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呪いによって「産まず女」となった役立たずと言って放り出したあなたが、いまさら旦那面していったい何の御用でしょうか? ちなみに、その呪いはわたしではなくあなたにかけられたものですよ

作者: ぽんた
掲載日:2026/01/29

タウナー国コールマン伯爵領



「あんたが産まず女?」


 ある日、屋敷に訪問客があった。扉を開けると、赤ん坊を抱くレディが立っている。


 わたしと目が合うと、彼女はいきなりそう尋ねた。


 ほんとうにいきなりのことで、意味がまったくわからなかった。


「はい?」


 だから、そうとしか返せなかった。


「あんた、バカ? 頭悪いんじゃない? それとも、耳が悪いわけ? ったくもうっ! こっちは王都から遠く離れた僻地までやって来て、しかもガキ連れで疲れているのよ。そこをどいて、中にいれてちょうだい」

「はぁ……」


 脇によけると、彼女はズカズカと入ってきた。


 向こうを見ると、夫がたくさんのトランクを抱えてヨタヨタとやって来る。


(というか、二年ぶりに帰ってきたの? 一度も帰ってきたことがなかったのに、どうしていきなり?)


 夫とは、婚儀の際に会ったきり一度も会ってはいなかった。連絡といえば、彼から定期的に金を無心するメモが届いていたそれだけだ。しかも、こちらからの手紙の返信はいっさいなかった。そんな夫が、なんの前触れもなく突然帰ってきたのだ。しかも、見ず知らずのレディと赤ん坊を連れてだ。


「旦那様、おかえりなさいませ」


 思うところはありすぎるけれど、使用人たちの手前伯爵夫人として節度ある態度を貫かねばならない。


 が、夫はただ鼻を鳴らしただけだった。訂正。いくつものトランクをおしつけてきただけだった。


「奥様、わたくしどもが」


 ふたりのメイドと執事が駆け寄ってき、夫からトランクを受け取ってくれた。


「ねぇ、あなた。これって、たいしておおきな屋敷じゃないのね。なんだか、地味だわ。置いてあるものだって、古臭いものばかり。こんなの、売ったところではした金にもならないわ」

「そんなことはないさ。古臭いんじゃなく、アンティークだからな」


 夫はわけのわからない解釈を披露したレディに近づき、その腰にぶっとい腕をまわした。


「それに、領地だって狭いでしょう? ほかの貴族の領地にくらべればたいしたことなさそう」

「なにを言っているんだ。この領地は、他と比較してたしかに狭い。しかし、潤っている。領民たちから搾り取ればいい。ここだけの話、王都への税金などなんとでもごまかせるからな」

「だったら、一生贅沢して暮らせるわね。よかったぁ。あなたの子を産んで、ほんとうによかったわ」

「ああ、ああ。そうだとも。だれかさんと違い、おまえはちゃんと跡取りを産んでくれたからな。ふたりとも、これから一生贅沢をして暮らさせてやる」

「でもまぁ、ガキは適当でいいわよ。このガキは、あんたの跡を継いで伯爵になれば思いのままになるんだし。それよりも、このわたしよ。これからずっと、思いっきり贅沢するんだから」

「いままでもそうだったろう?」

「まだまだ足りないのよ」


 夫とレディの会話を、わたしだけでなく使用人たちも口をあんぐり開けて見聞きしている。つまり、わたしたちは「開いた口がふさがらない」状態だ。


「おっと」


 夫は、そこでやっとわたしの方を向いた。


「呪いで子どもを産めなくなったおまえなど、もう用なしだ。これまで、ここに置いてやっただけでもありがたく思うんだな」

「呪いで子どもを産めない、ですって?」


 夫のいままでの言動に驚きまくっていたが、いまのが一番驚いた。


「忘れたか? 婚儀の直後、クソッたれの呪術師に呪いをかけられただろう? 子どもを産めなくなる呪いを、だ。跡取りを産めない産まず女など、わが家にふさわしくない。おれの妻で居続けることはできないわけだ。だから、いますぐ出て行け。おまえの荷物は、すべて置いてな。うちの金で買ったものは、いっさいがっさいおれのものだからな」


