8.人間という名の武器
8.人間という名の武器
「アカシック・チャイルド、か」
休息のために借りたホテルの一室で、アギトはそう溜息混じりに吐き出した。彼の目の前に座るエルダは、そうなの、と頷いて沈黙。アヤナから聞いた過去を、話したのだった。
全てを聞いたアギトはそこで、『決意』。知りえる知識を告知するように吐き出すのだった。
アヤナにはまだ言うな、と前置きをした上で、アギトは言う。
「セオドア・クラークは、生きてるぞ」
「え?」
アギトの突然の、余りに予想外な言葉にエルダは思わず眉を顰めて上体を前のめりにした。そして問う。「そんな馬鹿な。ギルバが殺したってアヤナは言ってたし、それに、ニュースでも散々流れてたよね?」
だが、アギトは首を振る。
「報道では確かに死んだ事にされてたな。だがよ、俺はあの報道の後に会ってるんだ。……セオドア・クラークとな」
「そんな……」
アギトの真剣な瞳には虚偽はない。エルダはその真実を汲み取り、辟易するしかなかった。
「真実だ」アギトは首肯して、言う。「顔は右半分が焼け爛れ、死にかけだったから今生きているかは知らないがな」
「……ん?」
エルダはアギトの言葉に違和感を覚える。
「その言葉だと……、」
「あぁ、そうだ」
エルダの言葉の途中でアギトは遮って、言う。
「俺はあの事件の最中、近くにいたんだ」そして続ける。「研究所から逃げ出す、セオドア・クラークを確かに見た」
「そうなんだ……」
エルダはセオドアの生存を知り、アヤナの事を考えて僅かに気を静めたのだった。そして思う。絶対に、セオドアとアヤナを会わせてはならない、と。
「ギャハハ、無様だねェ……」
「それは互いともであろう。ギルバよ。貴様の力を持ってすればアギトも倒せると踏んでいたのだぞ」
ギルバとプライド、アギト達の前から、そして元老院から逃亡していた二人はエルドラド大陸を出て、『第四の大陸』に身を隠し、休息を得ていたのだ。
プライドの言葉、そしてその怒り心頭な表情にギルバは、やれやれ、と応える。
「あのなァ、俺ァユートピア最強なんて言われたし自負してるがァ、黒いのもまた、エルドラド最強っつー称号を持ってんだ。最強同士、戦いはどーなるか分からねぇもんよォ」
そしてギルバは脅すような笑みを表情に貼り付けて、プライドへと詰め寄り、その表情で威圧して、
「それに分かってんだろォ?」骨が収束して作り出された右手の義手をカチカチと鳴らしながら、「俺ァあのタイミングで逆転できたっての。それに、俺ァ首さえ残ってりゃこうやって身体を補える。お前の邪魔さえ入らなきゃよォ、最高の逆転劇が出来上がってたんだァ。邪魔した分際で吼えてんじゃねぇーよォ」
ギヒ、と吐息を漏らしてギルバは既に臆したプライドから表情を遠ざける。そんなギルバのすぐ背後に、憑くようにして存在する、――アクセスキーによって召還された――悪魔の様な何かが、今のギルバの言葉を確かに証明していた。
「っ……。そうさな。だが、お前にはもう少し頑張ってもらわなきゃならない」
「当たり前だァ。それに、次は決着だ。黒いのとァ本気の殺し合いをする。次は劇もねぇよォ」
そしてまた、ギルバは、ギヒ、と不気味な笑みを浮かべたのだった。
23
「つーわけだ」
そう言って、アギトは一方的通話を切った。
そしてホテルの一室の天井を仰ぎ見る。視線を戻して、よし、とそう一言。
先の通話は元老院最高官ヴェラとのモノだ。そこで、アギトは取引をした。
――プライドを捕らえる代わりに、『セオドア・クラークの所在を教えろ』という取引。
アギトは秘匿に思う事があった。セオドアとアヤナが過去で繋がっている。そして、ギルバと遭遇しただけで取り乱したアヤナの事を考えると――セオドアを、処理しなければならない、と。早い内に殺しておかなければ、また何処かでアヤナとセオドアが遭遇し、何か問題が起こる可能性は十分にある。アギトはそれを危惧しているのだ。
携帯の展開を消滅させたアギトは一人、物思いに耽る。が、そんな儚い時間はすぐに終わらせ、アギトは次、どうするか、と考える。
アギトが今いるのはエルドラド大陸のエータという街。自宅へと戻っての休息でも構わないアギトだったが、あの時に負っていた傷の事を考えればゼータの近場であるエータの街で適当にホテルを取り、早急に休息を取るのがベストだと思えたのだ。
ちなみに、あのロングコートは血の汚れが酷かったため破棄し、デザインが微妙に違うモノへと新調してある。
(早速プライドを追いたい……ところだが、どこに逃げたのか大よその検討すら付かねぇからな……。まずは出来る事から、だな)
アギトは瞼を閉じて薄く目を開ける。そのまま暫くどこか遠くへと視線を向けて、戻す。そして下ろされる視線の先にはアクセスキー。
「……エラーを閉じつつ……行って見る、か」




