが警戒を強めた、その時だった。
「何をしている」
レギオンの遥か後方から、声。当然セオドアの声だ。反応し、レギオンは即座に振り返る。見ると、遥か遠くに白衣の姿を見つける。
「どうなってんだ、こりゃ」
呆れた様に言うレギオン。後頭部を掻きながら、いかにも気だるそうにするその様は、レギオンの余裕が見えていた。攻撃はくらいこそ、事実、ダメージは零だ。これくらいの余裕は演技なしで当然持っている。
「この仕様を見抜けない限り、お前では私に勝てないだろう」
対してセオドアは、その余裕を上書きしてやるかの如く、そんな事を嘯く。これも余裕の表れだ。セオドアの言う『仕様』というのは、つまり、攻撃やセオドアの存在自体に何かしらのトリックがある、というヒントでもある。そして、『勝てないだろう』、という言葉は、一撃必殺の強烈な力を持つレギオンを相手に使うならば、それは、使用を見抜けなければ一撃も当てられない、というヒント。
これだけの余裕を見せられて、苛立たないわけがなかった。
「くっそ……」
苛立ちと、忌々しい気持ちが入り混じり、レギオンは苛立つ。沸騰するかの様に沸き脱感情にレギオンは反発する事なく素直に従う。
だが、冷静でもある。現実を見ていない、という訳ではない。
(とにかく厄介だ。もう対人だからって力をセーブする気にはならねぇけどよぉ……。攻撃が当てられないってのァ、不便だ。極まりない)
ジリ、と足に力を込める、ズボンに隠れて見えやしないが、レギオンは足を武器に変化させて、強化させた。
今見えているセオドアの影はレギオンの位置からおおよそ一○メートル。足元には実験体が無数に転がっているが、強化されているレギオンにとってそれらは障害にはならない。
『仕様』の理屈、仕組みが分からない今、レギオンはセオドアの反応を超えた人知外の速度で距離を詰め、反応出来ない速度で攻撃を叩き込むしかない。
瞬間、レギオンは爆発的な勢いで疾駆した。空気を越え、音速の速さでレギオンは一瞬にして詰め寄る。そして、すぐ眼前にレギオンの表情が迫る。だが、その表情は――笑み。淀みに淀んだ不気味な笑み。見下すような視線に加えて引き裂く様な口元。狂気の実験を繰り返してきたマッドサイエンティストには相応しい笑みであった。
やはり、レギオンの攻撃は空を切った。すぐ、目の前にいたはずなのに、セオドアの姿は一瞬にして消えて、レギオンはただそこを通り過ぎるに留まってしまう。
勢いを無理矢理に殺して、レギオンは即座に振り返る――だが、一瞬だった。眼前に何かが迫っていた。確認できたのはすぐ鼻面の前にそれが迫ってしまっていた時。反応が間に合えど、避ける事は出来なかった。
「ぶっ、」
レギオンの鼻面を叩くは拳。拳は――セオドア。
見た目の年齢に相応しくない強烈な打撃にレギオンの身体は耐え切れずに吹き飛んだ。数メートルノーバウンドで飛ばされ、地に落ちて転がる実験体を散らしながら更に数メートルも飛ばされた。強化骨格の調整によりある程度のダメージは軽減されているが、顔は殆ど対象外と言っても良い程に強化されず、それに、異常な力によってレギオンは初めて痛手を負ってしまった。
「くっそ、何だってんだ!」
即座に起き上がり、レギオンは顔を上げる。すると、数メートル先にセオドアが見えるデジャヴな光景。思わずレギオンは苛立つ。
「アクセスキーくらい、容易いモノだ」
無様な姿のレギオンを見下す様に笑い、そう、セオドアは告げた。
「……どういう事だ?」
訝るように眉を顰めて、レギオンが問うと、セオドアは得意げに返す。
「貴様等が得意げに振るう強力且つ異質な武器、アクセスキーなど、我が技術を持って擦れば相応のモノを作り出せるという事だよ!」
そう言って白衣を脱ぎ捨てるセオドア。その下に見えてきたのは――レギオンの強化骨格型アクセスキーと良く似た、ソレだった。