 夫は、勝ち誇った顔でさらにレディを抱きしめた。


 レディの抱く赤子が、大泣きし始めた。


「もうっ! うるさいったらありゃしない。形が悪くなるから、乳だってやりたくないし。そうだ。貴族だったら、乳母というのを雇うんでしょう? さっそく雇ってよ。もうこんなガキの面倒はごめんだわ。それよりも、やりたい放題楽しみたいの」

「わかったわかった。さっそくそこいらのばぁさんにでも来てもらおう。それなら、乳母代も節約できるからな」


 なんと言っていいのだろう? とにかく、すべての次元が違いすぎる。


 夫がずっと不貞を働いていた事実よりも、夫がバカで愚かでクズだったことの方がよほどショックだ。


「なにをしている? さっさと出て行かないか」

「わかりました。これは、離縁ということでいいのですね? わたしは、ほんとうにここから出て行っていいのですね?」


 念をおした。


「なんだ? 口惜しいのか? 情けないのか? だが、もう遅い。おれが決めたことだからな。あっ、そうそう。離縁の承諾とあたらしい嫁との婚儀の承諾。それから、子息誕生の手続きもやっておけよ。以上だ。いつまでも鬱陶しい面を見せてくれるな。さっさと出て行け」


 夫は、それだけ言うとレディを促した。


「居間で葡萄酒でも飲もう。あたらしく葡萄酒を製造し始めたんだ」

「ほんと? 二本でも三本でも飲めそうね。ちょっと、そこの娘。このガキを受け取りなさい」


 夫とレディは、さっさと奥へと行ってしまった。


 それを見送ってから、三人の使用人たちに両肩をすくめてみせた。


「心配しないで。わたしは大丈夫だから。それから、あなたたちのこれからのこともね」


 三人に微笑み、執務室に駆け込むと用事をすませた。


 それから、屋敷を去った。



八年後 ハンゲイト王国アンダーソン王領


「お母様、見て下さい。こんなにとれました」

「お母様、わたしのも見て下さい。というか、お兄様。そろそろ母上、と呼ばなきゃ。いつまでもお母様って呼んでいたらおかしいわ。まるでちいさな女の子よ」

「なんだって? おまえなんて、やんちゃざかりの男の子みたいじゃないか」

「レディにたいしてそんなこと、言っていいの?」


 今日は、屋敷の裏の森にブラックベリーを摘みに来た。


 双子の兄妹は、競って摘んでいた。そして、ケンカになるのはいつものこと。


「ふたりとも、やめなさい。呼び方だってやんちゃだって、そのうちかわるものよ」


 そして、笑ってふたりをたしなめるのもいつものこと。


 双子の兄妹は、元気で利発でやさしく育ってくれた。兄妹の関係も、ケンカも多いがいざというときはおたがいにおたがいを思いやり、気遣いあっている。


 親バカかもしれないけれど、ふたりの将来が楽しみでならない。


「やっと見つけたぞ」


 そのとき、森の静けさが破られた。


「くそっ! こんなところに逃げ隠れしていたのか?」


 木々の間から、ふたつの影がよろめきつつ出てきた。


「あの、どちらさまでしょうか?」


 そのふたつの影に、問わずにはいられなかった。


 そのふたりは、髪はボサボサで顔はあらゆる汚れで真っ黒。衣服は破けたりちぎれたりしていて、およそ何者かを判別することができそうにない。 


「どちらさまだぁぁぁっ? さすがは役立たずのバカ女だ。亭主の顔も忘れているぞ」


 眉を顰めずにはいられなかった。


 双子の子どもたちも同様だ。


 双子は、突然の闖入者に怯えてはいない。それどころか、興味津々のていで闖入者を見ている。


「ほんと、バカよね。だから、産めないのよ」


 レディのその言葉で、彼らの正体が知れた。


「ああ、元夫とその愛人かしらね? あ、失礼。元夫とその再婚相手ね」

「元夫だぁぁぁぁっ! おまえ、何を言っているんだ? というか、勝手にうちを潰しやがって。何様のつもりだ? こんなところでひとり呑気に暮らすなど、妻としてなっていないぞっ!」

