2.向き合う世界―9
アギトはそんな元老院共の意図を理解して、ニヤリと笑んでやる。嘲る様に、自嘲する様に、そして、脅す様に。事実これは脅しであった。アギト自身は特別不気味に笑んでみたりはしない人間である。だからこれは、脅しなのだ。あえて笑むことで、迫力と余裕で相手を気圧す。
「ふふん……」
が、大した効果は生まなかったようだ。フード下の口はクスクスと笑み返す。
これは、自信に溢れる笑みだ。アギト程度容易く捻ってやれるぞ、という意識が表面上に現れた笑み。意識の象徴。
だが、アギトはそんな相手を「間違っている」と見下している。この矮躯は戦いを――戦場を――知らない身体だ、と。手にする巨大な鎌の破壊力に頼って運と自身以外の力で勝ち続け、緩慢になってしまったのだろう、と。
その純白で巨大な鎌は、理解出来ずとも何か異質だ。もしかすれば鎌自体に何か特別な力が宿っているて、他の何者も寄せ付けない力を振りまいているのかもしれない。例えば、他の剣と絶対にダブる事のない『ユニークスキル』等。
「元老院共。黙ってるならやらして貰うからな」
一応にアギトは吐き出しておいた。その言葉に最早敬意はない。ただの報告である。
その言葉に元老院が静かに頷く。こうして、形は出来たのだった。
と、同時、二つの影は動いた。
白い影は鎌を振りかぶり、滑るように床を進み、アギトに迫る。それが向かうは当然アギト。アギトは刀となったアクセスキーを下段に構え、白い影に突っ込む。
二つの影が重なる。その瞬間に――戦闘は終わった。
それは、戦いと呼ぶには短すぎるモノとなった。
アギトのアクセスキーの純白の刃が攻撃を仕掛け、下段から中断に持ち上げられ、横薙ぎの一閃を放った。それを受ける白い影の白い鎌の柄。火花のエフェクトが吹き飛び、視界を僅かに橙色に照らす。その瞬間だった。アギトの予想通り、経験の差が勝敗をこのタイミングで決めた。
アギトの刃と白い影の柄が衝突してコンマ数秒。咄嗟の判断でアギトはアクセスキーを柄、の状態へと戻した。それに反応できる白い影ではない。いや、今のソレは誰であれ、反応できる速度ではなかった。相手が向けているのはあくまでも柄である。
アギトの身体に支えを失った柄がぶつかる。が、ダメージになるはずはない。
そうしてアギトの柄が、白い影の柄を越えたその瞬間、柄は刀身を出現させるのだった。
「動くな」
そうして、白い影の首下に添えられる純白の刃。一方で白い影の巨大な鎌は柄をアギトの身体に沿え、その湾曲した刀身はアギトの頭上の遥か高い位置に位置している。どちらが早く動けるかといえば、当然アギトとなる。
白い影はフードの隙間からアギトを見上げる。見上げてやっとその身長差が二○センチ程もあったあと気付く。そして、見上げるアギトの視線が本気である、という事。人を射抜く事を、その重みを知っている覚悟の決まった、肝の据わった目だ。決して、「蘇るから殺し放題」と遊び感覚で戦争に出る傭兵とは違う。全てを把握した、経験した者だけが放てる威光。
「…………、」
アギトに射抜かれた白い影は押し黙り、動きを完全に止めた。負け、を認識したのだろう。心の隅で負けを認めたくない気持ちと戦いつつも、理解した本能が身体の動きを止めたのだ。意識のどこかで打開策を考えるも、場が場なだけに不意打ちは許されず、結局そこに答えは存在しない。なのに答えを求める。
そんな心中をアギトは察している。
(相当悔しいんだろうな……。が、ここで調子付かれても後が面倒だ)
アギトは白い影のフードの隙間から覗く目を捉えたまま、
「終いだ。とっととこのチビの紹介をしやがれ」
先程会話していた声よりも張った声で言う。音声拡張の機能は理解している。だから叫ぶ、という事はしなかった。
と、その言葉に返事が返される。――のだが、その返事は眼前の『チビ』からだった。
「なによ!? アタシがチビってアンタ何様のつもりーっ!? ぶっ殺すわよ!」
白い影はムキーと急にアギトに食って掛かった。何故なのか、とアギトは思いつつも鬱陶しく白い影を脅す。オイ、と刃を突きつけるのだが白い影は今度こそ負けなかった。
何がそんなに気に食わなかったのか、斬られても文句はない、とでも言いたげにズイとアギトに迫る。アギトとしても白い影を斬るつもりはないので、身を引く。害はないと気付いてアクセスキーを柄に戻して引くが、鬱陶しいとは思った。
「近づくなチビ!」
「五月蝿いバカ!」
「なっ……、バカ……!?」
唐突に放たれた言葉にアギトは思わず眉間に皺を寄せて、切れた。
「テメェ……。喧嘩売っておいて、挙句負けて、その口か」
「アンタがチビチビ言うからでしょう!?」
「アン? テメェ……あ、あぁ」
言われて、やっと、アギトは気付いたようだ。目の前の白い影は自身の身長にコンプレックスを持っているのだと。
よく見れば確かに小さい。一七○センチ強あるアギトのニ○センチ以上は確かに低かった。もしかすると一四○センチ台にあるかもしれない。そう考えると、鎌も異常な程長いとは思えなくなってきた。単純に比率の問題である。白い影が小さすぎるため、通常サイズの鎌も異様に大きく見えたのだ、と。
「……すまなかったな」
アギトと言えど人間だ。相手の気を悪くしてしまえば申し訳ない気持ちにもなる。
電脳世界ディヴァイド内での容姿は現実世界の肉体と同等のモノになる。される。そこは救われないな、等とまでアギトは一人思ってしまっていたのだった。生死のやり取りをする戦場に身を置くアギトは尚更その辛さに気付いていたのかもしれない。どれだけ死のうが終戦後には元のまま復活するのだ。死んでも容姿を変えられない。元が整っているアギトには分かりかねる気持ちだが、それは辛いモノなのかも、と思い始めたのだ。そうすると、やはり止まらなくなる。突然襲い掛かってきた相手と言えど同情を余儀なくされる。
「そうか、そうだよな……。うん。辛かったんだよな……そうだ。俺が悪かった。もうチビチビ言わないようにする。心がける。だから許してくれ……」
「なんでアタシこんなに同情されてるのかしら」




