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8.人間という名の武器―12

 ――見上げていた先にいた漆黒の龍が、堕ちた。

 それはもう突然過ぎる程に突然だった。レギオンにも何が起きたのかは理解できなかった。アギトが何かしたのだろう。そこまでは、理解できた。だが、何をしたのか、レギオンには、いや、誰にも、最早龍にも、理解できなかった。

 漆黒の龍はアギトを背中に乗せたまま、地上でたった今目覚めたばかりの深紅の龍の上へと落ちた。堕ちた。

「アギト……どんな面白い事しやがったんだ?」

 横から襲いかかって来たバケモノを変化させた腕での裏拳一つで吹き飛ばして、レギオンは疑問を口にした。

 漆黒の龍が堕ちてきた事で、下敷きとなった深紅の龍は先の理由とは別の理由で動きを止める事となる。龍が落ち、砂塵が砂嵐の様に舞って、再び戦場は沈静化した。

「何!? 何よ!?」

 砂塵によって視界を奪われながらも、アギトが何かしたのだ、と気付いたアヤナが声を上げる。

「アギトが龍を落としたみたい!」

 視界のない光景のどこからか、エルダの声が上がってアヤナに届く。

「ッ!! 本当にすごい事してくれるわよね……!!」

 嬉しそうに、アヤナはそう呟いて辺りを見渡した。すると、砂塵の中からバケモノが鈍重な動きで出現した。アヤナを見つけるやいなや、巨大な鉈を持ち上げる。

「全くもう! アンタ等視界利いてるわけ!?」

 鈍重な動きはアヤナには通用しない。バケモノが鉈を持ち上げているその隙に巨大な鎌であるアクセスキーの一閃を打ち込む。バケモノの腰から右肩までが切り上げられ、バケモノは声もなく倒れてゆく。ただ響くのは、バケモノの巨体が地に堕ちる重厚な音だけだ。

 暫くして、景色を消失させていた砂塵が止んだ。そうして見えてきたのは――大量の紫色の光の粒子が、空を覆う景色だった。

「やりやがったよ、オイ」

 先の光景を見て、レギオンは口角を吊り上げて笑みながら、そう、呟いたのだった。

 僻遠の彼方に見える光景はアギト。そして、その背後から湧き上がるようにして空に舞い上が大量の紫色の光の粒子。

 アギトが、砂塵舞い上がる景色の中で、二対の龍を、屠ったのだ。

 そんな光景を視認したエルダが、秘かに気付いてしまった。

(エルドラド大陸の『アギト』……。それにこの強さ、まさか……)

 冷や汗を頬に伝わせる程、エルダは驚愕したのだ。

 襲い来るバケモノを巨大化したアクセスキーの一閃で吹き飛ばし、エルダは辺りを見渡す。

 数では相変わらず負けている。だが、二対の龍が消滅した事で、バケモノの士気は下がったようだ。そして、代わるようにしてアームドの生き残りの士気が上がった。

 歓声に近い雄叫びがあちこちから上がる。やってやるぞ、という士気が音声として辺りに轟いたのだ。

「やってくれるじゃねぇか」

 とても嬉しそうにそう吐き出したレギオンは疾駆する。空気が張り裂けるような音と共にレギオンの姿はそこから消失。そして大分離れた位置にあっという間に到達。呆然と立ちすくんでいたバケモノ複数匹を変化させた腕を振るうだけで瞬殺したのだった。

 そうして士気の高まったアームドとアギト達の活躍によって、数十分という時間は掛かってしまったが、バケモノ共は一掃されたのだった。

 紫色の光の粒子が宙を舞って消失しきるまで、歓声は止まなかった。

 レギオン、アヤナ、エルダの元へと刀を携えたアギトが戻ってくる。ゆっくりと歩いて来るその姿は勇ましかった。

 勇往邁進。アギトは進む事を諦めない。故の、勝利だった。

「一体何をしたってんだ?」

 レギオンがニヤニヤと笑みながら問う。対してアギトは素っ気無い態度で応える。

「お前の真似をしただけだってのー」

「俺の真似?」

 レギオンが訝るようにして眉を顰めたのを見て、アギトはアクセスキーを柄へと変化させ、腰に戻してレギオンと向き合う。その際にエルダの怪訝そうな表情が見えて、アギトは不安に思う。だが、後に回そうと、レギオンと向かい合った。

「俺はお前と一戦交えてるだろ?」

「おう」

「アクセスキーがエラーを閉じるたび、進化するのは分かるよな?」

「おう」

「それと、それぞれがスキルを持ってる事も」

「おう、だから、何なんだ?」

 早く言え、とレギオンがもどかしそうにしていると、アギトは得意げに笑って言う。

「俺のアクセスキーはな、刃を交えたアクセスキーをマルチウェポンのレパートリーに入れる事が出来るんだよ」

 アギトの言葉にアヤナが「あぁ」と記憶を辿って頷いた。

「そういえば、そんなだったわね」

「そういう事だ。俺のアクセスキーをレギオンのと同等の形状に変えて、龍に攻撃してみたんだって事」

 アギトは首だけで龍が堕ちた場所だったところに視線を投げて、

「ま、賭けだったがな。俺は格闘は苦手だからよ、どうなるか全く予想も出来なかった」

 成る程、とレギオンが感心している傍らで、エルダが一歩前へと出た。

「ちょっといいかな?」

 アギトを見上げて、エルダは言う。その何処か隅っこに不安が潜んでいそうな表情にアギトは眉を顰める。

「どうした?」

 アギトが聞くと、エルダは一回の深呼吸を挟んで、言う。

「アギトってさ、……、やっぱりさ、龍騎士ってやつだよね?」

 その言葉に、アギトは更に不満げに眉を顰めた。それを言うか、とでも言わんばかりの表情だ。

 無言のままでいるアギトに追撃を掛けるかの如く、エルダが言う。

「エルドラド大陸でアギトって、やっぱりそうだよね? 初めて会った時から、まさか、とは思ってたんだけど……そうでしょ?」

「…………、」

「別に隠す事じゃないんじゃないかな? むしろ誇る事でしょ?」

 そういうエルダの話に付いていけているのはアギト、そしてレギオンだった。エルダの言葉を聞いて、レギオンは暫くエルダとアギトに視線を右往左往とさせた後、あぁ、と何かに納得するように頷いたのだった。

「え、ちょ、何よ? 龍騎士って」

 そしてアヤナは、ただ一人、話しについていけないのだった。

 そんなアヤナにエルダは説明する。

「エルドラド大陸にはね、『七人の龍騎士』ってよばれる七人の強者の存在が噂されてたの。個々で龍と相手できる程の力があるから、龍騎士。まぁ、エラーが出現するまで当然龍なんて存在はなかったわけだけど……本当に倒せるなんてね」

 言って、演技めいた視線をアギトへと突き刺すエルダ。追従してアヤナも視線をアギトへと向ける。そして、

「そうなの?」

 アヤナにまで問われたアギトは観念した、とばかりに溜息を吐き出す。そして、僅かに照れくさそうにしながら、また、嫌そうに表情を歪めながら、

「あぁ、確かにそうだ。『アギト』って呼ばれてる理由も、名乗ってる理由もそこだからな」

 アギトの言葉に、エルダは嬉しそうに胸の前で掌を合わせて、やっぱり、と頷いた。

「七人の龍騎士って事は、アギトの他に六人いるのよね? その人達はどうしてるの?」

 そんなエルダの横で、アヤナがきょとんとした表情で首を傾げた。

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