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2.向き合う世界―11


「それは本当か……?」

 驚愕して目を見開くアギトに、ヴェラは首肯で返して言い放つ。

『今やメディアにも取上げられていますよ。知りませんでしたか?』

 アギトは首を横に振る。そういえば最近忙しくてテレビをつけてないな、と思って僅かに反省の姿勢をする。

 と、そこでアギトは何気なしにアヤナに視線を投げた。すぐ隣にいるのだ、これくらいの仕草は許されるだろう。アギトの眼下二○センチ程下にアヤナの真っ赤に染まった表情――、と、目が合った。

「何よ?」

「いや、なんでもない」

 言って、アギトは視線を元老院へと戻す。そして、溜息を吐き出す様に、吐露する。

「……じゃ、俺はこのチビを連れてエラーを閉じて周ればいいんだな?」

 最終確認。アギトはじっとヴェラだけを見据える。右席にプライドにも左席のクライムにも、隣で「チビいうなー!」とギャアギャア騒いでいるアヤナを片手で制しながら、じっと、見据える。

 その数秒後、ヴェラの首肯。それ以上の言葉はない。アヤナを連れて行く事以外に文句を付ける気はどうやらないらしい。

 かくして、アギトはアヤナという荷物を抱えてエラーを閉じる旅へと出る事となった。余談であるが、アギト達の資金援助を元老院が申し出てくれたお陰で、アギトは傭兵業をなさずに生活を保障され、エラーを閉じる事に専念できる事となったのだった。




   3




 中央塔を出て、アギト達は北東の大陸、エルドラド大陸へと戻っていた。

 アギトの自宅がエルドラド大陸にあり、とりあえず情報を集めるがために戻ってきたのだ。

 エルドラド大陸の三分の一の面積を占めるアルファという国。そこは東西南北あちらこちらへと行く度に、田舎から都会、海に森と様々な景色が見れる観光地として有名な国である。アルファの南、そこに位置する閑静な住宅街の一角にアギトの家があった。

「お、大きい……」

 アギトの自宅――二階のある一戸建ての大きな家を目前にして、アヤナは関心したように呟いた。

「お前が小さいから大きく見えるんだろ」

「またそういう事を言う!?」

 アギトは騒ぐアヤナを適当にあしらって、家敷地へと足を踏み入れる。続いてアヤナも進入する。簡易的な門を潜って玄関扉の鍵を開け、玄関へと侵入する。そのまま二人は中へと入り、二階へと上る階段を通り過ぎてリビングへと出る。

 テレビ、ソファー。カウンター越しのキッチンには冷蔵庫もある。見てくれだけ見れば両親に子どもの家族が住んでいても可笑しくはない様な設備だった。

 それらを見て、アヤナは子どもの様にはしゃぎだす。

「すごい! ねぇねぇ、なんでアギトってばこんな場所に住んでんのよ!?」

 グイグイとアギトの黒いロングコートの裾を引っ張りながらアヤナは目を輝かせ、リビング内を見回している。一方でアギトは「なにをそんなに」状態である。もとよりここはアギトの自宅だ。アギト自身が驚いてしまうと話しはまたややこしくなるのだが。

 アギトはロングコートを脱ぎ、壁に掛けて身を軽くすると、そのままソファーの前に設置される木製のテーブルの上にあるリモコンを取り、テレビの電源を付けた。今で言うところの五○型程の大きさのテレビ画面にはニュース画面が映し出される。ウエストが細く、くびれが綺麗なキャスターが取り扱うはやはり『世界中に蔓延するエラーについて』の事。

 やはりか、という言葉を口の中で溶かしたアギトは、そこでやっと気付く。

「ん? アヤナ。座らないのか?」

 ソファーの傍らで似合わずモジモジと恥ずかしげにしているアヤナの姿に気付く。アヤナは表情を真っ赤に染め上げて、俯き、そして、モジモジ。

「……別に立ったままでイイってなら文句は言わねぇけども」

 言って、アギトは視線をテレビへと戻す。今まで傭兵として生活してきた身だ。女を連れ込む暇はなかったし、こうやって女と同じ部屋にいる事もなかった。が、アギトはアヤナをまず異性として意識していない。そんな事が相まって、アギトは朴念仁の様な立ち居地に立ってしまったのだ。

 視界から外れた所でアヤナがむくれてプンスカと密かに怒っているのだが、アギトは当然気付かない。

「も、もう! す、すすすす、座るからね!」

 声だけは届くのか、アギトはテレビに視線を投げたまま肩越しに手だけ振って、どうぞどうぞ。

 アヤナは表情を真っ赤に染め上げて、身体を震わせながら、錆付いたロボットみたいなぎこちない動きでなんとかソファーへと腰を下ろす。アギトとの距離は約三○センチ。アヤナの視線はその隙間に釘付けでテレビには向かわない。それどころか音声さえも耳に入っていないようだ。

(詰めても……いいのよね……? っていうか、テレビ見えないし! 見えないし!)

 ズズズ、と石をずらす様にアヤナの身体がゆっくりとアギトに近づいてくる。

「……バケモノの出現か」

 テレビに視線を釘付けにして表示されたテロップを見てそんな事を呟くアギト。当然アヤナの接近には気付いていない。気付かない。

(も、もう少しだけ……っ!!)

 そして、気付けばアギトとアヤナの距離は一○センチ程になっていた。時間を掛けてゆっくりと近づいたお陰か、アギトは相変わらずアヤナに気付かない。もしかすると、座っている事にすら気付いていないのかもしれない。

(そういえば……。こんな男の人と一緒にいるのは、初めてかも……)

 そう考えると、アヤナの恥ずかしさはもっと上がるのだった。頬を真っ赤に染め上げて、筋肉が固まって動きずらくなる。もう少し、もう少し、と動かない筋肉を無理矢理に動かしてアギトへと近づき――その身が触れるという所で、

「よっし。ベータに行くぞ」

 アギトは唐突に立ち上がった。予想外の出来事だったのかアヤナは慌てて飛びのいて始めにいた場所にまで戻って何故か背筋を伸ばして緊張した面持ちで座りなおす。

「アヤナ、ベータに行くぞ。……アヤナ?」

 そしてやっと、アギトは気付いた。

「何をそんなに緊張してんだよ? 俺は野蛮人じゃねぇって」

「べ、べべつにそんなんじゃないわよ!」

 叫ぶようにいって、アヤナも立ち上がる。

 ベータと言うのはアルファの隣国にあたる内地の国だ。ついこの間まで内戦があり、状勢は未だ良くない荒地と言っても過言ではない荒れた国である。


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