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9.阻害された場所へ―5


「そうだね」

 そんなアヤナを見て、エルダは励ます。大丈夫だよ、と諭してやる。希望は潰えない。アヤナは死ぬ必要はない。そんな運命覆せばよい。そう、エルダは心から願った。言った。

 アヤナは、うん、と普段の彼女からは見られない程に物静かな様子でいって、そして、切り替える。

「あぁー! もう! ギルバとなんか関わりたくないんだけど!」

 そう言って、アヤナは顔を両手で被ってジタバタと暴れる。

「ハハハ、そうだろうねぇ」

 そう言って、エルダも切り替えた。

 この二人の関係は、面白い具合に凸凹で、相違しているのだろう。だから故に、二人は仲良く、貴重な関係でいられる。まるで、保護者と子どものようだ。




    39




「フハハ……、これはまた懐かしい顔じゃないか」

 施設最深部と辿り着いたのはレギオンだった。重厚な扉に触れると、それはレギオンを迎え入れるように開き、その部屋へと案内した。そこは、壁一面にカプセルの様な何かが配置された巨大なドーム状の部屋。壁から天井までを埋め尽くすカプセルには紫色に淀む半液体状の何かが完全に注入されており、中はその光景に隠されて確認できない。

 そして、部屋の中央に一人の男性の影。短く整えた白髪に薄く生える白髭は、その男性が初期メンバーである事を現している。歳の割りに姿勢が良く、若々しく見えた。白衣が靡く姿は怜悧な知能を想像出来る。

 男は、不気味な笑みを浮かべながら、レギオンを迎え入れた。

「……まさか、俺の方に当たるとはな」

 後頭部を気だるそうに掻きながら、レギオンはゆっくりと歩いて男の方へと向かう。

 レギオンが近づくにつれて、男は振り返ってレギオンと向かい合う。

「久しいな、レギオン。お前の能力等全て掌握しているぞ」

 男はそう演技めいた口調で言って、高らかに笑い声を上げた。部屋に犇くカプセルの表面をその声が僅かに揺らした。

「何でも良い。ウチのリーダーからの命令でな。お前を殺しに来た。そこだけが、重要。最重要。セオドア・クラーク。お前のアカシック・チャイルドの件での恨みはどうでも良い。俺にとっちゃぁ結果的にプラスになったからな。だが、世界のためだ。お前は殺されるんだ」

 言い終えた頃には、レギオンと男――セオドア・クラークの距離は五メートル程にまでなっていた。

 だが、セオドアはどうしても臆す様子を見せない。

 それどころか、セオドアはニヤリと不気味な笑みを表情に貼り付けて、

「だが、私は死なぬよ」

 そう言って、右手を掲げた。人差し指と親指をパチリと弾いて鳴らした。その演技めいた行動と同時、壁、天井を埋め尽くす紫色の半液体状の何かが入ったカプセルが動きを見せた。

 カプセルの中に充満していた紫色に淀む半液体状の何かは、どこかへと消失するかの如く消滅し、そして、その中身の姿を見せる。

(人間……!?)

 その中には、灰色の薄手の手術着の様な襤褸を纏った、男女様々な人間が自身の身を抱えるようにして入っていた。口元に酸素吸入器の様な物が付けられていて、より一層不気味な姿を晒していた。

 セオドアの右腕が元に戻されると同時だった。

 数百、いや、数千とあるカプセルが、一斉に開かれた。そして、中にいた人間は酸素吸入器を自動で外され、床へと、堕ちてくる。

「ッ!?」

 空から、いたるところから、人間が堕ちてくるその異様な光景にレギオンは戦慄した。ふと、セオドアを見ると、ニヤリと相変わらず不気味な笑みを浮かべていて、レギオンは更に戦慄する。だが、セオドアの表情もあっという間に見えなくなる。空から、降ってきた人間がカーテンを作る。

「くっそ!!」

 空から舞い落ちる無数の人間を驚異的反射神経と咄嗟の判断能力で多少ぶつかる程度でなんとか避けたレギオン。

 空から落ちてきた人間が、完全に落ちきるまでに、数十秒も要したのは実感が湧かなかった。

 天井までは相等な高さがある。だが、堕ちてきた人間全員が、生きていた。

 人間は次々と立ち上がる。すると、だ。数秒という長いようで短すぎる時間の間で、この広く狭い部屋は人間の数だけで圧倒され、埋め尽くされた。気付けば、レギオンとセオドアの距離は相等なモノとなっていて、更に、犇く人の波で姿が互いとも確認できないまでになっている。

「ッ!! なんなんだよコレ!」

 立ち上がった途端に棒立ちし、動かないままでいる人ゴミを掻き分けながら進むレギオンだが、壁は思った以上に厚い。

 レギオンのもがく音だけが響く世界に、セオドアの声が割ってはいる。

「貴様は対人戦闘が苦手だと知ったのでな。圧倒できるだけの数を用意させてもらった」

「ふざけやがって……!!」




「待ってたぜ、黒いのォ……」

 通路の置くからやってきた白い影。右腕からは固い衝突音が僅かに響いて、アギトの耳をくすぐっていた。右腕が骨で固まっているその姿。それは、ギルバ以外にない。

「何だ、それ?」

 そして、ギルバの背後に、透き通った影があった。それは、ギルバの体を覆うように存在する幽霊とでも言うか。その在り方だけ見れば、フレミアのようであった。だが、容姿はまったく違う。それはまさに悪魔。歪に歪んだ顔面は常に真正面、アギトを睨んでいる。角ばった腕は、触れただけで全てを断ち切ってしまうかと思うような鋭利さをかもしだしていた。

「この前に見せた骸骨と似た様なモンだ。ギヒッ、それより、分かってんだろ? 俺とお前の、再会の意味が、よォ」

 そう言って、ギルバはギヒッと口角を吊り上げて不気味に笑んで見せた。

 そのギルバの姿にアギトは眉を顰める。嫌悪感たっぷりの表情を浮かべて、返す。

「分かってるか、だ? それは俺の台詞だ。どこで会おうが、いつ再会しようが、俺は次お前に会ったら、殺す、と決めていたからな」

 そう言って、アギトはアクセスキーを右手首だけで一振りし、刀からサバイバルナイフの様な形状へと変化させる。

 その光景に、ギルバは眉端を吊り上げた。

「そんな小せぇ武器でヤる気か? ア?」

「うっせぇーよ」

 アギトの素っ気無い返しと同時、ギルバの右手に剣が出現した。前回の戦いで見たときよりも象嵌が深く施され、僅かにだが変化した剣だ。内面的にも、スキル的にもパワーアップしたと予想できる。

 ギルバは剣を楽に構える。すると、だ。背後の悪魔もギルバの動きに連動して、似た様な構えを取った。

「お前とも最後だ。行くぞ」

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