7.告げられる形―14
そしてもう一度、アギトは刀を捻る様にしてギルバにダメージを追わせる。足元でギルバの小さな悲鳴、呻き声。それを聞いて、もう終わったな、と確信を得たアギトは一度刀をギルバの背中から引き抜く。刃に粘着した鮮血がギルバと離れる時、もう一度小さく悲鳴。
アギトはくるりとアクセスキーを回転させて逆手から正しい構えへとアクセスキーを戻し、そして、刀身を下げ、刃をギルバのうなじへと触れさせる。刃が僅かに動いただけでギルバの真っ白な肌は断ち切られ、鮮血が伝う。
「白いの。久々の再会で早速だが。死ね」
「ギャハハ。黒いの、テメェに殺されるってなら十分なような気もするってなァ」
そして――決着。
とは、行かない。
「アギトぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
クレーターの上から、怒声が轟いた事で、アギトの手は止まった。
ギルバは動かないと踏んだ上で、アギトはギルバから視線を離し、声のした方へと目をやる。クレーターからギリギリ外れたその場所。アギト達を俯瞰する様な高い位置にいるのはアギトにも見覚えのある姿。――プライドだ。
「手下の心配か、プライドめ」
アギトは忌々しげにそう吐き出して、ギルバの背中に一太刀いれてから、プライドへと向き合う。
「いっつ……」背後から聞こえて来たギルバのそんな声をも無視して、アギトは空いている左手を突き出して、くいくい、とプライドを挑発。
「お前がどんなスキルだろうと、俺は殺すぞ。捕まえやしねぇ。殺したという事実を中央塔への土産としてぶらさげてやる」
「ほざけ小僧。貴様さえ居なければこんな事にならなかったぞ」
と、会話をしている間に、背後でギルバが立ち上がった事をアギトは感じ取って、振り返る。と、正面にギルバの、口から鮮血を漏らしつつ笑む不気味な表情があった。だが、アギトは表情一つ崩さない。面倒だ、と言わんばかりに眉を顰め、何もせずプライドへと視線を戻す。
「ツレないねェ」
背後からはそんな嘆息交じりの言葉が聞こえてくるのみで、ギルバは場の雰囲気に従うのか、それとも既に負けを認めてでもいるのか、攻撃等は仕掛けてこなかった。
「降りて来い。とっとと殺してやる」
アギトは血気盛んで、ギルバとの一線終えたばかりだというのに、プライドと戦う気に満ちていた。だが、プライドは別だ。
「ここは一旦身を引くぞ。ギルバ」
プライドはアギトから視線を逸らせ、ギルバを確かに見て、そう言った。
その言葉にアギトは当然眉を顰める。そして、は? と。
「何言ってるんだよ。テメェは」
アギトはすぐに食ってかかるが、プライドは決して耳を貸さない。プライドは自身が負われている身と知り、仲間内であるギルバと合流し、暫く逃げる、という選択を選んでいたのだ。だから当然、今、ギルバとアギトが交戦していようが、ギルバを連れて逃げるつもりでいたのだ。
「くっそ、」
ギルバと逃げるならば、とアギトは虚勢を張りつつも弱りきったギルバを餌にしようと振り返るが――、既にそこに、ギルバの姿はない。
「ッ!!」
アギトが視線を戻すと、遥か遠く、プライドのすぐ横にギルバの姿があった。
「ギヒッ、悪いが、この戦いの続きはまた今度だ。……またな、黒いのォ」
「ふん。貴様の事はまた後々処遇を考えてやる。今はまだ、邪魔なだけだ」
二人はそんな捨て台詞を吐き捨て、アギトの事などお構いなしに、と踵を返してその場を後にするのだった。
「オイ! 待て!」
アギトはすぐに追おうと考えるが、敵が離れて気が抜けたからか、ギルバとの一戦で負った傷が疼き初め、足を止める他になかったのだった。
「くっそ……」
吐き捨て、アギトは膝を地に落す。顔へと手を持っていってみると、ざらざらとした、土と乾いた血の感触が確かに伝わり、見下ろして自身の姿を見てみれば、自身が血まみれであると気付く。アギトはその姿を見て、動きすぎたな、とやっと疲れを確かに感じるのだった。だから、アギトはわざと力を抜き、仰向けにバタリと倒れて天を仰ぐのだ。
日は既に沈んでいる。星が闇夜に浮かび上がり、爛々と輝いている。今までの血みどろの戦いなんてなかったかの様な、素晴らしい景色だった。
「ふぅー。……戦う事にも疲れそうだ。傭兵やってた人間の言葉じゃねぇだろうがな……」
右手のアクセスキーを柄へと戻し、右手だけの動きで腰のベルトへと戻す。
「動くの面倒だし、アヤナとエルダ迎えにこないかね……」
そう、なんとなく呟いた時だった。
「アギト!」
聞きなれた声が、遠くから聞こえて来た。
アギトが寝転がったまま視線を流してクレーターの端へと目をやると、見慣れた二つの高低差の激しい影が見えた。
「ハハ……。マジで来てくれたわ」
当然影は、アヤナとエルダである。
アギトは視線を空へと戻す。視界の外で、二人がクレーターを降りてくる渇いた足音が聞こえて来た。