「……」


 元夫は、喚き散らした。その大声に驚き、森に棲む小鳥や小動物たちがざわめいた。


「母上。この人たちですね、母上を苦しめ虐げた人たちというのは」

「お母様。この人たち、聞きしに勝る愚か者みたいですね」


 双子たちは、口々に評した。兄の方は、ちゃんと「母上」と言っていた。彼は、なんだかんだといいつつも家族以外の人がいるときにはちゃんと振る舞うのだ。それは妹の方も同じで、すこしはレディらしくしてくれる。


 それはともかく、双子にはそういうことがわかる年齢になった昨年にわたし自身の過去を話しておいたのだ。


「なんだ、このガキどもは?」

「なんなの、この生意気なガキどもは?」


 元夫たちは、やっと双子に気がついたようだ。


「ああ、紹介しますね。わたしの子どもたちです。双子なのです。このハンゲイト王国は、双子や三つ子の出生率が高く、他の国々と違って忌み嫌われたりしないのです。それどころか、幸運の象徴といわれているのです」

「兄のクラーク・アンダーソンです」

「妹のブリトニー・アンダーソンです」


 双子は、マナーに従った挨拶をした。


「おいおい、嘘をつくのもいい加減にしろ。呪いによって産まず女になったおまえが、子どもができるわけないじゃないか」


 夫は、鼻で笑い飛ばした。


「いいえ。この子たちは、正真正銘わたしが産んだ子たちです」

「そんなバカな」


 夫は、狼狽した。


「くそっ! あの呪術師め。呪いというのは、嘘だったのか」


 元夫のいるタウナー国の領主たちは、それぞれ専属の呪術師を抱えている。呪術師たちは、司祭と予言者と守護者を兼ねていて、破格の待遇を約束されている。


 が、元夫はそうはしなかった。しきたりを破り、よりにもよって婚儀の日に呪術師に暴言を吐き、暴力を振るった後に放り出してしまったのだ。


 そのとき、呪術師は呪いをかけた。


『コールマン伯爵家は、未来永劫子孫を授かることは出来ない』


 そんな呪いを。


 夫は、それを曲解した。


 彼はわたしが産まず女になったと勘違いし、それを信じたのだ。


「まぁ、そのことはどうでもいい。いまはガキのことよりおれの身だ。おまえが勝手に屋敷を去ってからわずか二日後、突然爵位を剥奪されたんだぞ。領民どもめ。これまでおれが庇護し、手厚く遇してやったのに、だれひとりとして恩を返そうとしなかった。仕方なく王都に行って食うや食わずやの生活を送っていたが、このクソ女のせいであらゆる連中から追われる羽目になった。おまえがハンゲイト王国の出身だったような気がしたので、何とかここまでやって来た。いろいろあったが、おまえの実家に行くとおまえがここにいるというじゃないか。っていうか、おまえの実家におれの使用人どもがいたぞ。しかも、おれを鼻で笑い飛ばしやがった」


 元夫は、そこまで言うと肩で息をした。


 じつは、実家から連絡があった。実家には、わたしがここにいることを教えてもいいと言っていたのだ。


 そして、コールマン伯爵家にいた使用人三人は、あのときわたしの誘いに応じてくれた。


 実家での就職を、だ。三人ともわたしがコールマン伯爵家に嫁いだ際、職を求めていてわたしが雇った人たち。しかも、三人とも天涯孤独の身。タウナー国に固執することはない。というわけで、三人とも快く応じてくれたわけだ。


「いろいろ誤解があるようだけど……」


 元夫とその妻を見ながら、溜息をついた。


「もしかして、おれの子か?」


 そのとき、元夫がすっとぼけたことを言いだした。


「わかった。こいつら、おれの子だな? だったら、ここで暮らそう。おまえの実家に頼ればいい。実家は、金持ちだろう? 屋敷を見ればわかる」

「わたしの子どもたちは、六歳よ。わたしがあなたに『産まず女』認定されて屋敷を放り出されたのは、八年前よね? というか、婚儀の呪い騒ぎで初夜もなく、一度も帰ってこなかったあなたと子どもを授かれるわけ?」

