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婚約破棄された考古学者令嬢、封印された王墓で眠る王に溺愛されて目覚めました

作者: uta
掲載日:2026/05/16

「君のような地味な女は、もう要らない」


クラウスの言葉が、学会のホール中に響き渡った。


周囲の視線が私に突き刺さる。憐れみ、嘲笑、そして——ほんの少しの優越感を滲ませた眼差し。


三年だ。


三年間、私はこの人のために尽くしてきた。彼の論文の資料を集め、発表原稿を推敲し、社交界での立ち振る舞いまで支えてきた。「君がいないと駄目なんだ」——そう囁いてくれた夜は、嘘だったというの?


「……理由を、聞いてもいいかしら」


声が震えていないことだけが、今の私の誇りだった。


「理由?」クラウスは完璧に整えられた金髪をかき上げ、薄く笑う。「君には華がない。学者としても、女としてもね。僕の隣に立つには——ふさわしくないんだよ」


(ああ、そう)


不思議と、涙は出なかった。


ただ、胸の奥で何かが音を立てて崩れていく。三年分の献身が、砂の城のように崩壊していく感覚。


「分かったわ」


私は眼鏡の位置を直し、背筋を伸ばした。


「では、明日から王墓調査に志願します」


クラウスの顔から笑みが消えた。周囲がざわめく。


「……正気か? あの禁忌の王墓だぞ。入った者は誰も戻ってこないと——」


「ええ、だから誰も行きたがらないのでしょう?」


私は初めて、彼の目を真っ直ぐに見た。


「ご心配なく。地味で華のない私には、お似合いの場所ですわ」


踵を返す。背中にクラウスの何か言いたげな気配を感じたが、振り返らなかった。


(もう、どうでもいい)


誰も帰らない王墓。禁忌の封印。呪われた古代王の伝説。


上等だ。


どうせ壊れた心なら、せめて——学者として、真実の前で散りたい。




三日後、私は王墓の前に立っていた。


「先輩いいいいい!! 生きてた——じゃなくて、本当に行くんですか!?」


赤毛を振り乱したミリアが、私の腕を掴んで叫ぶ。


「あんなキザ野郎に何言われたって、死にに行くことないでしょう!」


「死にに行くんじゃないわ」


私は苔むした石の扉を見上げた。古代文字が刻まれた封印。千年の時を経てなお、不思議な力を放っている。


「真実を、見つけに行くの」


「でも——」


「ミリア」


私は後輩の手を取り、微笑んだ。


「これが私の選んだ道よ。帰ってきたら、たくさん話を聞かせてあげる」


(帰れたら、だけど)


その言葉は、飲み込んだ。


封印の扉に手を触れる。冷たい石の感触。そして——


光。


眩い金色の光が溢れ出し、私の身体を包み込む。


「先輩!!」


ミリアの悲鳴が遠のいていく。


意識が薄れる直前、私は確かに聞いた。


誰かの——声を。


『待っていた。ずっと、ずっと——』




目を開けると、そこは王墓の最深部だった。


壁一面に描かれた壁画。古代の財宝。そして——中央に鎮座する、白亜の棺。


「これは……」


学者としての本能が、疲れ果てた心を叩き起こす。


(すごい。こんな保存状態の壁画、見たことがない)


私は無意識に棺へと近づいていた。腰のブラシとルーペを取り出し、棺の表面を調べる。


刻まれた古代文字。これは——


『千年の後、花嫁が訪れる時、王は目覚める』


「花嫁……?」


——その時。


棺の蓋が、音もなく動いた。


「ひっ……!」


私は後ずさる。心臓が狂ったように跳ねている。


中から現れたのは——


銀白色の長髪。深い紫紺の瞳。神々しいまでの、絶世の美貌。


人間ではありえない。そう確信するほどの、完璧な造形。


古代の王衣を纏ったその男は、ゆっくりと身を起こし——私を見た。


「……ようやく来てくれたな」


低く、甘く、脳を痺れさせるような声。


「我が花嫁よ」


「は、はい?」


「千年待った」


男は棺から降り立ち、私に近づいてくる。長い指が、私の頬に触れた。


「リーシャ。いや——今はリーゼか」


(なぜ、私の名前を)


「あの、すみません、何かの間違いでは——」


「間違いなどない」


男は——否、古代王は、狂おしいほどの熱を瞳に宿して囁いた。


「お前は我が妻だ。千年前も、今も、これからも——ずっと」


その瞬間、私の脳裏に閃いたのは。


見知らぬ神殿。燃え盛る炎。そして、この男を庇って——


『次の生では、必ず迎えに行く』


「——っ」


頭が、割れるように痛い。


「無理をするな。記憶は徐々に戻る」


古代王は私を抱き留め、額に唇を落とした。


「今はただ、我が腕の中で休め。リーゼ」


「……あの」


「なんだ」


「まず、お名前を聞いてもいいですか……資料として」


沈黙。


古代王は一瞬きょとんとした顔をして——それから、声を上げて笑った。


「変わらぬな、お前は」


銀髪が揺れる。紫紺の瞳が、月のように優しく細められた。


「アルヴィス・ソル・エターナリス。お前の夫の名だ。忘れるなよ?」


(夫って言った? 今、夫って——)


混乱する私の耳元で、古代王は——アルヴィスは囁いた。


「今度こそ、お前を離さない」


その声には、千年分の孤独と、狂おしいほどの執着が滲んでいた。




——こうして私、リーゼ・フォン・ヴェルデンベルクは。


婚約破棄された翌週に、古代王の「妻」にされたのだった。


説明を、求めてもいいですか……?




