2.向き合う世界―10
白い影は呆れ、余り表情を変えずともただ同情の言葉を吐くアギトを無視して、元老院へと視線を投げた。その視線の遥か先で、元老院最高官のヴェラが小さく頷く。何かを許可したように。
すると、白い影は自身の顔を隠すフードに手を伸ばし、そのまま、フードを背中に落としてその顔を露にした。
「ん」
気付いて、アギトは視線をやる。そこには、純白の、絹の様なショートヘアの幼げな女の子の顔。見てくれは完全に一○代であり、どうみても一四歳程の年齢だ。
「……、オマエ何歳だ?」
アギトは素直過ぎる程率直に問うてみた。
「う、うるさいわね! 二三歳よ! これでも!」
「なっ……!! 成長限界に達しているだと……!!」
アギトは驚愕した。
電脳世界ディヴァイドの成長限界は二三歳である。現実に置かれ機械のよって管理されるその体は生まれた時間から丁度二三年で成長を止められる。特殊な薬漬けにされ、ただ脳を殺さないようにだけして保存される。それはつまり、ディヴァイド内でも成長が止まるという事なのだ。だから当然若い姿のまま歳を取る人間が大勢いる。アギトだってその一人だ。
だが、アギトは極普通に成長した。身長だってそれなりにあるし顔も悪い方ではない。が、眼下の白い少女は余りに小さすぎた。年齢が二三に達しているという事はこれから先、その身長が変動する事はない。
『はいはい。そこまででお願いします』
そこで、ヴェラが呆れたような溜息交じりに手を叩いて二人の注目を集めた。音声拡張のせいなのか、ヴェラが手を叩く音はやけにハッキリと届いたのだった。
二人はヴェラの方へと視線を投げる。
『自己紹介を』
ヴェラはただ、静かにそう言いはなった。アギトに、ではないだろう。白い少女に挨拶をしろと促しているのだ。
すると少女はコクリと可愛らしく頷いて、アギトと向かい合う。そして――、
「アタシはアヤナ」
言って軽く頭を下げる。
『そして、アクセスキー保持者です』
補足する様に、ヴェラの声が響く。
「アクセスキーだと!?」
言われてやっと、アギトは気付いた。アヤナが持っていた|(今はどこにしまったのか姿はない)あの純白で巨大な鎌。あれがアクセスキーなのだと。そして、あの純白がアクセスキーを指すモノだと心中で理解する。
アギトがアヤナに確認を取る様に視線をやると、アヤナが首肯する。
「って事ァ、あれか。アヤナもフレミアに会ったって事か……?」
「うん。アタシもフレミアにあった。で、アクセスキーを托されたのよ。エラーを閉じろって言われてね」
『そういう事です。アヤナは貴方と違いエラーを閉じて周ってはいなかったのですが、私達が現状を把握してから捕まえる事ができ、最終手段として匿っていたところです』
「最終手段?」
『えぇ。もし、他にアクセスキー所持者がいなければ、彼女だけがこの世界の救いですから』
当然フレミアを信じた上で、と付け加えてヴェラは吐息の様に吐き出した。ヴェラの赤い瞳はアギトを捕らえる。
『ですが、貴方が活躍してくれていたお陰で私達に希望が増えました』
そして、溜息、深呼吸。後、
『お願いがあります。アギト』
ヴェラの真摯な対応が見えた。ヴェラは元老院最高官の席から腰を挙げ、軽く一礼。それを右席プライドが止めようとするが、ヴェラの視線でそれは制されていた。
『アヤナと協力し、世界各地で発生するエラーを閉ざして周ってくれないでしょうか』
本題だ。アギトも心中の隅でなんとなくこんな事態になるだろう、と予測していた。アクセスキーを持つモノを収集した。この、世界中でエラーが確認されている状況で。と、なれば当然その答えに行き着く。
このフロアに嫌な沈黙が流れる。
アギトは思考し、アヤナ、元老院は押し黙ってアギトの答えを待つ。
「どうしてチ……アヤナと一緒に?」
アギトは答えを出す前に問うた。
当然だと言えば当然だ。アギトは今まで一人でエラーを閉じて周っていたのだ。その渦中で特別難題な問題と遭遇した事もなかったし、世界中に蔓延したエラーを閉じる手が足りなくても一つ一つ閉じる事自体に無駄はなかったのだ。
『アヤナはまだ、経験が薄いのです。……今戦ってみて分かったでしょう?』
ヴェラに言われて、アギトはアヤナに視線を下ろす。そこには恥ずかしげに白い頬を真っ赤に染めて俯くアヤナの表情。負けた事実は拭えず、反論できずに押し黙っている状況だろう。
そんなアヤナを見下ろしながら先程の戦闘と呼ぶには短すぎる戦闘を思い出して、アギトは吐き出す。
「俺は傭兵として生きてきたんだ。踏んだ場数が違う。その差を今から埋めようったって無理な話だろう」
アギトなりに気を使った言葉だった。ただ、相手が弱者であるとは告げずに、しかたのない事だから、と言って聞かせる大人の対応だったかもしれない。
『そうですね。つまりそれは貴方がアヤナよりも優れている事です』
が、ヴェラの言葉がアヤナに追撃を掛けた。戻した視線を再びアヤナに送ると、シュンと落ち込んだアヤナを確認できた。そこまで言うか、とアギトですら思ったが、彼女らの関係を知らないアギトはあえて押し黙って言葉を聞いた。
『エラーから怪物が出現する事例があるのは貴方が良く判っているでしょう?』
ヴェラの言葉にアギトは頷く。
『その怪物に殺された人間達が、どうなるかは……知っていますか?』
不意に問われたアギトは思案する。
そういえば、どうなるのか。アギトは知らなかった。エラーから出てきた怪物を死ぬ事なく蹴散らしてきたアギトにとってそれは未知の領域の話し同然なのだ。戦争で人が死ねば終戦後に蘇る。それは当然の事。事故等で死んでしまった人間もすぐに復活させられる。それはこの電脳世界ディヴァイドでは当然の事である。
だが、アギトは知らなかった。
ヴェラがあえて問う、という事はそこに何らかの異常があるという事だ。
『答えは死にます。それだけです。フレミアと同じ様に、死んでしまいます』
答えを模索するアギトにヴェラは突然言い放った。