「それは……」

「あなたには悪いけれど、あの呪いはほんものよ。あの呪術師の言葉を思い出してごらんなさい。彼は、『コールマン伯爵家は、未来永劫子孫を授かることはできない』と言ったの。それは、わたしではなくあなたにかけたということでしょう?」

「おいおいおい、ここにきてどういう展開だ? おれにもガキがいる。おまえも見ただろう?」

「ええ、見たわ。だけど、あなたの子かどうかはわからない。そうよね、レディ?」

「言いがかりはよしてっ!」


 元夫の妻は、目が合った瞬間気色ばんだ。


 人間って、ほんとうのことを言われれるとムキになったり怒ったりするのだ。


「ふんっ! あなたこそ、それはだれの子なの? どうせろくでもない男の子でしょう?」


 が、元夫の妻はなかなかどうして女狐だ。すぐに話題をかえてきた。


「そうだな。ろくでもない男だろうな」


 そのとき、将校服姿の大男が近づいてきた。


 気配を消して接近するところはさすがである。


「あなた」

「父上っ!」

「お父様っ!」


 双子は大男に抱きついたが、さすがにわたしはできない。


「お、おまえは?」

「あんた、だれ? なかなかいい男じゃない?」

「レミの夫だ。バーナード・アンダーソン。隣国の者ならこの名は知らぬかもしれぬので、一応明かしておこう。わたしは、このハンゲイト王国の王太子で王国軍の将軍だ。もっとも、近々王位に就く予定だがね」

「な、なんだって?」

「な、なんですって?」


 元夫夫婦のシンクロっぷりが気持ちいい。


「まさか、こいつが? こんな産まず女の役立たずが、王太子妃?」

「そんなの、嘘にきまってるじゃない。嘘でももっとマシな嘘をつけばいいのに」


 このバカ夫婦は、わたしを貶めただけでなく夫のことを嘘つき呼ばわりした。


「時間のムダだな。しかし、礼だけは言っておこう。レミを返してくれてありがとう。ほんとうに感謝している。レミだけではない。こんなに素晴らしい子どもたちまで授かることができたのだから」


 子どもたちから解放された夫は、わたしの肩を抱いてくれた。


 夫とわたしは、いわゆる幼馴染だ。筆頭公爵家の令嬢であったわたしは、もともと夫の婚約者になるはずだった。そのため、子どもの頃から妃教育だけでなく政治経済や宗教や美術や音楽など、それにふさわしくなるためにあらゆることを学び、自分でも納得するだけのものを得た。


 が、あるときタウナー国への政略結婚の話がでた。


 当時、わが王国はタウナー国の脅威にさらされていた。しかし、大公家にも公爵家にも妙齢の令嬢がいなかった。そこで一大決心をしたのだ。


 幼馴染である王子を諦め、政略結婚をしようと。


 タウナー国での扱いは、じつに粗雑だった。王家は、わたしをコールマン伯爵家に下賜してしまったのだ。


 コールマン伯爵家では、これまで学んできた知識をフル稼働して領地内の改革を徹底的に行った。実家の助けもおおきかった。そのため、コールマン伯爵領はあっという間にタウナー国で一番裕福な領地へと変貌した。そして、わたしがいなくなった。元夫とその愛人に放り出されたからだ。いまやハンゲイト王国とタウナー国の力関係は逆転してしまっている。帰国したときにはすでに、王太子であるいまの夫がタウナー国に圧力をかけていた。


 そして彼は、わたしにプロポーズしてくれたのだ。


 彼は、わたしを待っていてくれたのだ。というか、もともとレディが苦手な彼は、どれだけ話があっても無視しつづけたらしい。強面巨漢の将軍、という外見で令嬢たちが倦厭したこともあるのだろう。


 というわけで、わたしの過去のことはだれもが知っている。夫に放り出された悲劇のレディとか「お古」とかいうように、この王国でわたしを非難する人はいなかった。それどころか、救国の英雄として扱ってくれた。いまの夫との婚儀は、すぐに行われた。そして、一年後には双子が産まれた。


