聖女は3歳児でした
王国の城の広間は、緊張と期待に満ちていた。
王座の間の高い天井には王家の紋章が輝き、大理石の床には緊張した廷臣たちの足音が響く。
老齢の王、アルドリック三世は、玉座にもたれかかり、指でそっと肘掛けを叩いていた。
噂は国中に広まっていた。
聖女の力を持つ者が現れたと。
百年ぶりの奇跡だ。
王国を脅かす闇の瘴気を浄化できるのは、その力だけだと言われている。
「そなたが聖女か?」
王の声は広間を震わせた。
彼の目線の先に立っていたのは、王国の最高の賢者たちが想像していたような、そうごんで少女で神秘的な10代後半の女性ではなかった。
そこにいたのは、母親のスカートの裾にしがみつき、大きな茶色の目をぱちぱちさせている、ほっぺたがリンゴのように丸い3歳の女の子だった。
女の子の名前はレイナ。
金色の巻き毛が肩にかかり、小さな手にはぬいぐるみのウサギがしっかり握られていた。
彼女を連れてきたのは、農夫の服を着た気弱そうな両親、トーマスとエラだった。
2人はひざまずき、震える声で言った。
「陛下……これがわが娘、レイナでございます。畑で遊んでいたら、枯れた花に触れた途端、花が咲き誇りまして……」
宮廷魔術師長のマルコムは、分厚い銀縁の眼鏡をかけ、疑わしそうに鼻を鳴らした。
「ばかな。聖女の力は深い知識と精神の鍛錬によって初めて顕現する。これが乳臭い小娘に宿るわけがない!」
すると、レイナはマルコムの長く立派な白ひげに目を留めた。
「おじいちゃん、おひげ、ふわふわ!」
彼女はよちよちと歩き出し、マルコムのローブの裾に手を伸ばした。
魔術師長が慌てて後ずさりすると、レイナは転びそうになり、思わず壁に手をついた。
その瞬間、彼女が触れた古い石壁から、蔦の若芽がにょきにょきと生え出し、小さな花を咲かせた。
広間は水を打ったように静まり返った。
王はゆっくりと玉座から立ち上がり、レイナの前にひざまずいた。
「小さき聖女よ、そなたに試してみてほしいことがある」
王が差し出したのは、闇の瘴気に侵され、黒く変色した王国の紋章が刻まれたメダルだった。
通常、これに触れる者は重い吐き気と憂鬱に襲われる。
レイナはメダルを「ぴかぴか」と言いながら握りしめた。
一瞬のうちに、メダルから黒い煙のようなものが立ち上り、消え去った。
金属は新品のように輝き、紋章は生き返ったように鮮やかな色を取り戻した。
「す、すごい!」と誰かが叫んだ。
しかし、レイナの関心はすでに別のものに移っていた。
彼女は王の頭に載っている王冠を指さし、大きな声で言った。
「おっきなお皿! ママ、あれでごはん食べるの?」
廷臣たちは必死に笑いをこらえ、肩を震わせた。
王は一瞬たじろいだが、やがて深いため息とともに、笑みを浮かべた。
こうして、王国の運命は、一番大事な問題が「お昼寝の時間」と「おやつのクッキー」である3歳の聖女の小さな肩に掛かることになった。
レイナの「執務」は王国に前代未聞の混乱をもたらした。
彼女は重要な瘴気浄化の儀式を、「おしっこがしたい」と言って中断させた。
闇の結界が張られた森への遠征には、彼女のお気に入りのぬいぐるみ全5体と、昼寝用の小さな枕が「必需品」として同行した。
国務会議では、重臣たちが税制改革について熱く議論している最中に、レイナはテーブルの下をくぐり抜け、財務大臣の靴ひもをほどいて結び目を作る遊びを始めた。
ある日、隣国からの威圧的な使者が、瘴気の蔓延を理由に領土の割譲を要求しにやってきた。
厳粛な対面の場で、威張りくさった使者が長々と難癖をつけていると、レイナは玉座の横に設けられた小さな椅子(彼女専用に王が命じて作らせたもの)からすり抜け、使者の真っ赤なマントの裾に近づいた。
「きれいなマント」と彼女はつぶやき、ぐいと引っ張った。
バランスを崩した使者は、あろうことか、ちょうど入ってきた給仕が運んでいた、王国名物のとろ〜りチーズがのった巨大なミートパイの上にまっさかさまに倒れこんだ。
広間中にパイが飛び散り、使者は頭からクリームまみれになった。
