焼き鳥が好きな彼女
大晦日、僕は夜遅くまでテレビを観ていた。テレビを観ていると、知っている歌手や知らない歌手が歌を歌っていた。僕が気になったのは、1人の女性シンガーの歌う曲だ。小さくて、可愛い。なのに歌は力強い。僕は、もし自分が女性だったら、こんな女性になりたい、と思った。でも残念ながら僕は男性だ。胸は無いし、この女性シンガーのように生足を見せても、引かれるだけだろう。
社会人になってから、楽しいと思うことが減った。1人でずっとテレビを観ていて、目が痛くなる。でもテレビから離れられない。テレビが友達。今どきの若者は、家にテレビが無い人も多いらしい。確かにテレビなんて無くたっていい。パソコンがあれば動画は観られるし。というか観たい動画だってそんなに多くない。
彼女が欲しい。都合の良い彼女が欲しい。都合が良いときに一緒にテレビを観てくれて、都合が良いときに一緒に笑ってくれて、都合が良いときにセックスしたい。
社会人になってから、マッチングアプリをやったことがある。良い人には出会えていた。また会いたいな、と思える人には出会えていた。また会えば良かったな、と思う。
でも結局、僕は誰とも付き合えなかったし、これからも誰かと付き合うことは無いかもしれない。
僕は大学生の頃、ピアノサークルに所属していた。真面目に活動していなかったから、ほとんど演奏会にも出演したことは無い。音楽をやったことが無くて、何かやりたいと思って、大学1年のときに入った。残念ながら、サークル活動というか、ピアノの練習は楽しくなくて、大学4年になってもピアノはほとんど弾けるようにならなかった。練習はさぼっていたから、サークルの人からの僕の印象はおそらく良く無かったし、実際、仲良くなった人はいなかった。嘘、1人だけいた。1人だけ。
彼女はNと呼ぶことにする。Nは、僕から見ても、変わった女の子だった。ほとんど練習に行かなかった僕でも、彼女が焼き鳥が好物であることは知っていて、サークルの練習の空き時間もそうだったし、大学でたまに見かけるときも、大学の中にあるベンチに座って、1人で焼き鳥を食べていた。
大学の中には運動場があって、周りに道があり、ベンチがあって、座れるようになっている。彼女はよくそこにいた。いつも鳥皮を食べていた。
「ねぇ、いつも焼き鳥を食べて、飽きない?」
僕は、ベンチに座っているNをたまたま見かけて、話しかけた。Nは僕を見た後、興味無さそうに、「あぁ、お疲れ。飽きないよ」、と笑って言った。「食べる?」Nは聞いてきた。
「要らない」僕は言った。「今日、練習だけど、行かないの?」僕は聞いた。
「君が行くなら、行こうかな」Nは行った。「嘘だけど」
「そう。じゃあね」僕は言って、練習はさぼって、1人帰った。なんとなくその日、僕はスーパーで焼き鳥を買って、家で食べた。久しぶりに食べたけど、当分はもういいや、と思ったのを覚えている。
僕が、サークルにすごく稀に行くとき、大体、Nは居なかった。多分、Nと僕はサークルの出現頻度は同じくらいだったんだろう、と思う。僕と彼女が同時にいるときは、ほぼなかった。
彼女とピアノサークルで一緒になった回数は、片手で数えられるぐらいしかないが、彼女のピアノの腕前は、確かなものだった。ほぼ素人の僕でも、彼女が弾くピアノには、惹かれるものがあった。ショパンを弾いていたのを覚えている。彼女の演奏は、プロの演奏のように心地よく、聴こえた。いつも焼き鳥を食べている人とは思えなかった。サークルの中でも、1番か2番ぐらいに、上手かっただろうと思う。
どちらかというと、僕が彼女を見かけるのは、大学の授業の方が多かったように思う。彼女はわりとよく1人だった。僕もそうだった。彼女は授業の空き時間にも、教室で焼き鳥を食べていた。さすがにそれは止めた方がいいぞ、と僕は思った。
「また焼き鳥食べてる」僕は、数学の授業の終わりに、彼女が座っていたところまで行って、話しかけた。僕は異性に話しかけるのは苦手だし、というか、あまり話しかけないけれど、彼女に対しては、何故かそこまで緊張しなかった。
「ん、いる?」また彼女は聞いてきた。「いや、要らない」僕は言った。
「ねぇ、君はどうして焼き鳥をいつも食べているの?」僕は聞いた。
「将来、生物に関する研究をしたいと思っているの」
「生物?」
「そう。鳥の生態を調べたいと思っているの」
「それで焼き鳥を食べているの?」
「そう」
「何かわかったことは?」
「うーん、スーパーの焼き鳥は、あまり美味しくないってことかな」
「じゃあ、何で食べてるの?」
「食べないよりは、食べたい」
はぁ、と僕は言った。それ以上、会話を広げることができなかった。
「生き物は好き?」珍しく、彼女の方から質問してきた。
「生き物?まぁ、普通だけど」
「環境破壊には興味ある?」
「いや、あまり」
「鳥が絶滅しちゃったら、私は焼き鳥を食べられない。だから、私は鳥の生態を研究する」
「焼き鳥って、鶏でしょ?鶏が絶滅しそうなんて話、僕は聞かないけどな」
「私も聞かない」
「じゃあ」
「でも私は、研究したい。鶏以外も食べてみたいし」Nは、串に刺さっていた最後の一口を食べた。
「え、インコとか?」
「インコは可食部が少なそうね。白鳥とか、鷲とか」
「うわぁ」僕は言った。「君、変わっているよね」
「そう。大体の人に言われるわ」
「でも、君のこと好きだ。いや、そういう意味じゃなくて、何か、面白いというか」
「あら、有難う。でもごめんね。私、彼氏いるのよ」
「あぁ、そうなの?」意外だった。「でも、そういうんじゃないんだ」
「嘘」
「嘘?」
「この前、別れたばかり」
「あぁ、そうなの?何で?」
「うーん、すれ違いというか」
彼女はそれきり黙った。
「きっと、焼き鳥ばかり食べているからだよ」
大学を卒業した今、Nがどこで何をしているのか、僕は知らない。連絡先は持っている。変わっていなければ、だが。
僕はスマホを開き、連絡先を探し、Nにメッセージを打った。