 いまの夫は、強面ながら妻にも子どもたちにもやさしい。というか、弱い。彼は、わたしたちにデレデレなのだ。


「さて、と。おまえたちのことは、タウナー国から引き渡し要求がきている」


 夫が告げたと同時に、木々の間から親衛隊の隊員たちが現れた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ。おれは、こいつの夫だぞ? おれは、あんたに譲った覚えはない」


 夫が言いだした。彼は、きっとわたしを放り出したときの記憶を失っているのだろう。


「あなたの指示通り、ちゃんと離縁の手続きをしたわ。だから、わたしたちは赤の他人よ。それよりも、あのときの赤子はどうしたの? いったいだれとの子なの?」


 元夫からその妻へと視線を向けた。


「知らないわ。あのとき、そういう関係なのがいっぱいいたから」

「それで? その子はどうしたの?」


 彼女は、あのときの様子だとちゃんとした子育てはしなかっただろう。なにせ自分たちが生き残ることでせいいっぱいだっただろうから。


「大丈夫だよ。ほら、一緒に行こう」

「そうよ。あなたのことは、だれも傷つけないから」


 双子の声でハッとした。いつの間にか、ふたりがいなくなっている。


 そのとき、元夫夫婦が現れたと同じ方角から、双子が子どもの手をひいてきた。


 ズタボロで痩せ細ってはいるものの、あのときの赤子に違いない。双子に手をひっぱられながら、心が痛むほどビクビクしている。


 この子は、元夫夫婦から虐待を受けたり放置されたり悪いことをさせられてきたに違いない。


 しかし、生きてくれている。心からホッとした。


「おいっ、おまえ。こいつらをなんとかしろっ! 国に連れていかれたら、きっと断頭台行きだ。こんな女のせいで死にたくない」

「それはわたしの台詞よ。あんたのせいですべて台無しよ」


 親衛隊にひきずられながら、元夫夫婦はギャアギャアと喚いている。


 聞くに堪えない言葉の数々は、とりあえず右から左に流した。それよりも双子が連れてきた少年の前で膝を折り、少年と目線を合わせた。


「わたしは、レミ・アンダーソン。わたしたちは、あなたが赤ん坊のときに会っているのよ。とってもかわいくて元気のいい赤ん坊だったわ。この子たちを紹介するわね。クラークとブリトニーよ。それから、この巨漢はバーナード・アンダーソン。あなたの名は?」

「フィ、フィリップ」


 彼は、ちいさくおずおずとであったがそう教えてくれた。


「よろしくね、フィリップ。この子たちのいいお友達になってくれるかしら?」

「フィリップ、一緒に遊ぼう」

「ダメよ、お兄様。彼は、わたしと一緒に遊ぶのよ」


 双子が騒ぎ始めた。


「さてさて。どうやら息子が一人増えたようだな。だが、家族は多い方がいい」


 夫は、強面をデレッとさせている。そうつぶやきながら、子どもたち三人をまとめて抱きしめた。


 フィリップを迎えることは大賛成だ。とはいえ、できれば彼のほんとうの父親を捜したほうがいいだろう。見つかるかどうかはわからないが、その努力はすべきだ。まぁそこは、夫の諜報員たちがうまくやってくれるだろう。


 いまのフィリップに必要なのは、安心と愛情。あとのことは、また考えればいい。


「さあ、帰りましょう。ブラックベリージャムとソースとパイを作らなきゃ、だから」

「お母様、わたしも手伝います」

「お兄様、またお母様って呼んでるし」

「いいじゃないか」


 双子がまたケンカをはじめた。


「フィリップも手伝ってくれる?」


 フィリップに尋ねると、ちいさくうなずいてくれた。


「もちろん、わたしも手伝うよ」


 夫は、そう言いながらわたしの肩に筋肉質の腕をまわした。


「あたりまえよ」


 苦笑した瞬間、その唇をふさがれた。夫の唇によって。


 いま、わたしはすごくしあわせだ。どれだけしあわせなのか、十年前のわたしではとても想像はできなかっただろう。




                                  (了)








 




  

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