9.阻害された場所へ―4
ミューまで、レギオンとアギトは向かう。セオドア・クラークと接触して、問題になるのはアヤナだけとは限らない。レギオンもまた、アカシック・チャイルドの一人なのだ。だから当然、そこを危惧すべきなのであるが、アギトはしなかった。レギオンならば大丈夫、と踏んでいた。
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ミューは寂れていた。オメガの中でも、より一層寂れた土地だった。そして、アギト達はセオドア・クラークがいると思われる施設の前へと到達していた。
その施設は、今まで何故見つからなかったのか、と思う程に巨大で、遠目に見れば古びた校舎のようだ。辺りは鬱蒼と生い茂る雑草に囲まれ、人の存在を薄く感じさせるのみに留まっている。施設を囲む外壁は高さ五メートル程あり、レギオンの様な異常な跳躍力でもなければ飛び越えるのは難しいと見える。その外壁のただ唯一の隙間、入り口は施設正面にあり、そこには門もなく、開放的に広げられていた。
アギト達は一歩でその入り口を越える。が、罠も監視もないのか、特別何かが起こるわけでも、迎えが来るわけでもなかった。
近づいてみれば、その施設がより一層、研究施設なのだと明瞭に浮きだってきた。その雰囲気が、より一層セオドア・クラークの臭いを漂わす。
進みながら、二人は僅かに言葉を交わす。
「静か過ぎないか?」
「そうだな」
「レギオン、一応聞いておくが、セオドアに特別な感情はあるか?」
「ねぇよ」
「そうか、なら良い」
そうしている間にアギト達二人は施設内へと侵入した。入ると、そこは病院の受付のようなスペース。広間とでも言うか、広さ自体は確かにあり、正面にカウンターを確認。その横に一本の通路、そして、左右に一本ずつ通路が確認出来る。
「どうする?」
レギオンが左右の道、そしてカウンター横の道と、視線を投げて確認した後、アギトに問う。
「分かれよう。互いともそこまで雑魚じゃねぇだろ。セオドアに戦力がある可能性もあるが、奴は研究者だ。そこまでの力があるとは思えない」
「そうだな。よし、俺は右に行く」
「じゃあ俺は左だ」
そうして、二人は別行動となった。
左の道へと踏み込んだアギトは、右手に柄状のアクセスキーを警戒のために携えて、辺りを警戒しながら進む。壁は一面灰に汚れた白である。所々に銀色に淀んだ電子ロック式の扉があり、一部は稼動していると思える。アギトは進みながら、時折見つける扉の向こうを確認するが、様々な部屋が見れるのみで、人の影は一つとして見つける事が出来なかった。
そして、アギトは気付く。
進むにつれ、施設内の様子が荒れてきている事に。
(様子がおかしいな……。なんで深遠にいくにつれて場が荒れてる?)
アギトは訝り、警戒を強める。柄状だったアクセスキーを刀へと変化させ、辺りの物音一つ逃さない、と意識を集中させる。
と、その時だった。警戒を強めていたアギトであれば一瞬で気付けた。
――白が、再来した。
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「で、アヤナはどうするつもりなの? オラクルはダメだって判断したんでしょ?」
ヘータまで戻ったアヤナ達。何時もの様にホテルを借りて、二人で一時の休息を取っていた。そこで、二人はどうしても雰囲気を明るくは出来ないでいた。その原因は当然、アヤナにあった。
時折悶えるアヤナの姿をエルダが宥める。暫くはその繰り返しであった。
「そうだけど……他に案がないのよね。今までは諦めをつけてたから、良かったけど……。でも、一度でも、可能性をチラつかせられたら、どうしても、諦めが付かなくなるわよね」
「そうだろうねぇ」
「何か良い案ないかしら?」
「私はソーサリーとかよくわからないからね。何か案があるなら、アヤナの方が思いつくんじゃないかな?」
言葉に、はぁ、とアヤナが嘆息。一度見てしまった希望は、最早アヤナの内から消滅しやしない。
そして、暫くの沈黙。どうにも居づらい雰囲気にエルダは席を立とうかとも思ったが、アヤナの気持ちを掌握しようと願い、そこに踏みとどまっていた。
「あ、」
と、突然、アヤナが声を上げた。そしてすぐに、眉を顰めて嫌悪感を表情に貼り付ける。
「どうしたの?」
エルダが素っ頓狂な声で問う。アヤナの顔を覗き込むその容姿だけで、諭している様に見えた。
するとアヤナはその嫌悪感たっぷりの表情のまま顔を上げてエルダを見て、
「可能性がある人に心当たりがあった」
「誰かな?」
エルダがすかさず問うと、アヤナは「あー」と謎の呻き声を挙げながら天井を仰ぐように見上げて、
「……ギルバ」
静かに、独り言を吐き出す様にそう言った。
「あー……、成る程」
言われて、思い出すエルダ。アギトから聞いた話によれば、ギルバはアクセスキーを改造するほどの力を持ったソーサリーである。もしかしたら、もしかすると。
「でも、オラクルはいないって言ったんだよね?」
エルダの厳しい追求にアヤナは首を傾げて唸りながら、
「でも、まぁ、未来は変わるらしいし。もしかしたら、可能性は零に近いだろうけど、ギルバが予言よりも後に、進化してる可能性があるんじゃないかな……。なんて、思いたい」
そう言い終える頃には、アヤナの表情は俯いていた。希望はありつつも、自信がない、というアヤナの緊張の表れだろう。




