毒された、蝶
彼は、その声で、低く甘く、言葉をささやいた。
耳が熱を持って火照っていく。私は、その言葉を憎み、また、その言葉を好いた。
当然彼の存在も憎みながら愛していた。こう望んだのは私であるのに、そう望んだ私すら憎らしく、激しい憎悪に見舞われたりもした。
毒された蝶のように蝕まれていくこの体が、妙にいやらしく、艶めかしい。
体は心と分裂を起こし、体が欲するたびに心はどす黒く汚れ、荒んでいく。
彼はいつでも耳元で囁く。甘い、甘い毒性の強い言葉を。そして、その細い体で力強く私を抱き寄せる。私の髪の毛を撫でるその細い指は、器用に這い、私の思考を停止させる。
食べられる。弄ばれている。いつもそんな感覚ばかりが残る。食べていたのも、弄んでいたのも、私であったはずなのに。
私は、黒アゲハのように振る舞っていた。あちこち色々な花に止まっては深い関係を持たずに飛び回り、魅了し、突き放した。
時にはアゲハのように振る舞った。純粋無垢に振る舞うのは簡単だった。今までもそうしてきたからだ。そして今ほど荒んでもいなかったからだ。
花に潜む狼を駆り立ててはヒラリと飛び去り、突き放す。それがやり口であったはずなのに、私は落ちた。彼の方が二枚も三枚も上手で、その毒性は凄まじく、私は羽を落とされ、醜い姿となった。
彼はもう二度と彼女はいらないと言う。私が彼から聞き出したわけではない。彼がそう呟いたのだ。もう誰も自分のせいで傷つく姿を見たくない、と。そういいながら私の頭を自分の胸へ抱き寄せたのだ。
私は何も考えないようにしていた。
この関係でいいと望んだのは私だったが、私はこの時ばかりはキレて相手を突き飛ばしてしまいたいと思った。彼は、甘すぎる。あまりに、有毒すぎたのだ。
私は危険な蝶からただのふしだらな虫と成り果てていた。
私には彼氏がいる。彼ではなく、純粋に嫉妬し、私を愛してくれる犬のような彼氏が。そのようにして次々突き放していったのに、彼だけが私を引き止めて捕まえてしまった。
私は戻れない奈落の底へと落ち、薄汚れた体で飛ぶことも不可能となり、今はただ、底辺を這っている。
叩きつけられた真実は私の良心をしばらく痛め付けたが、やがてそれすらも感じなくなり、私は蝶ではなくなった。
そうして私はただ、虫籠を求め、さ迷っている。簡単に出られてしまう虫籠の中で―――……。
―――「引き止めるってことは、私の彼氏と戦えるほど私を好きって事かしら?」
「君の彼氏が君を返せというのなら僕は君を彼氏に大人しく返すよ。でも僕は君が好きなんだ。君は彼氏がいらない、僕も彼女はいらない。これって、フェアじゃないか?」
「どこが。」―――