9.阻害された場所へ―8
「くっそ」
体の振りを止めた鬼の首筋に立つアギト。即座に突き刺した刃を引き抜いて、僅かに跳び、鬼の左肩の上へと足場を移す。斜面も斜面だった首筋よりは足場が良いか、その上でアギトはアクセスキーを振るい、槍の形へと変化させ、振り向こうとする鬼の頬目掛けて突き刺した。
手には確かな感触。だが、巨躯を誇る鬼にとってそれは大したダメージにはならない。僅かに切り裂く程度で終わり、鬼の右手がアギトを叩き潰そうと、自身の左の肩に伸びてくる。
「チッ、」
即座に肩を蹴って跳び、アギトは鬼の背後に落ちる。その際にアクセスキーを節剣へと変化させ、伸ばす。切っ先は逆の肩へと伸び、刀身を縮め、アギトを鬼の右肩の上へと運んだ。
着地し、アギトは嘆息と同時に吐き出す、「仕方ねぇか」
そしてアクセスキーを一振り、そうして、アギトの右掌に収まったのは――レギオンの、アクセスキーと同等のソレだった。そうだ。巨躯を誇る相手を倒すとなれば、この力が一番に手っ取り早い。確かに、レギオンは元来よりある異常な力をプラスして、のあの力だが、それに劣りはしても、そのアクセスキーの力が十二分にある事に間違いはない。
右掌から背中へと自然と移動したアクセスキーはアギトの漆黒のロングコートの背面にピタリと張り付き、そこから四肢へと薄いロープの様な補強装備を延ばして、アギトの体へと纏った。
そして、
「オォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
アギトは自身を奮い立たせる雄叫びと同時、利き手である右手の拳を、今まさに動こうとしている鬼の肩に叩き下ろした。そして広がる衝撃。轟音が炸裂し、アギトの拳にえげつない衝撃が走る。だが、鬼にも、確かにダメージを与えていた。
あまりの激痛に鬼は耐える事が出来ず、肩を落とし、アギトを肩の上にのせたまま、自身の巨大な足で踏み固めた施設の広場に膝を落とした。その衝撃で地が地震の様に揺れたのは鬼の巨躯の巨大さの表れだろう。
アギトはその巨躯の動きになんとか耐え、鬼が情けなくも膝を落としたその瞬間、まだ、鬼の肩の上にいた。鬼が膝を落とし、一瞬動きを止めたその瞬間、アギトは鬼の肩を穿つ程の力で蹴り、飛び上がった。そして、アギトのすぐ目の前には怯む鬼の巨大な岩の様な顔。
そこに、アギトは強烈な蹴りを放った。すぐに衝撃音が拡散され、施設から僅かに離れた場所にある木々の梢が震えた。
鬼の厳つい口から嗚咽に似た鳴き声が漏れる。鬼の顔は無理矢理引きずられるかの如く横に振られ、口内、咽喉の奥からえげつない色をした気色の悪い鮮血が噴出した。そしてそのまま、鬼は横に、重力設定に引かれるがまま、倒れる。
鬼が落ちると同時、再びを地を揺るがす衝撃が放たれる。
アギトは狙って鬼の顔面のすぐ前に降り立ち、そして、拳を引いて構えた。
「終わりだぁああああああああああああああああああああああああ!!」
そして、鼻面を叩き折るような、一撃。
ズブリ、とアギトの拳が鬼の顔面の中央に沈む。鼻梁を強引に圧し折り、顔面を穿ち、そして鬼という存在を屠る。衝撃は響き渡るように拡散され、施設内を囲む外壁を響かせた。
そして向かってくる静寂。一瞬にして場は静謐を保ち、先程までの異常空間はなくなったかと思う程にまでなった。
「おぉ、新しい力か、黒いの」
背後から、声が聞こえる。アギトが眉を顰めながらゆっくりと振り返ると、施設の入り口に立つギルバと、その背後に存在する悪魔の姿が見えた。アギトの背後では、鬼が消滅し始めている。数え切れない程の紫色の光の粒子がアギトの背景を飾っていた。
アクセスキーを刀へと戻して、アギトはギルバを睨む。
「邪魔は排除した。後はお前らだけだ」
「言うねぇ。まだまだこれからだってのに」
そうアギトに返したギルバは、ギヒ、と笑んで、左手の指を弾いて、演技めいた音を響かせた。
「しまいだよ、レギオン。どうしようもないほど、絶望だ」
そう、遠くから、どこかから、セオドアの声が響いてきた。
「くそがッ!! 今からお前のところまで突っ込んで殺してやるよクソッタレ!」
そう、レギオンは敵意を剥き出しにして、人混みを抜けようとするが、足は、止まった。
突然、人混みが動きを見せた。それは、余りに静かな動きで、余りに小さい動きだった。――全員んが首だけを動かし、レギオンに視線を向けたのだ。その光景はまさに圧巻。異常過ぎる光景にレギオンは思わず足を止めて辟易してしまった。
「なんだ……?」
そう口から漏らすが、分かりきった事だった。