          ◇ ◇ ◇




目覚めると、絶世の美貌が間近にあった。


「うわあっ!」


「……起きたか」


反射的に飛び退いた私を、アルヴィスは紫紺の瞳でじっと見つめている。


「な、なんで私の寝顔を……」


「千年ぶりに見るお前の寝顔だ。見ない理由がない」


(この人、本気で言ってる……)


「とにかく!」私は手を振り、立ち上がった。「まずは状況を整理させてください。ここがどこで、どうやって出るのか、そしてあなたが本当に千年前の王なのか——」


「疑っているのか?」


「学者ですから。仮説には検証が必要です」


私がそう言うと、アルヴィスはふっと笑った。


「変わらぬな。リーシャ——いや、リーゼも」


彼は壁画を指差した。そこには——銀髪の若き王と、亜麻色の髪の巫女が描かれている。


「身分違いの恋だった。お前は神殿の巫女、我は王。誰もが反対した」


アルヴィスの声が、低く沈む。


「お前は我を守るために——命を絶った」


壁画の一点を示された。自らの胸に短剣を突き立てる、巫女の姿。


「っ——」


息が詰まる。


脳裏に、声が響いた。聞いたことのない——でも、確かに「私」の声。


『私が死ねば、呪いは解ける。王よ、どうか生きて』


「我は——止められなかった」


彼の声が、苦しげに歪む。


「だから、この封印を受け入れた。『千年後、魂の片割れが訪れた時に目覚める』という呪いと共に」


千年。


たった一人で、暗闘の中で、ずっと——


「……私は、今ここにいます」


言葉が、自然と口をついて出た。


「前世のことは、まだよく分かりません。でも——今の私は、生きています。あなたの隣に、いるじゃないですか」


アルヴィスが、ゆっくりと私を見た。


紫紺の瞳に、涙が滲んでいた。


「……リーゼ」


「泣いて、いいんですよ」


「お前の前で、みっともない姿を——」


「みっともなくないです」


私は、そっと彼の頬に触れた。


「愛した人のために泣けるのは、素敵なことですよ」




          ◇ ◇ ◇




一週間後——王立考古学院の大講堂。


「つまり、通説は全て間違っているということですか」


私の発表に、会場が静まり返った。


隣に立つアルヴィスが、流暢な古代語を現代語に織り交ぜて補足する。


「滅んだのではない。我々は、封印を選んだのだ」


聴衆がざわめく中、一人の男が立ち上がった。


「興味深い発表だ、リーゼ」


金髪碧眼の「元婚約者」——クラウス・フォン・シュタインベルク。


「しかし、仮説に過ぎないのではないかな? 君の——思い込みという可能性もある」


答えに詰まった私の前に、アルヴィスが進み出た。


「我が検証した。古代語の専門家として——そして、千年前の当事者としてな」


「……当事者?」


「理解できぬか? 我はアルヴィス・ソル・エターナリス。古代エターナリス王朝の王だ」


会場が凍りついた。クラウスが嘲笑う。


「馬鹿げている! 古代の王だと?」


「馬鹿げているのはお前の頭だ」


アルヴィスは淡々と言った。


「お前のような小物には、真実を見る目がない。だからリーゼの価値も分からなかった」


「なっ……!」


「セルジオ院長」アルヴィスは最前列の老紳士に視線を向けた。「我の言葉を、検証していただけるか?」


白髪の老学者が立ち上がる。


「古代エターナリス語で、王家の祝詞を詠んでみなさい」


アルヴィスが詠み始めた瞬間——空気が変わった。


荘厳な響き。完璧な発音。言葉に宿る、圧倒的な「力」。


壁に掛けられた古代文字のパネルが、一瞬——光を放った。


「……本物だ」


セルジオ院長が、感嘆の息を漏らした。


「歴史は、真実を愛する者の味方だ。そして今——真実が、ここにある」


歓声が上がる。学会が揺れる。


茫然と立ち尽くす私の手を、アルヴィスが握った。


「よくやった、リーゼ」


「……あなたが、全部やったじゃないですか」


「我はきっかけを作っただけだ」


彼は私の顔を覗き込んだ。


「お前は、自分を過小評価しすぎる」


「えっ」


「お前の価値は、お前が決めることではない。我が決める。お前は——世界で最も価値ある存在だ」


「……それは、贔屓目です」


「贔屓目で何が悪い。妻を贔屓しない夫がいるか」


「だから、まだ妻とは——」


「認めていないのは知っている」


アルヴィスは、ふっと笑った。


「だが、待つのは得意だ。千年待ったのだからな」


——その様子を、クラウスは歯噛みしながら見ていた。


(あの地味女が……!)


