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9.阻害された場所へ―7


 正確に言えば、天井が消え去った。

「ッ!!」

 アギトは咄嗟にバックステップで距離を取る。と、ギルバとアギトを隔てるようにして、吹き飛んだ天井から巨大な何かが落ちてきた。それはあまりに巨大で、通路を塞ぎ、壁を削り落とした。

 見れば、そこには巨大な拳があった。右手だ。だが、それは確かに人間のモノではない。薄い紫に塗れ、歪な皺を作るその拳は、この施設の外に巨大な身を置く。

 拳が侵入してきた天井の隙間から、舞い上がる砂煙越しにその巨躯の姿をチラリと見た。そして、アギトとバケモノの目が合う。

「……随分とでけぇじゃねぇか」

 忌々しげにそう吐き出したと同時、拳は持ち上がり、再び外へと消えて行った。そして再び対峙するアギトとギルバ。ギルバの表情には興趣の笑みが貼り付けられていて、今のバケモノがギルバの使いである事は一目瞭然だった。

「ギヘヘヘヘヘ。俺はお前を殺しに来たからなァ……。そりゃァ、全力でやらせて貰うってなァ……!!」

 言ったギルバは剣をくるりと器用に回転させて、再度構えなおした。あわせる様にして、背後の悪魔も両手の剣を回転させ、演技めいた動きで構えなおす。

「…………、」

 緊張の生唾を飲み込んで、アギトも刀二本を構えなおす。

 二人の間にはピリピリとしつつも、歪んだ妙な空気が張詰めていた。アギトは空からの攻撃と眼前のギルバの攻撃を見定め、ギルバは、アギトをどう殺してやろうか、と舌なめずりをする。

 そして、アギトは二つの刀を携え、疾駆。

 問題は外にいる巨躯のバケモノだ、とアギトは考えた。そしてアギトは対策を考える。施設の奥深くへと入ってしまえば、どうにかなるだろう、と。

 だからアギトはギルバを越えて、先へと進むまなければならない。

 だが、刃は打ち合う。ギルバはアギトの考えを見越していたかの様に、通路のへと進ませようとしない。それどころか、また、攻める事が出来ない。

 やはり、二対一と考えるべきか、悪魔の動きは全くと言って良い程にギルバのソレと共通しない。不規則な動きが三つ。降りかかる三本の一閃にアギトは苦戦を強いられている。

 刃と刃が次々と互いを打ち合う。二刀流の扱いは、素晴らしいといえる。アギトだからこそ出来る、と言っても良い程の動きだ。だが、ギルバと悪魔の二つの攻撃はそれを上回る。

 暫く打ち合っていると、空気が振動した。

(バケモノが来る――!!)

 アギトは咄嗟に察知し、降りかかる攻撃を弾いてバックステップで距離を取る。そして出来た間合いをすかさず詰めて来ないところを見て、アギトは思う。「ビンゴ」

 そして、ギルバとアギトの隙間に天井を砕いて落ちてくる拳。轟音がすでに崩れ落ちている廊下の壁に反響して響く。耳を劈くような音にアギトは眉を顰める。

 そして再び拳は上がる――と、アギトは思ったのだが、拳はアギトのいる方向を察知し、そちらへと狭い廊下を破壊してまで掌を広げ、アギトを、追い始めた。

「ッ、おぉおおおおおおおおおおおお!?」

 アギトは即座に振り返って全力疾走。来た道を必死に駆けて、迫り来る掌から遁走する。掌はアギトの動きでも見えているのか、手首で天井を次々と破壊し、指で壁を砕きながら猛スピードでアギトを追った。

 それから逃れられたのは曲がり角が見えてからだった。直角の曲がり角に床を強く蹴って飛び込むと、巨躯を誇るバケモノの掌は真っ直ぐ直進し、そのまま壁を突き破って外へと出て行った。

「くっそ……!! 恐ろしいっての!」

 すぐに体勢を立て直して辺りを見ると、そこはこの研究施設の入り口だった。レギオンと別れた、そこである。広い敷地のから見える入り口。そしてそこから見えるのは――巨人の足元。

 先程見た掌と同じ色をした、爪が伸びた足はどうしても大きく見える。いや、実際に巨大なのだ。

「どうする……!?」

 バケモノの攻撃から逃れるがために施設の深遠を目指していたアギトとしては、この状況は最悪である。戻れば、再び通路でギルバ、そして悪魔と対峙する事となり、行く手を塞がれ、再びバケモノの攻撃を浴びるだろう。

 だから、アギトは、

「よっし。あのデケェのから、なんとかしてみるか……」

 自身で期待薄だと思いながらも、アギトはそう決めた。とにかく今は、数が面倒だ、とアギトは思う。

 自身を奮い立たせ、覚悟し、アギトは施設から飛び出す。

 そうして見えてきたのが、巨人。全身の肌を薄い紫色に染めた、鬼の様な巨大な角を誇るバケモノである。右手は空いているが。左手には鉄の鎚が握られている。

「……期待はしていなかったが、やっぱり、勝てるか不安にさせる程にデケェな」

 アギトの頬を冷や汗が伝う。見上げていると、鬼もまた、アギトを見下ろした。

 言葉は出なかった。歪な形をする顔は余りに大きく、アギトを不安にさせる。

「やるか……」

 気の進まないアギトだが、行くしかない。

 アギトは駆け出した。まずは、足元。鬼の鎚が叩き落されるも、アギトが鬼の足元に到達するほうが早かった。アクセスキーを歪な鎌へと変化させ、両手で構え、足首を叩き斬ってやろう、とアギトは全力で振り切る。だが、刃は鬼の足に僅かに沈むに終わる。

(やっぱりか……)

 アギトもそれは予想していたか、すぐにアクセスキーを引き戻し、一振りした後に節剣へと変化させる。そして、真上へと突き出す。刀身が数々の節を生み出し、伸び、切っ先を鬼の右腕へと突き刺した。

「オォラッ!!」

 アギトが地を蹴ると、節剣は刀身を戻す。そして、アギトの体は宙に上がる。

 そのままアギトは鬼の右腕に到達。即座に刃を引き抜き、鬼の腕を蹴って鬼のうなじ辺りに到達した。アクセスキーをその間に変化させていて、アギトの右手には刀が握られる。

「オォオオオオオオオオオオオオオ!!」

 アギトはすかさず、刀を逆手に持ち替えて、鬼の首筋へと付きたてた。そして、刺す。

 それとほぼ同時だった。鬼がアギトを振り払おうとして、体を振ったのは。

 刀を突き刺し、そこにしがみ付いていたため、アギトはなんとか鬼から振り払われずに済む。これを予期しての行動だったのだ。

 

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