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8.人間という名の武器―11


 その一撃はダメージにこそなっていないが、先の一撃よりは重い。龍も即座に反応を見せた。

 アギトを背に乗せたまま、龍は身を縦に翻して宙返りしたのだ。

「うっ、おぉおおおおおおおおおおお!?」

 咄嗟にアクセスキーを刀へと戻し、宙返り直前で龍の背中へと深く突き刺し、龍の遠心力の強すぎる宙返りに耐えようと必死に捕まるのだった。場所は上空、そして龍の巨躯の上。アギトの肢体に掛かる重力や遠心力は計り知れないモノだった。

「ぐっ……!!」

 だが、アギトはなんとか耐え切った。龍の身体が元の地と水平に戻ったその時、アギトは龍の背中の上に立つ。

 アギトの様な人間が巨躯を誇る龍と戦うのは難しい事だ。だが、逆もまた然り、巨躯を誇る龍がその身体から見れば矮躯以下であるアギトと戦うのは、難しい事なのだ。接近されてしまえば尚更の事である。更に、背中に回られてしまえばその上を行く。屈強さを誇る顎で噛み砕く事もできず、そこから吐かれる炎で焼く事も出来ないのだ。

「どうすっか」

 アギトがそう考えている間にも、龍は進行する。アギトを振り下ろそうと空を駆け、時折回転してなんとかアギトを振り払おうとする。だが、アギトも必死だ。アギトが地に堕ちてしまえば、一気に地上を焼き払われてしまいだ。それだけは、なんとしてでも避けなければならない。

「くう……」

 龍の背に刀を突き立て、必死に耐えるアギトは考える。どうすれば、良いか。単純のようで難しい問題がアギトの脳の中で輪廻していた。

(俺の持つ武器の中じゃ、どうやっても致命傷は与えられないだろうな……。フレギオールとの戦いで戦った龍よりも数倍固い。どうしろってんだよ……)

 アギトのアクセスキーはマルチウェポンであり、その内に様々な武器を秘める言ってしまえば無限の武器である。だが、アギトが今考えた限りでは、その無限の武器の中に龍を倒す力を持った武器はない、という現状だ。

「くっそ……龍を吹き飛ばせる程の力があれば……」

 そう、無様に呟いた時だった。

 アギトは、気付いた。

(やるだけ、やってみるか……)

 そう言葉を口内で溶かして、アギトは地上を見下ろしたのだった。




 アームドの持つ武器がバケモノの一撃によって砕かれた。砕けた武器は使用人の手から飛び、使用人は無防備な姿を晒してしまう。当然、眼前にはバケモノ。バケモノの巨大な鉈の一撃が、アームドの身体を叩き斬った。それは、最早、斬るという行為ではなかった。断ち切り、吹き飛ばす。その表現が恐ろしくしっくりくる。鉈の一撃を受けたアームドは、人間の形を止める事は出来ず、粉々になって吹き飛び、あっという間に紫色の光の粒子となって消滅した。

 そして、砕かれた武器。使用人の手を離れた武器は地に転がり、そして、『戻った』。人間の形に、だ。

 砕かれたがまま、元に、人間へと戻ったアームドは、上半身と下半身が二分された状態である。その表情に張り付いているのは恐怖、そして、絶望。声を出す事もなく、そのアームドは紫色の光の粒子となって消滅したのだった。

 そう、アームドが武器に変身する、とはまさにこういう事なのだ。その身を完全に武器へと形を変え、他の者の力となる。

 だが、武器となるが当然元は人間。今の様に砕かれてしまえば、自動的に人間の状態へと戻り、砕かれた状態のまま、死んでしまうのだ。

 今の光景で、アームドの士気が下がったのは言うまでもない。

「こ、こいつら……!! 武器を砕くぞッ!!」

 そんな声が上がるのは当然だった。

 その声が戦場に響き渡れば、アームドは臆す他を選べない。仲間が死ぬ、自身が死ぬ。そんな考えが跋扈する。

 そして、悲鳴が上がる。バケモノに殺されて上がる悲鳴。これから先、予想される未来を見てしまったが故の悲鳴。そして、恐れの悲鳴。

 そうなってしまえば、最早そこは戦場ではなくなる。そして代わりに浮上するのが、虐殺現場だった。

 次々と、無碍に殺されるアームド達。そして数はあっという間に減少した。残っていた数が、更に半数にまで減ってしまった。

「う、うわぁあああああああああああああああああああああ!!」

 そして、また、一人殺されてしまう、という時だ。

「おぉおおおおおおおおお!!」

 バケモノが、吹き飛んだ。それはもう、ただ、吹き飛んだ。上半身が最初からなかったかの如く吹き飛び、怯え、遁走していたアームドの前にはバケモノの下半身のみが残っている。

 そして、そこには深紅のパーカーの姿。レギオンだ。

 レギオンは眼下のアームドを鋭い視線で睨んだかと思うと、すぐに視線を他のバケモノへと投げて、彼の眼前から疾駆。あっという間にその場から姿を消した。

 残されたアームドは、ただ、呆然とするしかなかったのだが、その心中に何かが渦巻くのを秘匿に感じ取っていたのだった。

「チッ、起きやがったか……」

 そうしてまた別のバケモノを吹き飛ばしたレギオンは、視線を遠くへと投げて、忌々しげにそう吐き出した。

 彼の視線の先には、地に堕ちた深紅の龍の姿がある。レギオンに叩き落されて暫く気絶していたが、とうとう意識を取り戻したようで、長い首を鈍重且つ迫力のある、重々しげな動きで持ち上げた。

 レギオンは上空を見上げる。アギトはまだか、と。すると、遥か上空で漆黒の龍の背にしがみ付くアギトと視線が重なった。

「?」

 遥か遠くに見えるアギトの表情は不思議だった。何かを考えているようで、何かを後悔しているような、そんな表情。だが、諦めていない事だけはレギオンにも伝わった。

(何を考えてるってんだ……?)

 そう、レギオンが首を傾げた時だった。

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