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8.人間という名の武器―9


 そのアギトの声に、身を引こうとしていたアームド連中もなんとか踏み留まる。各々がアームドという武器を構え、無数のバケモノと二対の龍を見上げる。見上げれば明瞭となる恐怖。数でも、戦力差でもどう考えても、アギト達が圧されていた。

 忌々しげに糸切り歯を剥き出しにし、アギトは光景を見上げる。

 明らかなな戦力差。立ち向かえど、勝てるとは到底思えない光景がすぐ眼前に広がっている。それも、手を伸ばせば届いてしまいそうな距離に、だ。

「レギオン! 龍二体相手できる自身はあるか!?」

 喧騒と、バケモノの咆哮が轟くおぞましい光景の中で、アギトが声を上げる。

「どうだかな……」

 対してレギオンは訝しげに眉を顰めた後、右足を僅かに上げ、そのまま落とし、地を一蹴り。すると、一瞬の地響き。その後、深紅の龍の足元から巨大な無数の棘が出現した。だが、龍はそれを察知して様で、両翼を羽ばたかせ、瞬時に空に舞い、それを避けたのだった。龍が両翼を羽ばたかせた風圧がアギト達を襲う。それと同時、開戦。

 バケモノ共が歩く音が凄まじく地を揺らし、龍が二対とも宙に浮き上がる。

「オォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 対してアギト達は雄叫びを上げ、自身の気持ちを奮い立たせながら、駆け出した。

 そして、衝突。無数の矮躯と無数の巨躯が衝突する。

 各々が武器を振るい、山の様なバケモノに斬り掛かるが、バケモノは、固かった。その殆どが攻撃を身体だけで受止められてしまう程、固いのだった。

 刃が身体に食い込み、表面上の薄汚れた布に切り込みを入れる所までは、誰もが到達した。だが、その殆どが肉を、身を断ち切れないのだった。

 そしてあちこちで、バケモノが鉈を持ち上げ始める。そして、悲鳴が撒き散らされる。

 各所は血の色で染まり、紫色の光の粒子が立ち上り始める。

「ぎゃああああああああああああああああああ!!」

 その中で、アギト達はただ唯一。バケモノを斬っていた。

 アクセスキーの力なのだろうか、アギト、アヤナ、エルダはバケモノにダメージを与えていたのだ。

「怯むな! 距離を確保して隙を伺え! 防御主体で構わない!」

 初撃で、アームドの人数は半数にまで半減した。

 戦場に上がるアギトの大音声がなんとかアームドを踏みとどまらせていた。アギト達の指示など普段は聞きもしないだろうが、状況が状況だと理解しているのか、アームド達は敵から距離を取り、様子を見るように防御の体制を取った。だが、数が数だ。バケモノ共の動きは鈍いが、圧倒的な数にあっという間に詰め寄られてしまう。

 そんな状況、戦場を飛び越えたのがレギオンだ。とてもじゃないが人間とは思えない跳躍力であっという間に戦場を飛び越え、龍が空に待つその真下へと来た。

 見上げ、

「流石にこりゃきついんじゃねぇか……? 動きも思った以上に早いしよ」

 そう、不満げに呟きながら、両足に力を込め、レギオンは――跳んだ。真上に、足元に強力な電磁石でも貼り付けてあるかの如く、あっという間に上空、二対の龍がいるど真ん中まで到達した。

 両脇に二対の龍を捕らえたレギオンはそこで両手を広げる。右手を漆黒の龍へと向け、左手を深紅の龍へと向け。すると、だ。レギオンのその手は一瞬の間にメキメキと変化を遂げた。それは巨大な蔦の様な形状。だが、先は指の様に枝分かれし、鋭利で巨大な爪を備えている腕。それは伸びるごとに巨大化し、龍を貫かんと言わんばかりに伸びきった。

 だが、龍の身は軽い。龍二体はくるりと身を翻してその攻撃をすれすれで避けて見せた。そして、そのまま、長く伸びた鋭利で重厚な鱗を纏う尾を振り――レギオンを叩いた。

 真上からの二対の衝撃を食らったレギオンは、全身の骨が砕けてしまうのではないか、という程の痛みを全身に感じながら、一瞬にして、地に堕ちた。余りの勢いに、

 レギオンが堕ちたそこはクレーターを生み、砂塵を派手に巻き上げたのだ。

「くっそ! レギオンでもあれはキツイか……」

 バケモノ共と刃を打ち合いながら、アギトがその光景を見て忌々しげに吐き出した。そして、思う。

「一匹は、俺がやるしか……ないか?」

 アギトは、龍を見上げる。そして、思い出す。フレギオールとの戦いの事。そして、『過去の名誉』の事を。

 ギン、とアギトがアクセスキーを振り上げると、バケモノの刀身二メートルはある鉈が持ち上がった。その隙に、アギトは細かな動きで右手を捻るように動かし、バケモノの腹を穿った。

 して、一匹のバケモノを屠ったアギトは次に襲い掛かってくるバケモノの一撃を身を翻して避け、動きの鈍いバケモノの隙間を縫って疾駆した。

 バケモノと仲間、アームドが入り乱れる戦場を縫う様に駆け抜け、アギトはレギオンが堕ちた場所に到達する。既に砂塵が収まり、クレーターとその中心にレギオンがうつ伏せに倒れている光景が、すぐ足元に広がっていた。

「大丈夫か!?」

 アギトが焦燥に狩られながらも、言うと、

「っつ……痛ってぇ……。アクセスキーの補助がなかったら死んでたぞ……」

 そんな愚痴を破棄捨てながら、レギオンはひょいと起き上がったのだった。思いのほか元気そうなレギオンの姿に、アギトは思わず表情を引きつらせた。

 襤褸切れの様になってしまった衣服についた砂埃を払っているレギオンの姿を呆れた様に見ながら、アギトは空を指差し、言う。

「一体は俺が引き受ける。もう一体。一体で良い。どうにかできそうか?」

 アギトの指を辿る様にして上空を見上げたレギオンは、アギトへと視線を戻して、呆れた様に目を閉じ、言う。

「まぁ、なんとかしてやるよ。じゃなきゃ酷い光景を見る事になりそうだしな」

 酷い光景。その言葉にアギトは眉を顰める。ベータで戦ったフレギオールの手先、漆黒の龍がコロロギ村を容易く焼き払った光景を思い出す。

 遠距離兵器を防ぐ磁場の出現から、大量破壊兵器が消えたこの世界で、唯一と言っても良い大量破壊壁。それが、エラーから出現したバケモノ共。大小様々なモノが存在するが、それぞれが恐ろしい力を持っている。挙句、巨躯を誇るモノは核兵器と言っても過言ではない力を単体で誇る。

 それからは容易く連想出来る。あの龍を放置しておけば、あっという間にヘータ、それどころかユートピア大陸を滅ぼしてしまうだろう。

 ギリ、とアギトは忌々しげに歯を食いしばる。

「つーか、そっちは大丈夫なんかよ、アギト」

 アギトの身体能力は高い。だが、それは対人での話しだ。相手が巨躯を誇る龍となると、話は全く別となる。

 アギトはレギオンを見ずとも首肯。

「大丈夫だ。経験はあるし、それに……、」

 アギトはそこで意味深に言葉を噤んで、何かを否定するように首を左右に振るった。そして、言う。

「何にせよ、この場は乗り越えなきゃ先は見えねぇだろうが」

 そして右手を軽く一振り。手中のアクセスキーは刀の形状から節剣の形へと変わる。

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