青い瞳に、醜い欲望が宿る。


「認めるものか。あの女の栄光は、本来僕のものだ——」




          ◇ ◇ ◇




数日後、私はある事実を知った。


クラウスが——三年間、私の研究を盗用していたこと。


「君の研究を僕の名前で発表していたのがバレたんだ」


王墓の入口で、炎を背に立つクラウスが嗤う。その手には起爆装置。


「王墓を吹き飛ばす。そうすれば古代王も消える——お前も、終わりだ」


「……三年間、ずっと」


私の声が震えた。怒りではない。虚しさだった。


「君は便利だったんだ。研究の才能はあるが、発表は苦手。僕の名前で出せば誰も疑わない」


「もういい」


アルヴィスが、私の前に出た。


「小物の言い訳は聞き飽きた」


「来るな! 動いたら王墓を吹き飛ばすぞ!」


「……分かったわ」


私は立ち止まった。そして——


「ミリア」


「はい、先輩」


「今よ」




赤毛の影が飛び出した。


「うらああああ!」


ミリアの飛び蹴りが、クラウスの手から起爆装置を弾き飛ばす。


「先輩の邪魔すんなキザ野郎!」


私は起爆装置を拾い上げた。


「解除方法は……アルヴィス、この古代文字——」


「『封印を解くは、契りの血』——魂の繋がりを持つ者の血を混ぜるのだ」


躊躇わず、私は指先を切った。アルヴィスも同じように。


二人の血が混ざり合った瞬間——光が溢れ出した。




光の中に、映像が浮かぶ。千年前の封印の儀式。老神官の声。


『千年後、魂の片割れが訪れた時——二人の血が混ざり合えば、呪いは解けます』


『待っている。千年でも、万年でも——お前と再び出会えるなら』


若き王の声が、消えていく。




光が収まった時——アルヴィスの左胸から、薔薇の紋章が消えていた。


「呪いが……解けた」


「ああ。お前のおかげだ」


彼は私を見た。


「もう封印に縛られない。お前と共に——どこへでも行ける」


涙が溢れた。


その時、私の中で——全ての記憶が蘇った。


千年前の神殿。燃える炎。愛する人を守るために命を絶った、あの瞬間。


『次の生では、必ず会いましょう』


「……私、やっと思い出した」


「リーゼ……」


「待ってたの。ずっと——あなたを」


「やっとだ……やっと……」


アルヴィスが私を抱きしめた。


「千年待った。お前が我を思い出してくれるのを」


「ごめんなさい。遅くなって」


「謝るな。お前が生きて、ここにいる。それだけで——」


「アルヴィス」


「なんだ」


「……私も、愛してる」


彼が息を呑む気配がした。


「もう一度、言ってくれ」


「愛してる」


「もう一度」


「何回言わせるんですか」


「千年分だ」


私は笑った。泣きながら、笑った。


「——愛してる。永遠に」




          ◇ ◇ ◇




三ヶ月後——


「古代エターナリス王墓が、正式に世界遺産に登録されました」


学会の大講堂が、拍手に包まれた。


そして——クラウス・フォン・シュタインベルクは、研究データ改ざんと遺跡破壊未遂により、学会から永久追放された。


「因果応報ってやつですね」


ミリアがにやりと笑う。


「ざまぁ、ですよ先輩」


「……そうね」


不思議と、復讐心は湧かなかった。ただ——やっと終わった、という安堵だけ。


「リーゼ」


アルヴィスが、私の隣に立った。ネクタイをちゃんと結んだスーツ姿。


「そろそろ行かないか」


「どこに?」


「見せたいものがある」




辿り着いたのは、小さな宝石店だった。


アルヴィスが戻ってきた時、その手には——小さな箱。


「リーゼ」


彼は片膝をついた。


「千年前、我はお前に何も渡せなかった。だから今、改めて——」


箱が開く。星のように輝く指輪。


「我の妻になってくれ」


周囲から歓声が上がる。


私は深呼吸した。


「……私、地味だし、華がないし」


「知っている」


「研究のことになると周りが見えなくなるし」


「それがどうした」


「本当に、私でいいの?」


「お前以外は要らぬ」


アルヴィスは、真っ直ぐに私を見上げた。


「千年前も、今も、これからも。我が愛するのは、お前だけだ」


涙が溢れた。


「……はい」


「何だと?」


「はい、って言ったの! 喜んで、あなたの妻になります!」


アルヴィスの顔が輝いた。立ち上がり、私を抱きしめ——唇が重なった。


周囲から拍手と歓声。


「愛している、リーゼ」


「……私も」


「もっと大きな声で」


「愛してる、アルヴィス」


「うむ」


満足そうに笑う彼に、私も笑い返した。




——こうして、地味な考古学者令嬢と古代王の物語は、幕を閉じた。


千年の時を超えた愛。失われた記憶。そして——再び出会えた奇跡。


「今度こそ、永遠に」


夕暮れの街で、二人は手を繋いで歩いていく。




『次こそは、お前を離さない』——その約束は、ようやく果たされた。




【完】

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