レイナはケラケラ笑い、「パイさん、ばしゃーん!」と拍手した。
使者は怒りと恥ずかしさで真っ赤になり、ずぶぬれのまま退去した。
その後、隣国はしばらく外交的な沈黙を守った。
どうやら、パイまみれで国に帰った使者の姿があまりにも滑稽で、脅しをかける威厳を完全に失ってしまったらしい。
最大の危機は、闇の瘴気の源とされる「嘆きの谷」が異常に活性化した時に訪れた。
谷から湧き出る黒い霧が村々に迫り、作物は枯れ、人々は無気力になっていった。
王と賢者たちは協議を重ねたが、強力な結界を張るにも、軍を派遣するにも、谷の中心まで進むのはあまりにも危険だった。
「レイナしかいない」と王はつぶやいた。
「だが、彼女をあのような場所に連れて行くことはできぬ」
それを聞きつけたレイナは、ぬいぐるみのウサギを抱えながら、王の部屋にやって来た。
「ねぇ、おじいちゃん王様。くろいおくも、いやだね。レイナ、きれいにする!」
結局、レイナは特別に作られた、クッションたっぷりの小さな馬車に乗り、最精鋭の騎士団に護衛されて「嘆きの谷」へ向かった。
谷の入口は不気味な静寂に包まれ、歪んだ木々が立ち並んでいた。
大人たちは重苦しい空気に胸を押しつぶされそうだった。
レイナは馬車から降り、谷の暗がりをじっと見つめた。
彼女は母親から手を離し、よちよちと数歩、暗闇の方へ歩み出た。
「レイナ!」
母親のエラが悲鳴のように呼んだ。
その時、レイナは小さな両手を広げた。
彼女の口から出たのは、難解な呪文でも、そうげんな祈りの言葉でもなかった。
「あめあめ、ふれふれ、おててで、ぱっ!」
彼女が手を叩いた。
その小さな手拍子を合図に、レイナの全身から、まるで無数の小さな蛍のような、温かく柔らかな金色の光が溢れ出た。
光は波のように谷へと流れ込み、黒い瘴気に触れると、雪が陽に解けるようにそれを消し去っていった。
歪んだ木々はまっすぐに伸び、新芽を吹き、枯れた地面には一瞬にして草花が絨毯のように広がった。
そして空からは、さっきまで一面の曇り空だったのに、きらきらと光る雨粒が落ちてきた。
それは普通の雨ではなく、光を含んだ、生命の息吹そのもののような甘い雨だった。
騎士たちは呆然とし、涙を流す者さえいた。
レイナはびしょぬれになりながらも、雨粒を手ですくっては「わあ!」と嬉しそうに叫んでいた。
それからというもの、王国に「聖女レイナ様」への信頼と敬愛が爆発的に広がった。
もはや誰も彼女の年齢を問題にしなかった。
彼女は王国の最も愛され、そして最も型破りな守護者となった。
王宮では、レイナの「お気に入りの儀式」が定期的に行われるようになった。
それは、彼女が廷臣たち全員の鼻の頭を指でちょんちょんと触り、「はなぱっちんおまじない」と唱えるというものだった。
最初は面食らった重臣たちも、これを無事に受け終えると、なぜか一日中なぜか気分が軽く、仕事がはかどることに気づき、今では列を作って順番を待つのが慣例になっている。
ある晴れた午後、レイナは玉座の間で、王のひざの上でぬいぐるみと遊んでいた。
王は彼女の柔らかな髪をそっと撫でながら、ふと尋ねた。
「レイナよ、そなたのその偉大なる力は、いったいどこから来るのかね?」
レイナは真剣な顔で考え、ぬいぐるみのウサギの耳を引っ張りながら、こう答えた。
「んーとね、おひさまが、ぽかぽかして、お花が、にこにこして、みんなが、えがおで……それで、レイナのここが、わくわくするの!」
彼女は小さな拳を胸に当てた。
王は深く頷き、目尻に笑みの皺を寄せた。
賢者たちが何百年も探し求めてきた答えは、実はそんなに複雑なものではなかったのかもしれない。
純粋な喜び、無条件の愛、そして何のわだかまりもない心――それこそが、闇を照らす最も強い光なのだと。
そして王国は、3歳の聖女とともに、笑いと少しの混乱、そしてたくさんの希望に満ちた日々を、これからも歩み続けるのであった。
少なくとも、レイナが次の関心事を「王冠で本当にごはんが食べられるか実験すること」に移すまでは。




