表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

焼き鳥が好きな彼女

掲載日:2026/01/07

 大晦日、僕は夜遅くまでテレビを観ていた。テレビを観ていると、知っている歌手や知らない歌手が歌を歌っていた。僕が気になったのは、1人の女性シンガーの歌う曲だ。小さくて、可愛い。なのに歌は力強い。僕は、もし自分が女性だったら、こんな女性になりたい、と思った。でも残念ながら僕は男性だ。胸は無いし、この女性シンガーのように生足を見せても、引かれるだけだろう。

 社会人になってから、楽しいと思うことが減った。1人でずっとテレビを観ていて、目が痛くなる。でもテレビから離れられない。テレビが友達。今どきの若者は、家にテレビが無い人も多いらしい。確かにテレビなんて無くたっていい。パソコンがあれば動画は観られるし。というか観たい動画だってそんなに多くない。

 彼女が欲しい。都合の良い彼女が欲しい。都合が良いときに一緒にテレビを観てくれて、都合が良いときに一緒に笑ってくれて、都合が良いときにセックスしたい。

 社会人になってから、マッチングアプリをやったことがある。良い人には出会えていた。また会いたいな、と思える人には出会えていた。また会えば良かったな、と思う。

 でも結局、僕は誰とも付き合えなかったし、これからも誰かと付き合うことは無いかもしれない。

 僕は大学生の頃、ピアノサークルに所属していた。真面目に活動していなかったから、ほとんど演奏会にも出演したことは無い。音楽をやったことが無くて、何かやりたいと思って、大学1年のときに入った。残念ながら、サークル活動というか、ピアノの練習は楽しくなくて、大学4年になってもピアノはほとんど弾けるようにならなかった。練習はさぼっていたから、サークルの人からの僕の印象はおそらく良く無かったし、実際、仲良くなった人はいなかった。嘘、1人だけいた。1人だけ。

 彼女はNと呼ぶことにする。Nは、僕から見ても、変わった女の子だった。ほとんど練習に行かなかった僕でも、彼女が焼き鳥が好物であることは知っていて、サークルの練習の空き時間もそうだったし、大学でたまに見かけるときも、大学の中にあるベンチに座って、1人で焼き鳥を食べていた。

 大学の中には運動場があって、周りに道があり、ベンチがあって、座れるようになっている。彼女はよくそこにいた。いつも鳥皮を食べていた。

「ねぇ、いつも焼き鳥を食べて、飽きない?」

 僕は、ベンチに座っているNをたまたま見かけて、話しかけた。Nは僕を見た後、興味無さそうに、「あぁ、お疲れ。飽きないよ」、と笑って言った。「食べる?」Nは聞いてきた。

「要らない」僕は言った。「今日、練習だけど、行かないの?」僕は聞いた。

「君が行くなら、行こうかな」Nは行った。「嘘だけど」

「そう。じゃあね」僕は言って、練習はさぼって、1人帰った。なんとなくその日、僕はスーパーで焼き鳥を買って、家で食べた。久しぶりに食べたけど、当分はもういいや、と思ったのを覚えている。

 僕が、サークルにすごく稀に行くとき、大体、Nは居なかった。多分、Nと僕はサークルの出現頻度は同じくらいだったんだろう、と思う。僕と彼女が同時にいるときは、ほぼなかった。

 彼女とピアノサークルで一緒になった回数は、片手で数えられるぐらいしかないが、彼女のピアノの腕前は、確かなものだった。ほぼ素人の僕でも、彼女が弾くピアノには、惹かれるものがあった。ショパンを弾いていたのを覚えている。彼女の演奏は、プロの演奏のように心地よく、聴こえた。いつも焼き鳥を食べている人とは思えなかった。サークルの中でも、1番か2番ぐらいに、上手かっただろうと思う。

 どちらかというと、僕が彼女を見かけるのは、大学の授業の方が多かったように思う。彼女はわりとよく1人だった。僕もそうだった。彼女は授業の空き時間にも、教室で焼き鳥を食べていた。さすがにそれは止めた方がいいぞ、と僕は思った。

「また焼き鳥食べてる」僕は、数学の授業の終わりに、彼女が座っていたところまで行って、話しかけた。僕は異性に話しかけるのは苦手だし、というか、あまり話しかけないけれど、彼女に対しては、何故かそこまで緊張しなかった。

「ん、いる?」また彼女は聞いてきた。「いや、要らない」僕は言った。

「ねぇ、君はどうして焼き鳥をいつも食べているの?」僕は聞いた。

「将来、生物に関する研究をしたいと思っているの」

「生物?」

「そう。鳥の生態を調べたいと思っているの」

「それで焼き鳥を食べているの?」

「そう」

「何かわかったことは?」

「うーん、スーパーの焼き鳥は、あまり美味しくないってことかな」

「じゃあ、何で食べてるの?」

「食べないよりは、食べたい」

 はぁ、と僕は言った。それ以上、会話を広げることができなかった。

「生き物は好き?」珍しく、彼女の方から質問してきた。

「生き物?まぁ、普通だけど」

「環境破壊には興味ある?」

「いや、あまり」

「鳥が絶滅しちゃったら、私は焼き鳥を食べられない。だから、私は鳥の生態を研究する」

「焼き鳥って、鶏でしょ?鶏が絶滅しそうなんて話、僕は聞かないけどな」

「私も聞かない」

「じゃあ」

「でも私は、研究したい。鶏以外も食べてみたいし」Nは、串に刺さっていた最後の一口を食べた。

「え、インコとか?」

「インコは可食部が少なそうね。白鳥とか、鷲とか」

「うわぁ」僕は言った。「君、変わっているよね」

「そう。大体の人に言われるわ」

「でも、君のこと好きだ。いや、そういう意味じゃなくて、何か、面白いというか」

「あら、有難う。でもごめんね。私、彼氏いるのよ」

「あぁ、そうなの?」意外だった。「でも、そういうんじゃないんだ」

「嘘」

「嘘?」

「この前、別れたばかり」

「あぁ、そうなの?何で?」

「うーん、すれ違いというか」

 彼女はそれきり黙った。

「きっと、焼き鳥ばかり食べているからだよ」


 大学を卒業した今、Nがどこで何をしているのか、僕は知らない。連絡先は持っている。変わっていなければ、だが。

 僕はスマホを開き、連絡先を探し、Nにメッセージを打った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