8.人間という名の武器―4
だが、そこでアギトは疑問を抱く。アクセスキー所有者としての、疑問だ。
「待てよ……」
「何だ?」
「そのアクセスキーじゃ、人は殺せなくないか?」
当然と言えば当然の疑問だった。アヤナのソレのような例外を覗いて、アクセスキーはその攻撃によって相手を殺す。だが、見れば、レギオンのアクセスキーは肉体の強化のみであり、直接的には攻撃に繋がっていない。
だが、
「そう思うなら、試してみるか? 言っただろ。俺のはフレミアの特注品だってな」
そしてまた、疾駆。レギオンは瞬間、アギトの懐に到達する。
――だが、アギトは、既に動いていた。
それはまるで、未来予知。だが、違う。アギトは本気を出す、と言わんばかりに『動いていた』のだ。
レギオンが突っ込んだのは、アギトが脱ぎ捨てた血まみれの漆黒のロングコート。バサリ、と空振る音がして、レギオンは初めてその状況に気付いた。
「何ィ!?」
レギオンは即座に反応。そして上空を見上げる。跳んだ。咄嗟の判断がそう予測した。だが、違う。気配は背後から。
アギトはあの負傷した状態だったが、思ったよりも傷は浅かったのだ。皮膚の表面上だけを切り裂かれ、派手な鮮血を噴出すエフェクトが演出された。そして、その傷はレギオンが『手加減』した証拠でもある。
敵背に回ったアギトは敢えてそこで一瞬の間を空けた。それは、『レギオンに振り向かせる』という殊更である作戦。
背後の気配に気付いたレギオンは即座に振り向く。アクセスキーの後押し《ブースト》があるからか、その動作も異常に早かった。だが、アギトはそこまで考えた上で、斬る。
刀状のアクセスキーの刃が、『浅く』、レギオンの肩から横っ腹までを斜め一閃に切り裂いたのだった。
「ッが!」
確かな感触。そして、レギオンは『仕返し』を食らったのだと当然察知した。アクセスキーの補助ありの強大な力で咄嗟に地を蹴り、レギオンはバックステップでアギトとの距離を取る。
斬られた傷口を忌々しげに見下ろし、吐き出す。
「アンだよ……、やりゃァ出来るじゃねぇかよ」
「ハナから本気で戦うと思ってるのか?」
返したアギトは刀を下ろし、レギオンを睨む様に見詰めたまま、距離を保ったまま横に回るように移動。レギオンの視線は当然アギトを追従する。
アギトの挑発行為に苛立ちを覚えつつも、そこに興趣を感じるレギオンは自身の周りを回るように歩くアギトを睨む様にして見ながら、忌々しげに歯を食いしばる。
対してアギトは警戒心を強めながら、言う。
「お前はアクセスキー所有者だ。仲間になりえるような存在に対して最初から殺しに掛かりなんかしねぇ」
「仲間? ハハッ、言ってろ」
「お前は言ったよな。『俺と戦いに来た』、『俺の力を見定めに来た』ってよ」
「それがどうした?」
「最初はお前がアクセスキーを得た事で力に過信して、俺に挑んできたんだと思ったがよ。だが、違うだろ? 証拠はこの傷だ」
アギトはそう言って、既に血の渇いた胸元を親指で指す。
「わざと浅く斬ったんだろ? それだけの事でどこまで予測するのか、って話しだが、俺は思ったんだ。お前は、俺を試しにきたんだろ?」
「…………、」
アギトはそこで足を止め、刀を掲げるようにして切っ先をレギオンへと向ける。突きつけたのは意思。そして、選択。
怪訝に眉を顰めるレギオンに対してアギトは真っ直ぐな視線で応える。
「あの一撃でまず、殺せるはずだった。だが、そうしなかった。って事ァ、だ。何か考えてんだろ? まだやるってなら、俺は殺しにかかってやるよ」
言い切ったアギトは、口角を吊り上げてニヤリと得意げに笑う。
そんなアギトの表情を見たレギオンは―武器を、取り下げた。手は元の人間の、極普通の状態へと戻り、背中に張り付いていたアクセスキーは四肢に伸びていた強化骨格をその中心に納め、ポンと外れて背中から飛び、レギオンの集中に戻ったのだった。
そして、やれやれ、と、
「噂以上ってか。アギト」
そう、嬉しそうに笑みと共に吐き出したレギオンは、
「そうだ。俺はお前の力を試したんだ。ハナから本気じゃない可能性も考慮して、その浅い一撃で止めた。……お前の思った通りだ」
アクセスキーをズボンのポケットにしまいこんだレギオンは、右足を、持ち上げた。その意味不明な行動に、一安心したばかりのアギトは再び警戒の色を見せる。だが、レギオンは首を横に振って、答えを示す。
ダン、とレギオンは右足を地に下ろした。その瞬間。レギオンのブーツが地に落ちたその瞬間。その両サイドの離れた位置でそれぞれ戦っていたアヤナと対峙する騎士、エルダと対峙する騎士が――吹き飛んだ。
その一撃は先の巨人を吹き飛ばしたそれよりも明瞭に見て取れた。騎士の足元、地中から、巨大な円錐状の、銀色に淀んだ棘が突如として出現したのだ。それは一瞬で騎士の足元から背丈を越えるまでの高さに伸び、騎士の体を屈強な鎧ごと容易く貫き、その動きを止めた。
「おぉ、すげぇなぁ」
その光景を見て、場の空気を読まず素直に感心するアギトに対して、突如として眼前のバケモノが殺された事に驚きを隠せないエルダとアヤナ。二人は当然、呆然として、間抜けな表情を浮かべて動きを止めるしかなかった。
「なぁに。俺の気持ちを汲み取ってくれた礼ってところだ」
そう言ったレギオンが不敵に笑むと、騎士の体を貫いていた棘は地中に戻る様に一瞬で収縮したのだった。
そして騎士は二体とも紫色の光の粒子となって消滅したのだった。
「レギオン!」
すぐにアヤナがアギト達の下へと駆け寄ってくる。顔見知りの関係だ。当然といえば当然でもある。一方でエルダはアギト達が敵対していないと気付いた様で、アヤナの背中を見送りながらアクセスキーをしまい、ゆっくりと歩いて向かうのだった。
「ハハァ、久しぶりだな。チビのアヤナ」
「うるさい! なんでアンタがここにいるのよ!」
アヤナは食って掛かる勢いでそう言うが、既にアクセスキーはしまっているし、ギルバと対峙した時の様な明らかな敵対心も見て取れない。ギルバの様な関係ではなく、アカシック・チャイルドの中でも比較的友好的な関係だったのかもしれない。
「オイオイ、同窓会って場にいた訳でもねぇだろ? それより、話してくれよ。レギオン」
アギトの問い掛けで気付いたレギオンは、おぉ、と頷いて、
「立ち話もなんだ。とりあえず、俺の所にでも向かおう」
26
レギオンの事務所兼自宅は当然か、アームドの集落とも言えるヘータにあった。レギオンはこの自宅を仕事の事務所としても活用しているらしい。仕事は所謂『なんでも屋』。身体能力の高いレギオンならではの仕事だ、とアギトは感心した。
レギオンは事務所内にある数少ない家具を埃を叩いて引き出し、四人で会話の出来る環境をセッティングした。そしてそれぞれがそこに集まる。
「出す茶すら補充してなくてな、すまない」そう言って、レギオンは話しを始めた。
「俺がアクセスキーをフレミアから貰った理由はアギトが想像している通りだ。フレミアから直接、『アギト達の力になって欲しい』と依頼されたからだ。だから俺はお前を試したんだ。まぁ、単純に力を見極めようってな。お察しの通り、俺はでかい的には十分な力を発揮できるが、人間のサイズ相手だとどうも動けない。攻撃が大きいってデメリットだろう。だから、俺のそのデメリットをカバーできる人間かどうか、見極めようとしたって事だ」
「成る程な」
「まぁ、必要ないことだったのかもしれないけどよ。すまなかったな」
「なぁに、気にすんなよ」
「後、一応説明しておく」
そう言って、レギオンは話しを突如として切り替える。
「俺の力は、アームドの範囲に収まってない。それは、アカシック・チャイルドでの実験もとい拷問があったからだ」




